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第六部 罪人の英雄 ―後編―



 レオン。


 その名を聞いた瞬間、アークの頭の奥で何かが弾けた。


 忘れていたはずの記憶。


 閉ざしていたはずの過去。


 それが、堰を切ったように押し寄せてくる。


 燃え上がるエルディア。


 崩れ落ちる白い城。


 泣き叫ぶ人々。


 そして――


 自分の隣で笑う、一人の男。


『アーク。』


『迷うな。』


『世界を救うには、誰かが決断しなければならない。』


 その声。


 その姿。


 間違いなく、目の前の男だった。


「……お前は。」


 アークは震える声で言う。


「俺の中にいた。」


 レオンは微笑む。


「そうだ。」


「俺は、お前が捨てたものだ。」


---


 エルディア大広間。


 四人の視線が交差する。


 アーク。


 リシェル。


 ヴァルト。


 そして、レオン。


 本来なら共に戦った仲間。


 しかし今。


 そこにあるのは、再会の喜びではなかった。


「なぜ戻ってきた。」


 ヴァルトが剣を構える。


 レオンは彼を見る。


「相変わらずだな、ヴァルト。」


「力だけを信じる愚かな男。」


「何だと?」


「だが。」


 レオンは少し笑う。


「お前が一番、人間らしかった。」


 ヴァルトは黙る。


 レオンは続けた。


「リシェル。」


 彼女の表情が強張る。


「あなたは……。」


「優しすぎた。」


「だから、何も選べなかった。」


 リシェルは拳を握る。


「違う。」


「私は……。」


「選んだ。」


 レオンの声が冷たく響く。


「そして、その結果が今の世界だ。」


---


 アークはレオンを見る。


「俺が教育レヴェルを作った理由。」


「全部、お前が知っているのか。」


 レオンは頷いた。


「もちろんだ。」


「俺は、お前の一部だったからな。」


「正確には――」


 一歩近づく。


「お前の中にあった『合理性』だ。」


 アークは黙る。


「お前は優しかった。」


「誰よりも。」


「だから苦しんだ。」


「人間が争うたび。」


「誰かが傷つくたび。」


「お前は自分を責めた。」


 レオンの瞳が鋭くなる。


「そして俺が生まれた。」


「もう苦しまなくていい。」


「もう迷わなくていい。」


「全てを管理すればいい。」


 それが、レオンの思想だった。


---


「でも。」


 アークが口を開く。


「それで人は幸せになったのか?」


 レオンは即答する。


「なった。」


「争いは減った。」


「犯罪は消えた。」


「飢えも、戦争も。」


「昔より世界は平和だ。」


 アークは言葉を失う。


 それは事実だった。


 カオティック・ニルヴァーナは歪んでいる。


 しかし、完全な地獄ではない。


 多くの人間は、そこで生きている。


「だから間違っていない。」


 レオンは言う。


「人間は自由より幸福を求める。」


「自由を与えられた人間は、必ず間違える。」


「ならば。」


「間違えない世界を作ればいい。」


---


 その時。


 セレスが一歩前へ出た。


「違います。」


 全員が彼女を見る。


 レオンが目を細める。


「執行官か。」


「あなたも、管理を正しいと思っていたはずだ。」


 セレスは首を横に振った。


「はい。」


「私はそう信じていました。」


「でも。」


 彼女はアークを見る。


「彼と出会って、初めて理解しました。」


「間違えることは、失敗ではない。」


「考えることをやめることが、本当の終わりです。」


 レオンは静かに笑った。


「感情論だ。」


「そうかもしれません。」


 セレスは答える。


「でも、人間は感情を持つ存在です。」


---


 レオンは小さくため息をついた。


「やはり。」


「お前たちは変わらない。」


 その瞬間。


 彼の背後に巨大な黒い紋章が浮かぶ。


 終焉塔と同じ紋章。


 しかし、その中心には一つの文字が刻まれていた。


 第一管理者。


「レオン。」


 アークが呟く。


「お前は……。」


「そうだ。」


 レオンは答える。


「俺が作った。」


「教育レヴェルも。」


「終焉塔も。」


「全ては、お前の願いを叶えるためだった。」


「違う。」


 アークは否定する。


「俺の願いは……。」


 言葉が止まる。


 レオンが笑う。


「救いたかった、だろ?」


「だから俺が代わりに救った。」


「お前ができなかったことを。」


---


 その時。


 エルディア中央装置が起動した。


 四つの紋章が浮かぶ。


 剣。


 杖。


 槍。


 そして、もう一つ。


 空白だった場所。


 そこに文字が現れる。


«『最後の試練』»


«『過去を受け入れし者のみ、未来を選択できる』»


 アークは理解した。


 レオンは倒すべき敵ではない。


 自分自身の一部だ。


 憎むだけでは終わらない。


 否定するだけでも進めない。


「レオン。」


 アークは剣を抜く。


「俺は、お前を消さない。」


 レオンの表情が変わる。


「何?」


「お前も俺だ。」


「俺がした過ちも。」


「俺が抱えた弱さも。」


「全部、俺のものだ。」


 白い光。


 黒い影。


 二つの力がぶつかる。


 過去の自分。


 今の自分。


 二人の英雄が、ついに向き合った。


---


 遠く離れた終焉塔ジェノヴァ。


 最上階で、何者かがその光景を見ていた。


「始まったか。」


 巨大な玉座。


 その主は静かに笑う。


「ようやく、第一段階が終わる。」


「アーク。」


「お前はまだ知らない。」


「教育レヴェルを作った本当の理由を。」


 歯車が回る。


 世界の裏側で。


 さらに大きな計画が動き始めていた。

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