ストレスフリー
翌日
「凪〜今日は午後から雨の予報だから傘忘れずに持って行きなさいよ〜」
仕事に向かおうと一階の玄関口にいるお母さんのその声で目が覚めた。
「…分かった…」
意識をまだ半分夢の中に置いている状態で何となくの返事で答えた。
うちの家は毎朝、俺が起きる頃には親も妹もいない事が多い。時々、妹であるひなが居たとしても、兄妹らしい会話なんて交わした記憶はないが。
睡魔に襲われ二度寝したい欲望を重い頭で追い払いながら、まだ目覚めていない身体を何とか布団から切り離す事に成功した。
「…眠い…」
重い足取りで階段を降りると、困惑した表情をしたひなが玄関の前にいた。
玄関の前で何をしているんだろうかと問いたい気持ちはあったけれど…そんな簡単にいかない事は百も承知だった。
俺は何気ない顔でひなの横を素通りし、リビングへ向かった。
「……いや」
こんな事をしていては兄として失格だ。妹が困っていたらどんな事情があろうと手を差し伸べるのが…
「ひな。玄関で何をしている?」
世にも珍しいしょんぼりとしたひなの姿を目の当たりにし、俺は少し動揺していた。
「凪には…関係ない…!」
案の定バッサリと突き放す尖った口調と鋭い目つきでそう答えた。
「関係ない…って言われてもなぁ…」
これ以上何と言えば、ひなが俺と会話をしてくれるのか、してくれる気になるのか、その道筋が見えず、やるせない気分になった。
「……」
鈍い沈黙は酸素が薄くなる様な息苦しさを感じさせた。
「あ、そう言えば傘。今日は午後から雨が降るってお母さんが言ってたぞ」
何か会話をしなければと言う焦りからふと、思い出した事を口に出した。
「…知ってる」
そう言ったもののひなを見ると、傘らしき物はない様に思えた。
「ひな、傘は学校か?」
「…そうだよ」
今は不仲でも一応兄を十何年も務めていれば、理解し難い事ばかりかもしれないが、周りの友達よりかは分かっているつもりだ。
「だったら、俺の傘持って行き」
意表を突かれたと言わんばかりの、驚いた様子で俺を見つめていた。
「…なんで」
「俺も傘学校に一本あるから」
「……」
「気を付けてな、ぁ……」
結局兄妹らしい会話なんて交わす事なくひなは家を出た…少しぐらいお礼とか何かしらのアクションがあったら嬉しかったんだけどなぁ…。
「……行ってきます……」
教室
「はぁ〜い。予鈴鳴ってるぞー席についたついた!」
今日も田中先生が、朝の憂鬱さや怠さを吹っ飛ばす声音で教室に入ってきた。
和人はそう言えば今日から3年生最後の大会があるらしく公欠だった。他の部活も体育祭と時期が重なっている為か、放課後の準備に携わる生徒の人数が日に日に少なくなっているのを感じていた。
それにしても、大事な大会前だって言うのに、俺にあれ程辛い話をしなくたって…終わった後でも良かっただろうに。
しかし、どの部活も大会前で放課後準備に来れないのは俺にとっては都合が良い。
この絶好の機会で必ず仕留めてみせる。
放課後
和人のいない今日一日を過ごして分かった事がある…
「俺ってほんと、友達いないんだなぁ…」
休み時間も、移動教室の合間も、掃除中も…ぼっち…人望ないなぁ、俺。
…!!
何を俺は弱気になってるんだ!
この放課後、これを逃すと俺は一生後悔するかもしれないんだっ!
頬を叩き、腐りかけていた心に喝を打ちのめした。
今日はまず教室に集まり、大方自分たちの係りの仕事が終わった事、本番まで残りわすがと言うのもあり学校を手分けして周り、装飾やステージなどでミスがないか、又気になった部分等を記録し後日報告する事、を言い渡された。
どうやら俺たち以外の係は大変な作業が残っているらしく、一足早く終わった自分達が進捗具合の確認と最終チェックを兼ねて頼まれたそうだ。
「……あ」
辺りを見渡すと、雪化粧の様に純白に発した少女に目を奪われたていた。
「上坂さん」
「…蒼井…くん」
「あの、良かったら俺と校内見回り行きませんか?」
「えっと、その-」
「しーちゃん!早く私達も行こっ!」
「あ、えっと……うん」
俺の振り絞った勇気は、彼女にとっては邪魔なやつで、その根本的存在である俺は面倒だと感じているのだろう。
たった数秒で…俺と彼女には隙間なんて小さい物ではなく、大きく深い溝が出来上がっている事を思い知らされた。
気分は深い海溝の底に沈みながらも薄暗い景色の中、校内見回りを一人で始めた。
「…あーーーー!!凪だっっ!!!」
「…!?!?」
何も予兆のない突然の廊下一体に響き渡る、鋭い声にひどく驚いた。
「…ゆめ?さん」
「いやぁ〜久しぶりだね蒼井凪くん!」
心底懐かしそうに俺との出会いを嬉しそうな目つきで微笑んでいるが…
「いや、俺たち数日前に会ったばっかじゃ-」
「何言ってんさ〜そんなしらける事言っちゃ駄目でしょ〜」
ああ、この人本気で、心の底から言ってるんだ。
いや、それとも他の人と勘違いしてる?…しかし、俺の顔を見てきちんと蒼井凪と言っていたし…。
だとしても腑に落ちない。
だって、明らかに数日前に会った人を見つけて出せる声量じゃないだろ!!
「まじ、さっきの声で寿命縮んだ…」
「ふふ。いやぁ、蒼井凪はからかいがいがあるなあ〜」
満面の笑みを見せ、大層上機嫌のゆめを見つめていると、自然に身体全体が吸い込まれそうになった。
「…それでそれで蒼井凪くんはどうだい?」
「どうって?」
「学校の事だよ〜。もう体育祭も始まるし、彼女の一人や二人出来たのかな〜って!」
「一人や二人って…彼女と言うのは一人で十分なんすけど」
「蒼井凪くんは真面目さんやね〜」
この人は、本気で言っているのか、はたまた冗談で、何となく言っているのか分からない。分かるのは少なくとも、そこら辺にありふれた女子高生ではない事だけだ。
「だったら、ゆめさんの彼氏が別の人と付き合っていてもいいって事なの?」
「うん。ストレスフリーが一番楽でしょ?ね?」
そんな、1足す1が2なのは当たり前でしょの様に言われても困るんだが…。
「あ、そーだ。聞きたい事あるんだけど〜聞いちゃってもいい!?」
まだゆめさんとは出会って、会話を交わしてそんなたたないが、どうせ俺の想像もつかない破天荒な事に決まっている。
距離感も掴みたいし、変に構えるより、軽く受け流すぐらいの軽さが丁度良いのかもしれない。
「いいよー。ただ答えるかはべつ−」
「しーちゃん……、いや、上坂汐恩と…喧嘩でもしたの?」
まるで好物を話している、意気揚々と軽やかな声で笑みを向ける君に俺は何故が惹きつけられていた。
一人でも自分の作品を読んでくださる方のために、これからもお話をお届けします。




