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地響きを立てて迫りくる漆黒の騎馬隊。その先頭で、黒馬を駆るレナード伯爵――私の愛する夫、しょうくんの姿が大きくなっていく。

戦場の空気は、張り詰めた糸のように鋭い。私の隣ではタキトゥスが抜剣し、銀色の鎧を陽光に反射させながら、喉を鳴らしていた。


「……来ましたな〜。あの狂犬め! わざわざ死に場所を求めて突撃してくるとは。エカテリーナ様、ご命令を! あの男の四肢を氷漬けにし、我が公爵邸の地下深くへと引きずり込んでやりましょう!」


タキトゥスの殺気は本物だ。彼の背後に控えるアスガルドの魔導部隊も、一斉に氷系の呪文の詠唱を始めている。


(待って、タキトゥス! 四肢を氷漬けはやりすぎ! 凍傷になっちゃうでしょ!?)


私は内心で絶叫しながらも、公爵としての「鉄の表情」を崩さない。扇をバサリと閉じ、戦場を見下ろして凛と声を張り上げた。


「――全軍、迎撃の構え。ただし、レナード伯爵は『生け捕り』にせよと命じたはず。一滴の血も流さず、そのプライドだけを完璧にへし折り、私の足元に跪かせなさい。……手傷を負わせた者は、この私が直々に処刑しますわ」


「な……! なんという過酷な試練! 傷一つつけずにあの狂犬を捕らえろとは、まさに神業を要求される……! さすがは我が主」


タキトゥスが変な方向に感動して跪く。違うのよ、ただ夫の体に傷をつけたくないだけなのよ。


────


戦火が上がった。

といっても、それは私たちが昨夜、念入りに魔導通信で打ち合わせた「派手なだけのショー」だ。

レナード側の兵士が放つ矢は、わざとらしくアスガルドの防壁を逸れ、我が軍の魔導士たちが放つ氷の嵐は、伯爵軍の足元だけを器用に凍らせていく。茶番だ。


傍目には、凄まじい魔力の応酬。けれど実態は、超高度な技術を用いた「忖度そんたく」のぶつかり合い。

その混沌の中を、しょうくんが一直線にこちらへと駆けてくる。


「エカテリーナァァァ――ッ! 貴様の首、この俺が貰い受ける!」


漆黒の軍服を翻し、彼は城門の前に設けられた会戦場へと躍り出た。

私はバルコニーから降り、タキトゥスや親衛隊を引き連れて、正面から彼を迎え撃つ。


「……勇敢ですわね、伯爵。たった一人で私の前に現れるなんて、よほど死に急いでいらっしゃると見えるわ」


私は冷徹に言い放ち、右手をそっとかざした。

アスガルド家に伝わる氷の杖(魂共鳴)の魔力が、先端溢れ出す。それは美しい青白い光となって、しょうくんの周囲を取り囲んだ。

これは「氷結のアイス・ケージ」。本来なら相手の心臓を凍りつかせる強力な術だが、私はその魔力コアを粗悪なものに変更し、「ひんやりして気持ちいいミスト」程度の出力に抑えていた。


「クッ……! なんという魔力だ……! 体が動かん……! あぁー!(棒)」


しょうくんは、これまた極上の「棒読み」を混ぜながら、膝をついた。

……ねえ、しょうくん。今の「あぁー……!」は、ちょっと大袈裟すぎない? 前世の……見たことないけど、B級映画みたい?


けれど周囲の兵士たちには、女公爵の圧倒的な魔術具の前に、最強の狂犬が屈服した歴史的瞬間として映ったらしい。


「伯爵が……あのレナード伯爵が、一瞬で封じられたぞ!」

「なんてお方だ。氷の女公爵、万歳!」


味方の歓声が上がるなか、私は優雅に歩み寄り、膝をつく彼の顎を扇でくいっと持ち上げた。

至近距離で見つめ合う、琥珀色と氷色の瞳。

周囲の喧騒が遠のき、世界に二人だけになったような錯覚に陥る。


「……捕まえたわ、レナード伯爵。これで貴方は、私の所有物ペットですわ」


私は冷たい声で、けれど彼だけに聞こえる微かな吐息で囁いた。

(……しょうくん、お疲れ様。腰、痛くない?)


