第六部 罪人の英雄 ―前編―
世界は、英雄を求める。
しかし。
世界が恐れるのは、英雄が間違えることだ。
たった一つの過ち。
たった一つの選択。
それだけで、救済者は破壊者へ変わる。
――エルディア記録・終章
---
カオティック・ニルヴァーナ全域に、その映像は流れ続けていた。
巨大な空の眼。
終焉塔ジェノヴァから発せられる、全世界への告知。
『始まりの四人の一人、アーク。』
『彼は世界を救った英雄ではない。』
『人類を管理しようとした、最初の罪人である。』
街の人々は、それぞれ違う反応を見せた。
「やはり英雄など存在しなかったのだ。」
「だから自由など危険なのだ。」
「管理されるべきだった。」
多くの者は、終焉塔の言葉を信じた。
なぜなら。
それが彼らにとって、慣れ親しんだ真実だったからだ。
しかし。
一部の者たちは違った。
「……アーク様が?」
「でも、あの人は私たちを助けた。」
「聖遺物を使って、傷を治してくれた。」
小さな疑問が、少しずつ広がっていく。
世界は初めて揺らぎ始めていた。
---
エルディア城。
かつて世界の中心だった場所。
アークは一人、崩れた大広間に立っていた。
目の前には、かつて自分だった存在の記録。
何度も頭の中で再生される。
――人間は自由を与えられるほど強くない。
――だから俺が管理する。
間違っていた。
そう思いたい。
しかし。
完全には否定できなかった。
人間は間違える。
傷つける。
憎しみ合う。
アーク自身が、それを何度も見てきた。
「悩んでるな。」
後ろから声がした。
ヴァルトだった。
「……俺は本当に、あんなことをしたのか。」
ヴァルトはすぐには答えなかった。
しばらく沈黙した後。
「した。」
短い答え。
アークは顔を伏せる。
「やっぱり……。」
「でも。」
ヴァルトは続ける。
「あの時のお前は、世界を壊したかったわけじゃない。」
「何が違う。」
「救いたかったんだ。」
アークは顔を上げる。
「結果が同じでも?」
「結果だけを見るならな。」
ヴァルトは壁に残る古い傷跡を見る。
「俺たちは、失敗した。」
「四人全員。」
「でも、失敗したことと、間違った存在だったことは違う。」
アークは黙った。
---
その頃。
エルディア城の地下。
セレスは古代記録を調べていた。
以前の彼女なら、命令された情報だけを確認していただろう。
しかし今は違う。
自分で考えている。
それは彼女にとって、恐ろしいことだった。
「……こんな記録。」
古い文書。
そこには、終焉塔とは異なる歴史が記されていた。
«『教育レヴェル計画は、当初、人々を救うために作られた。』»
«『しかし、管理機構は次第に目的を変えた。』»
«『人間を守るためではなく、人間を制御するために。』»
セレスの手が震える。
「違う……。」
「私たちは……。」
彼女は何百年もの間、信じてきた。
終焉塔こそ正義。
管理こそ救済。
だが。
もし、それが最初から間違っていたなら。
彼女は何を守っていたのか。
---
その時。
城全体に警報が響いた。
『警告。』
『未知の生命反応を確認。』
『侵入者ではありません。』
『帰還者です。』
全員が顔を上げる。
空間が歪む。
黒い霧が集まり、人の形を作る。
そこから現れた男。
長い銀髪。
黒い外套。
冷たい瞳。
終焉塔の最上階で目覚めた男。
ヴァルトが剣を抜く。
「……お前か。」
男は笑った。
「久しいな。」
アークは、その顔を見て言葉を失う。
「誰だ……?」
男は答える。
「俺を忘れたか。」
一歩、近づく。
「当然だ。」
「お前自身が、俺を記憶から消したのだから。」
リシェルの表情が凍る。
「まさか……。」
男は静かに笑った。
「俺は第一の英雄。」
「始まりの四人のリーダー。」
「そして――」
アークを見る。
「お前が最初に捨てた感情だ。」
---
アークの頭に激痛が走った。
知らないはずの記憶。
しかし、確かに自分のもの。
炎に包まれるエルディア。
泣き叫ぶ人々。
仲間たちの叫び。
そして。
自分の隣に立っていた、この男。
『アーク。』
『世界を救うには、犠牲が必要だ。』
『迷うな。』
目の前の男が言う。
「俺の名は――レオン。」
「お前が封じた、もう一人のお前だ。」
終焉塔ジェノヴァの歯車が、再び動き始める。
世界を救うために消した過去。
その過去が、今。
アークの前に立ちはだかった。




