思い
「あ、いたいた。凪!ちょっと時間貰ってもいいか?」
たまたま職員室前を通っていると田中先生に呼び止められた。
発言からして俺を探している様であったが、何かあったのだろうか。
「どうしたんですか?」
「悪いな…まずはそこに座ってくれ…」
深刻そうな表情を浮かべている先生を見て俺は嫌な予感がしていた。
「…どうしたんだと聞いたな?」
「はい。先生が俺を呼ぶ時はたいてい勉強に関しての事だと思ってはいますが…」
それにしては呼ばれるタイミングがイマイチ分からない。模試に関してならその時に呼ばれるはずだし、まだ定期試験は行われていない。
なら勉強でないなら一体−
「ビンゴ〜。…おいおいそんな嫌な顔するな。そんな深刻な話じゃないから、固くならず肩の力を抜いて聞いてくれればいい」
何を言っているのだこの先生は。
毎回勉強について話をする時は危機感を募らせる様な話ばかりであった…これ以上赤点取ると補講だ!とかこのままじゃ成績オール2になるぞ、来年進学出来ないかもな!と、どれも心臓に悪いものであった。だが、肩の力を抜いていい勉強の話なんてあるのだろうか。
「…まずはどうだ?上坂汐音とは上手くいってるか?」
「え?まぁぼちぼちじゃないですかね?」
「何だよ〜ハッキリしない答えだなぁ。でもまぁ、その答えが聞けただけ良かったよ」
「先生。話って勉強の事ではないんですか?」
思いもしなかった話題を突然振られ先生の意図がよく分からないが、以前に一度上坂汐音と上手くやってくれ風な事を言われた事があった。
先生はその事を聞きたかったのだろうか。
「まあまあ言っただろう?まずはってね。私は凪の担任なんだぞ?勉強面だけでなく友人関係の事も知っておかなければならないからな」
「…分かってるとは思うが今度の定期試験で赤点を1つでも取れば夏休み補講+最悪のパターンだが卒業も厳しいだろうねぇ〜」
いつも通りの口調で話しているが、その内容はとても残酷なものだった。先生の嫌いな一面でもある、表情と話している内容が一致していないせいでそれほど焦りが生まれてこない。
「それって結構ヤバい状況じゃないですか?」
「何言ってんだよ〜凪が全部の科目で赤点回避すればいいだけって事さ」
「そんな簡単に言わないで下さいよ」
「だって現に簡単だろう?別に満点を全科目で取れと言っている訳じゃない。40点以上だ…4割取ることさえ出来れば夏休みの補講がなくなるんだ。簡単…でしょ?」
「とか言って…冗談だったり…」
「残念だけど…このお話はノンフィクションだよ。嘘偽りない実話さ」
本当にこの人は俺の担任なのだろうか。受け持っているクラスの生徒がもしかすると留年してしまうと言う状況にも関わらず陽気に接している担任がいるだろうか。
今はそんな事考えていても仕方がない。俺がやるべき事は赤点回避&クラス内10位……これ…けっこう詰んでないか?
赤点回避した上にクラス内10位なんて難易度の乖離が激しすぎる!もう少し調整が必要ではないだろうか?
いや…待てよ?クラス内10位を手に入れる事が出来れば赤点回避も同時に達成できるではないか。つまり目標は二つあるように見えて目指す場所は1つだけだ。
クラス内10位を目指せばいいんだ!
よし…本気出すぞ。
追記
この時の俺はどうかしていたと思う。
クラス内10位を目指せば全てが解決……と言ってもそもそも赤点回避しないと留年の可能性がある俺が上位に入り込めるはずがないのだ。
ましてや今は体育祭の準備期間でもある。そんなに勉強時間を割けない中で…俺が見た希望の光は…一瞬にして真っ暗闇に飲み込まれていった。
この時の俺はやはりどうかしていた…と思う。
「失礼します…」
私はもう高校教師に就いて10年ほど経つ。
その間色々な高校に赴任してきた。ザ進学校の様な、授業の進むペースは早く、レベルの高い教材を使用し、私にも分からない独特な解法を説明している生徒がいるクラスもあれば、一見穏やかなクラスに見えるものの徹底した教師にバレない、いじめを行なっているクラスを受け持った事もあった。
今の学校に赴任し3年。
一年目は一年生のクラスを受け持っていた。
その時から今も気にかけている生徒が私にはいる。
誰とも自主的に関わろうとせず、自分の世界を好きで生きていた。
いじめられている生徒やコミュニケーション能力が乏しい生徒が誰とも関われず、周囲に溶け込まない状況は今まで何度もあった。
しかし彼女は受け身ではなく能動的であった。
ならば、私から彼女をクラスに溶け込ませようとする手助けを行うのは余計なお世話だと判断した。
だか、私は後悔している。
私が彼女を見殺しにしてしまったのではないかと……どうやら今日もそんな彼女が来たみたいだ。
続きはまたいつか話してみせよう。
最後まで読んでいただきありがとうございます。