すると、彼は苦悶に満ちた表情を(演技で)作りながら、唇をわずかに動かして答ええてくれた。

「……ひな、最高に綺麗だよ。……でもこの氷のミスト、ちょっと鼻がムズムズするんだけど」


「我慢して。……今からあなたを、私の『愛の独房』へ連行するから」


私は、あらかじめ用意させていた「魔封じの鎖」――という名の、内側に上質なシルクが貼られた特注の拘束具を彼の両手にかけた。


「――レナード伯爵を捕縛しました! これより、この狂犬をアスガルド城内の『最深部』へと連行します。……彼の処遇はすべて、この私が決定する。異論は認めませんわ!」


「ははっ! 氷の女公爵、万歳! アスガルドに栄光あれ!」


兵士たちの勝ち鬨が響き渡るなか、私は勝利者として、最愛の「捕虜」を連れて城へと帰還した。


────


アスガルド城の地下深く。

タキトゥスが自信満々に案内してくれた「最高監獄仕様の迎賓室」の前に、私たちは立っていた。


「エカテリーナ様、ご覧ください! これが、狂犬の精神を根底から破壊するための、拷問部屋にございます!」


タキトゥスが重厚な扉を開くと、そこには――。


「……えっ?」


絶句する私と、鎖に繋がれたまま(フリ)のしょうくん。

そこに広がっていたのは、監獄とは程遠い、狂気的なまでの「超豪華スイートルーム」だった。


天蓋付きのベッドは、雲のような最高級の羽毛布団で覆われ、床には素足で歩けば沈み込むような毛足の長い絨毯。壁には、心を落ち着かせるための名画が並び、テーブルの上には、まだ湯気を立てている「拷問用の美食」が並んでいる。ちょっと、予算……大丈夫?


「……タキトゥス、これは?」


「はい! 事前に仰られた伯爵の好物である『出汁の効いた麺料理? と、精神を弛緩させるための『甘味フォンダンショコラ』。そして、あまりの居心地の良さに外の世界への闘争心を失わせるという、精神的去勢を目的とした贅の限りでございます!」


タキトゥスは拳を握り、熱弁を振るう。

「さらには、この部屋全体に『癒やしの香炉』を焚き、彼の警戒心を削ぎ落とします。……これぞ、アスガルド流の最も残酷な仕置き、『贅沢による廃人化計画』にございます!」


(タキトゥス……あなた、天才なの!?)


私は内心で彼を抱きしめたくなった。

「拷問」という大義名分のもと、彼は新婚旅行の続きにふさわしい、最高のハネムーンスイートを用意してくれたのだ。


「……ええ、完璧だわ、完璧だわ!! タキトゥス。……さあ、伯爵。入りなさい。ここが貴方の新しい『檻』よ。……一生、出られると思わないことね」


「……クッ……! 殺せ……殺せと言っている……!(棒読み)」


しょうくんは、喜びを必死に隠しながら、部屋の中へと引きずられていった。

私はタキトゥスと護衛の騎士たちを下がらせ、扉に厳重な「鍵(という名の入室禁止令)」をかけた。


────


ガチャリ。

扉が閉まり、完全な静寂が訪れる。


「……ふぅ。……やっと二人きりになれた」


私がため息をつくと、ベッドの上に座っていた「宿敵の狂犬」が、ガシャンと鎖を外した。……そもそも、鍵など掛かっていない枷。最初から外れるようになっていたのだ。


「……ひな、今のタキトゥスさんの『拷問』の説明、最高だったね。僕、笑いそうになるのを耐えるのが一番の拷問だったよ」


しょうくんが立ち上がり、私の方へ歩み寄ってくる。

彼は漆黒の軍服を脱ぎ捨て、首元のネクタイを緩めた。その指先の癖を見て、私はようやく、自分が本当に彼を取り戻したのだと実感した。


「……本当に、大変だったんだから。……ねえ、しょうくん。事故の後、私、一人でこの世界に来たと思って、本当に絶望してたの」


私はエカテリーナの仮面を脱ぎ捨て、彼の胸に飛び込んだ。

鎧の冷たさではなく、その下にある、確かに生きている夫の鼓動。

しょうくんは私の背中に腕を回し、強く、けれどとても優しく包み込むように抱きしめてくれた。


「ごめんな。寂しい思いをさせて。……でも、もう大丈夫だ。見てよ、この豪華な独房。……新婚旅行の続きをするには、ちょっと物々しいけど、悪くないだろ?」


「……ええ。お母さんとの約束、守ってね。世界で一番、私を甘やかすって」


「ああ、もちろんだ。まずは、あのタキトゥス特製の『拷問ラーメン』から始めようか。どれほど前世の味を再現させてくれたか」


私たちは、豪華な絨毯の上に座り込み、サイドテーブルに置かれた麺料理を二人でつついた。

出汁の香りが鼻をくすぐる。それは、異世界の食材で必死に再現された、日本の懐かしい味に似ていた。味噌ラーメン。


「……お、美味しい」


「うん、美味しいね、ひな」


豪華なシャンデリアの下、宿敵同士の密会。

外では、両家の兵士たちが「今頃、壮絶な拷問が……」と震えているだろうが、中では、再会した夫婦が前世を懐かしむ、ラーメンを分け合うという、シュールで、けれど最高に幸せな時間が流れていた。


幾時間後……。


当然、平和な時間は長くは続かない。


「失礼いたします、エカテリーナ様! 伯爵の精神破壊状況を確認するため、追加の『精神攻撃用アロマ』を持参いたしました!」


扉の外から、タキトゥスの元気すぎる声が響いた。


「「!!」」


私たちは慌てて、服を着て、「拷問中」のポーズに戻った。

しょうくんは素早くベッドに伏せ直し、私は椅子に座って冷酷な表情を作る。


「……ンンッ! は、入りなさい、タキトゥス」


私たちの異世界新婚旅行は、周囲の勘違いを味方につけながら、さらに予測不能な方向へと加速していく。

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