第五部 失われた聖都エルディア ―前編―
かつて、この世界には「始まり」があった。
まだ人々が数値で分類されることもなく。
誰もが自分の意志で未来を選んでいた時代。
その中心にあった都市――エルディア。
そこは、人間と魔法と知識が共存する、世界で最も美しい場所だった。
しかし。
ある日、その都市は歴史から消えた。
地図から。
記録から。
人々の記憶から。
まるで最初から存在しなかったかのように。
後世の人々は、それをこう呼んだ。
――失われた聖都エルディア。
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カオティック・ニルヴァーナを出てから、七日が過ぎた。
アークたちは荒野を進んでいた。
目的地は、かつて世界の中心だった場所。
エルディア。
しかし、そこへ向かう道は険しい。
地図には存在しない。
街道もない。
残されているのは、古い伝承だけだった。
「本当に存在するのか?」
アークが尋ねる。
隣を歩くリシェルは、前を見たまま答えた。
「存在する。」
「どうして分かる?」
「私は……そこにいたから。」
アークは足を止めた。
「……え?」
リシェルも立ち止まる。
しまった、という顔をした。
「今のは忘れて。」
「無理だろ。」
ヴァルトが後ろから笑う。
「お嬢ちゃん、隠し事が下手だな。」
「あなたに言われたくない。」
「俺は隠してるんじゃない。」
「面倒だから言ってないだけだ。」
アークは二人を見る。
この旅の仲間たちは、皆何かを抱えている。
ヴァルト。
リシェル。
そして、自分自身。
なぜ《ケアル》は自分を選んだのか。
なぜ自分は記録から消されているのか。
答えは、エルディアにある。
そんな確信だけがあった。
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夕暮れ。
三人は巨大な岩山の前へ辿り着いた。
そこには何もない。
ただ、崩れた石碑だけが立っている。
ヴァルトが石碑を眺める。
「これか?」
リシェルは頷く。
「昔の入口。」
「昔?」
「今は封印されている。」
石碑には古代文字が刻まれていた。
アークは目を細める。
読めないはずの文字。
しかし。
なぜか意味が理解できた。
«『始まりを求める者よ。
汝が救いたいものを示せ。』»
「……。」
アークが石碑へ触れる。
すると。
文字が白く輝き始めた。
ヴァルトが驚く。
「またかよ。」
「何が?」
「お前が触ると、昔の仕掛けが全部動き出す。」
リシェルは静かに呟く。
「当然。」
「彼は……。」
一瞬、言葉に詰まる。
「彼だから。」
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光が収まる。
目の前の岩壁が、ゆっくりと左右へ開いていく。
その奥には、地下へ続く巨大な階段があった。
冷たい風が吹き上がる。
長い間、誰も入っていないはずの場所。
しかし。
奥から、微かな光が漏れている。
三人は慎重に進んだ。
数百段降りた先。
そこに広がっていたのは――
滅びた都市だった。
巨大な建造物。
空中に浮かぶ庭園。
水晶で作られた塔。
そして、中央にそびえる白い城。
全てが朽ちている。
だが、美しかった。
アークは息を呑む。
「これが……エルディア。」
リシェルは悲しそうに目を伏せた。
「昔は、ここに何万人もの人が暮らしていた。」
「魔法使いも。」
「戦士も。」
「普通の人も。」
「誰もが、自分の未来を選べた。」
ヴァルトが城を見上げる。
「そして全部、壊れた。」
「誰に?」
アークが聞く。
ヴァルトは答えなかった。
代わりに、リシェルが言う。
「私たちに。」
アークは振り返る。
「……私たち?」
リシェルの表情には、深い後悔があった。
「始まりの四人。」
「世界を救った英雄。」
「そう呼ばれている。」
「でも……。」
彼女は拳を握る。
「本当は違う。」
「私たちは、世界を救えなかった。」
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三人は白い城へ向かった。
入口には巨大な扉がある。
そこには四つの紋章が刻まれていた。
剣。
杖。
槍。
そして――空白。
アークが空白部分へ手を伸ばす。
すると。
扉が開いた。
中には、一つの巨大な記録装置があった。
古代文明の遺産。
中央には映像を映す水晶。
アークが近づく。
水晶が反応する。
そして。
過去の映像が浮かび上がった。
そこに映ったのは――
四人の英雄。
若き日のリシェル。
黒い鎧を着たヴァルト。
そして。
もう一人。
アークと同じ顔をした青年。
しかし、その表情は今のアークとは違った。
憎しみ。
怒り。
絶望。
その青年が呟く。
『人間は変わらない。』
『ならば、自由など与えるべきではない。』
アークの顔が青ざめる。
映像の中の青年。
それは――
かつての自分だった。
『俺が、この世界を管理する。』
『二度と誰も苦しまない世界を作るために。』
その瞬間。
水晶が砕ける。
暗闇の中。
リシェルの声だけが響いた。
「これが……あなたが忘れている過去。」
「あなたはかつて――」
「教育レヴェルという制度を作った側の人間だった。」
エルディアの地下深く。
封印されていた真実が、ついに姿を現した。




