第五部 失われた聖都エルディア ―後編―
過去の映像が消えた後も、誰も言葉を発することができなかった。
静寂。
ただ、古代装置の低い駆動音だけが、滅びた聖都の地下に響いている。
アークは動けなかった。
「……俺が。」
震える声。
「俺が、教育レヴェルを作った?」
リシェルは目を伏せた。
否定しなかった。
それが何よりの答えだった。
「違う。」
ヴァルトが低く言う。
アークが顔を上げる。
「違うって……。」
「正確には違う。」
ヴァルトは壁にもたれながら続ける。
「昔のお前と、今のお前は同じじゃねぇ。」
「でも、同じ顔だった。」
「そうだ。」
ヴァルトは苦い表情を浮かべた。
「だから厄介なんだ。」
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エルディア城内部。
崩れた廊下を三人は歩いていた。
壁には、かつての英雄たちを描いた絵画が残っている。
四人の英雄。
世界を救った者たち。
しかし、その中の一人だけ。
アークの姿だけが黒く塗り潰されていた。
「なぜ俺の記録が消されている?」
アークが尋ねる。
リシェルはしばらく黙った後、答えた。
「あなたが消したから。」
「……俺が?」
「正確には、あなた自身が望んだ。」
リシェルは絵画を見る。
「あなたは、全ての責任を背負おうとした。」
「世界が壊れた原因も。」
「人々が苦しむ理由も。」
「全部、自分のせいだと思った。」
アークは拳を握る。
「だから教育レヴェルを?」
「そう。」
「人間から選択を奪えば、もう誰も間違えない。」
「誰も傷つかない。」
「あなたは、本気でそう信じていた。」
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城の最奥。
巨大な扉の前に辿り着く。
扉には文字が刻まれていた。
«『罪を背負いし者よ。
汝は再び同じ選択をするか。』»
アークは扉へ触れる。
すると、扉の向こうから声が聞こえた。
――久しぶりだな。
アークの背筋が凍る。
自分の声。
しかし、自分ではない。
――俺は間違っていなかった。
扉の奥。
水晶の中に一人の青年が映し出される。
過去のアーク。
冷たい目。
疲れ果てた表情。
――人間は自由を与えられるほど強くない。
――争い。
――差別。
――裏切り。
――何度繰り返せば理解する?
映像の青年は続ける。
――だから俺が管理する。
――全ての人間を。
アークは拳を握った。
「……違う。」
映像の青年が笑う。
――本当に?
――今のお前は、何が違うと言える?
アークは黙る。
――お前も見ただろう。
――カオティック・ニルヴァーナの人々を。
――教育され、争いを失った世界。
――あれでも、昔よりは平和だ。
言葉が刺さる。
確かに。
あの世界には犯罪も争いも少なかった。
人々は苦しんでいた。
だが。
同時に。
命を奪い合う世界でもなかった。
――答えろ。
――自由か。
――平和か。
――お前はどちらを選ぶ?
アークは目を閉じる。
思い出す。
再教育された少女。
怯える人々。
笑顔のない街。
そして。
それでも互いを思いやっていた人々。
「……どちらか一つじゃない。」
アークは静かに言った。
「平和のために自由を捨てる必要はない。」
「自由のために誰かを傷つける必要もない。」
映像の青年の表情が変わる。
「俺は。」
アークは続ける。
「人間を信じる。」
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その瞬間。
城全体が揺れた。
警告音。
『侵入者確認。』
『終焉塔直属部隊、到着。』
リシェルが振り返る。
「来た……。」
崩れた天井から、白い外套の兵士たちが降り立つ。
その先頭。
見覚えのある姿。
セレスだった。
「セレス……。」
アークが驚く。
彼女は以前とは違っていた。
冷たい仮面はない。
しかし、目には迷いが残っている。
「命令を受けました。」
セレスは言う。
「聖都エルディアを封鎖します。」
「そして――」
彼女はアークを見る。
「あなたを連行します。」
ヴァルトが剣を抜く。
「また敵に戻ったか。」
セレスは首を振る。
「違います。」
「私は……確認しに来ました。」
「何を?」
アークが問う。
セレスは静かに答える。
「あなたが、本当に過去のあなたと違うのか。」
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その時。
エルディア地下深く。
封印されていた巨大な装置が起動する。
古代文字が浮かび上がる。
『始まりの四人』
『再結成を確認』
『最終試練へ移行』
そして。
世界中に、初めて聞く声が響いた。
『終焉塔ジェノヴァより告知。』
『真実を公開する。』
『始まりの四人の一人、アークは――』
一瞬の間。
『世界を救った英雄ではない。』
『世界を支配しようとした、最初の罪人である。』
街中の人々が空を見上げる。
英雄は一夜にして罪人となった。
アークは空を見つめる。
そして小さく呟いた。
「……なら。」
「もう一度、証明するしかない。」
「俺が何者なのか。」
失われた聖都エルディア。
そこに眠っていたのは、過去の栄光ではなかった。
未来を選ぶための、最後の問いだった。




