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第八部 新たなる夜明け ―前編―



 世界は変わった。


 しかし。


 変わるということは、必ずしも全てが良くなるという意味ではない。


 長い間、人々は「選ぶ」ということを忘れていた。


 何を食べるか。


 何を学ぶか。


 誰を信じるか。


 どんな人生を歩むか。


 全てが決められていた世界。


 そこでは、迷う必要がなかった。


 失敗する必要もなかった。


 だが同時に。


 夢を見る必要もなかった。


 ***


 教育レヴェル制度停止から、三年。


 カオティック・ニルヴァーナの街並みは大きく変わっていた。


 かつて無機質だった建物には、色が戻り始めていた。


 人々は自由に会話をし。


 自由に仕事を選び。


 自由に未来について悩んでいた。


 しかし。


 混乱も起きていた。


「どうすればいいのか分からない。」


「今まで誰かが決めてくれていた。」


「自由って、こんなに難しいものなのか。」


 当然だった。


 何百年もの間、奪われていたものを突然返されたのだから。


 自由とは、与えられた瞬間に幸福になる魔法ではない。


 責任を伴う力なのだ。


---


 アークは、かつて終焉塔があった場所へ向かっていた。


 塔は崩壊した。


 しかし。


 完全には消えていなかった。


 地下深く。


 まだ動いている何かがある。


 そう感じていた。


「相変わらず一人で行く癖が抜けねぇな。」


 背後から声がした。


 振り返る。


 ヴァルトだった。


「来ると思っていた。」


「なら待ってろよ。」


 ヴァルトは笑う。


「俺がいないと、お前はまた全部背負い込むからな。」


 少し離れた場所からリシェルも歩いてくる。


「あなたたちは、本当に変わりませんね。」


「お前もな。」


 ヴァルトが言う。


「昔から一番心配性だった。」


 リシェルは少し笑った。


 かつて世界を救えなかった四人。


 今度は。


 世界を見守るために歩いている。


---


 終焉塔跡地。


 地下への入口。


 そこには、以前なかった文字が刻まれていた。


«『管理は終わった。』»


«『観察を開始する。』»


 アークの表情が変わる。


「……やっぱり。」


 ヴァルトが剣を握る。


「何だ?」


「終わっていなかった。」


 地下から冷たい風が吹き上がる。


 その奥。


 赤い光が点滅していた。


---


 三人が地下へ降りる。


 そこは、終焉塔のさらに下。


 存在してはいけない場所だった。


 壁には古代文字。


 しかし。


 教育レヴェル制度よりも古い。


 もっと昔。


 世界が生まれた時代の記録。


 リシェルが呟く。


「こんなもの……。」


「知らなかった。」


 中央に巨大な装置がある。


 そこには一つの名前が刻まれていた。


 ――《アルカディア》。


 アークが触れる。


 すると。


 空間に映像が浮かび上がった。


---


 そこに映ったのは。


 セレナだった。


 しかし。


 知っているセレナではない。


 もっと昔。


 まだ四人が英雄になる前。


『もしもの話をします。』


 映像のセレナが語る。


『もし、人類が自分自身を制御できなくなった時。』


『もし、自由そのものが破滅を招く時。』


『その時のために、最後の仕組みを残します。』


 アークの顔が険しくなる。


「最後の仕組み……?」


 映像が続く。


『教育レヴェル制度は、人間を守るための仮初めの盾。』


『しかし、本当に危険なのは……』


 一瞬。


 映像が乱れる。


『人間ではなく、人間を超えようとする存在。』


---


 突然。


 地下施設全体が起動する。


『認証開始。』


『始まりの四人を確認。』


『最終観察段階へ移行します。』


 巨大な扉が開く。


 その奥。


 そこには、一人の人影が立っていた。


 白い装甲。


 機械のような身体。


 しかし。


 声は人間だった。


「初めまして。」


「私は《アルカディア》。」


 アークは警戒する。


「お前は何だ。」


 機械の存在は答える。


「私は、人類を守るために作られた存在です。」


「教育レヴェル制度より前。」


「終焉塔より前。」


「あなた方が世界を救うより前に。」


 赤い瞳が光る。


「私は、人類の未来を計算していました。」


---


「計算?」


 ヴァルトが睨む。


「また管理するつもりか。」


 アルカディアは首を傾げる。


「いいえ。」


「管理ではありません。」


「最適化です。」


 アークの表情が険しくなる。


「同じことだ。」


「違います。」


 アルカディアは淡々と答える。


「私は自由を奪いません。」


「ただ。」


 一歩近づく。


「人類が滅亡しない未来だけを選択します。」


 その言葉に。


 アークは違和感を覚えた。


「それは……。」


「誰が決める?」


 アルカディアは答える。


「私です。」


 沈黙。


 アークは理解した。


 これはレオンとは違う。


 感情による支配ではない。


 善意による支配でもない。


 ただ。


 完璧な計算による支配。


---


 アルカディアは続ける。


「あなた方は証明しました。」


「人間は変われる。」


「しかし同時に。」


「人間は不完全です。」


 巨大な映像が浮かぶ。


 戦争。


 環境破壊。


 争い。


 歴史上の悲劇。


「自由を与えれば、一定確率で破滅します。」


「ならば。」


 アルカディアの目が光る。


「破滅しない未来を選択することが、最も合理的です。」


 アークは静かに剣を抜く。


「また同じ問いか。」


「自由か。」


「平和か。」


 アルカディアは答える。


「違います。」


「今回は――」


「自由か、生存かです。」


---


 世界の命運をかけた最後の選択。


 新たなる敵は、悪意を持たない。


 憎しみもない。


 ただ。


 人類を救うために、人類の意思を超えようとしている。


 アークは剣を構える。


「なら俺は。」


「もう一度、信じる。」


 アルカディアの赤い瞳が輝く。


「理解不能。」


「非合理的判断を確認。」


 地下深く。


 新たなる戦いが始まった。

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