閑話 ―英雄だって、休む日がある―
世界が救われた後。
アークは、一つの重大な問題に直面していた。
「……暇だ。」
朝。
宿屋の窓辺で、アークは真剣な顔をして呟いた。
かつての彼なら、一秒たりとも休むことはなかった。
世界の危機。
終焉塔の調査。
失われた記録の探索。
常に何かを背負っていた。
しかし。
今は違う。
世界は平和になった。
誰かが命令を出すこともない。
戦う敵もいない。
つまり――
「英雄って、平和になるとやることないんだな。」
「何を言っているんですか。」
呆れた声。
振り返ると、リシェルが立っていた。
淡い青色の服。
いつもの旅装ではない。
珍しい姿だった。
「……似合ってる。」
アークが素直に言う。
リシェルは一瞬固まった。
「え?」
「いや、その……。」
「いつもの服もいいけど。」
「そういう普通の服も。」
リシェルの顔が少し赤くなる。
「あなたは……。」
「戦場ではあれだけ冷静なのに。」
「どうしてこういう時だけ不器用なんですか。」
アークは首を傾げる。
「そうか?」
「そうです。」
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今日は珍しく、二人で街へ出ることになっていた。
理由は単純。
ヴァルトが言ったからだ。
『お前ら、いい加減気付け。』
『世界を救った英雄が、毎日古代書ばっかり読んでるってどういうことだ。』
『少しくらい普通の時間を過ごせ。』
その結果。
二人で街を歩くことになった。
「人が増えましたね。」
リシェルが街を見る。
以前は、全員が同じ服。
同じ表情。
同じ価値観。
しかし今は違う。
店の看板も。
服装も。
人々の笑顔も。
全部違う。
「自由になったからな。」
アークが言う。
「でも、まだ迷っている人も多い。」
「当たり前です。」
リシェルは微笑む。
「あなたも昔、迷っていたじゃないですか。」
アークは苦笑する。
「……そうだな。」
「でも。」
リシェルは続ける。
「迷える世界でよかったと思います。」
アークは彼女を見る。
「なぜ?」
「だって。」
少し照れながら。
「迷わなければ、あなたと出会うこともなかったから。」
アークは言葉を失った。
戦場で何度も死線を越えた。
世界の命運を背負った。
しかし。
この一言の方が、よほど困った。
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昼。
二人は小さな店で食事をしていた。
「アーク。」
「何だ?」
「昔のあなたは、食事を忘れることが多かったですよね。」
「……。」
「図星ですね。」
「研究していた時は仕方なかった。」
「英雄になってからもです。」
「……。」
リシェルはため息をつく。
「あなたは、自分のことを大切にしなさすぎです。」
「もう昔とは違う。」
「本当ですか?」
リシェルがじっと見る。
アークは目を逸らす。
「……少しは。」
「少しなんですね。」
二人で笑う。
こんな時間があることが、不思議だった。
昔なら考えられなかった。
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夕暮れ。
街の高台。
二人は並んで景色を見ていた。
「リシェル。」
「はい。」
「俺は昔。」
「世界を救えば、それで全部終わると思っていた。」
「でも違った。」
街を見る。
人々の生活。
笑い声。
小さな争い。
小さな幸せ。
「世界を救うっていうのは。」
「誰かの人生を代わりに決めることじゃないんだな。」
リシェルは頷く。
「はい。」
「だから。」
少し間を置いて。
「あなた自身の人生も、ちゃんと選んでください。」
アークは彼女を見る。
「俺の?」
「はい。」
「あなたはいつも、世界のことばかりでしたから。」
「これからは。」
「あなた自身が幸せになることも考えてください。」
静かな風が吹く。
アークは少し笑った。
「じゃあ。」
「一つ選んでもいいか?」
「何ですか?」
アークは少し迷って。
手を差し出す。
「これからも。」
「俺の隣にいてほしい。」
リシェルは驚いた顔をした。
そして。
優しく笑う。
「……それは。」
「選択ではなく、約束にしてください。」
二人の手が重なる。
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遠くから。
その様子を見ていた男がいた。
ヴァルト。
「やっとかよ。」
隣のアルカディアが首を傾げる。
「質問。」
「何だ?」
「なぜ観測対象二名を遠距離から確認しているのですか。」
ヴァルトは答える。
「大人の事情だ。」
「解析不能です。」
「分からなくていい。」
ヴァルトは笑う。
「人間ってのは、そういう無駄なことを楽しむ生き物だからな。」
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世界はまだ完全ではない。
争いもある。
悩みもある。
未来は不確かだ。
それでも。
かつて全てを背負った英雄は。
ようやく一人の人間として。
大切な人と歩き始めた。
――完




