絶体絶命のピンチ
「ちょっと凪…話があるのだけど」
それは突然の出来事だった。
いつもの様に家でパソコンゲームの楽しさに浸っていた所、磨かれた刃の様な鋭い目つきをしたお母さんがやって来たのだ。
「……」
「……」
お父さんはまだ帰っておらず、妹のひなは2階にいるのかわずかに物音が漏れている。
薄暗い照明に照らされるお母さんの表情は、直視できるものではなかった。
「ねぇ、最近学校生活はどう?」
何だ?初手から叱られるんじゃないかと思っていたが、よくある親子との会話じゃないか。
「良くも悪くもって感じ」
「そう。委員会の方も上手くやってるの?」
「まぁぼちぼち」
「…そう。勉強、の方もぼちぼちって所?」
「そうだね…勉強もまあまあかな〜」
余計な心構えだったみたいだ。お母さんはきっと息子である俺の学校生活を気にかけていてくれたのであろう。
神妙な面持ちだったから…つい気を遣ってしまったみたいだ。
「お母さんが心配するほどじゃないよ俺は。きちんと上手くやってるよ」
「…だったら、前に行われた模試の成績表見してちょうだい。もう半月が経つんだから返ってきてるはずよ?」
鋭い質問に緊張が走った。
「…いや…成績表はまだ…その…」
俺は咄嗟に嘘に塗れた言葉を吐き出していた。成績通知表なんてとっくの前に返されていた。なんなら、成績結果など今ではスマートフォンでも見れる時代だ。もしかするとお母さは既に知っているかもしれない。
そんな事を知っていながらも俺は怒られる事から逃げていた。
だが俺はこの嘘を貫き通して見せると決めたはずなのに…お母さんを騙している罪悪感で苦しんでいた。
「…これです」
俺はこの気持ち悪さに耐えられず自分の部屋から成績表を取り、お母さんの前に出した。
「……」
前に行われた模試の点数、偏差値、合格判定に目を通している。
少なくともあの時受けた模試は今よりも勉強意識が低く、かろうじて前日は復習をしたものの、今まで積み上げてきた強者には勝てる訳もなく散々な結果だけが俺の手元に残っていた。
「…ねぇ凪?この成績の説明をしてちょうだい」
「…えっ……と。今回は自分の苦手な分野が出て全体的に点数が取れなかった…と言うか…」
「どうしてその苦手な分野を必死に克服しようとしなかったの?」
「…と…応用系が……出て………」
「だから返されて…模試の復習をした…けれど…その…」
「そう。だったら今この模試をもう一度受ければ満点を取れるって事でいいのかしら」
「満点は無理…だと思う。解き方を復習しただけで…答えまでは…」
「……。一つ言っておきたいのだけど私はね凪の模試の点数が悪いから叱ってる訳じゃないのよ。苦手な分野が出て上手く結果が出ない事だってあるのは分かってる。でも、大事なのはその後じゃないの?結果が振るわずとも凪がどうしてきたのか聞きたかったのだけど…」
「今だってそう。凪は私の問いに対してまぁとかぼちぼちとか生返事してるじゃない。きちんと言葉に責任を持って話なさい。その責任は相手への信頼に影響するのよ。責任のない言葉を述べるなら相手も当然、あなたの事を信頼出来なくなっちゃうでしょ?」
「うん…ごめんなさい」
険しい顔をしたお母さんの表情がパッと明るくなった気がした。
「私だからいいものの、友達に適当な返事しちゃいけないからね」
「うん分かってる」
何だかゲリラ豪雨が去った様な安心感がいつの間にか体を支配していた。
「という訳で……凪にはまず次の考査までにクラス内で10位以内を目指してもらいます!罰はパソコン没収ね」
「え…ええええ!ちょっと待ってくれませんか!俺、パソコンないと勉強のモチベも上がらないし、生きる意味が一つ減ってしまうんですけど」
止んだ雨に安心していたのも束の間、いきなり雷に打たれた様な衝撃に驚かざるを得なかった。俺にとってパソコンは相棒であり生涯にわたる付き合いになる事間違いなしの絶対的に必要な存在である。それを、考査の結果次第で離れ離れなど絶対に許されない。
「凪が体育祭で何かやろうとしている事は良い事だし、尊敬してるわ。だけど、それと勉強は別よ。だってそうでしょ〜?体育祭の手伝いをすれば頭が良くなる訳じゃないんだもん」
「でも…」
「でもとか言わないの。私は結果主義じゃなくて実力主義だから。どんな結果になってしまってもその過程も私はちゃんと考慮してあげるから」
「俺のクラス内順位知ってるでしょ」
「忘れちゃった」
「俺の順位はクラスで−」
「保険を掛けるのはやめなさい?女の子にモテないわよ〜」
「それは関係ないだろ!」
「え?だって最近の凪って学校に行く時楽しそうだから…好きな子でも出来たのかと思ってたわ」
その途端、リビングの奥の扉で物音が聞こえたが、お母さんの表情を見る限り俺の気のせいであった。
「小学生じゃないんだから…」
「まずは頑張りなさい。話はそこからよ。今は分からないかもしれないけれど、こうやって小さな目標を掲げる事って凄く大切なことよ?」
これ以上断れる空気はなくしぶしぶ俺はその要求を呑むことになった。相変わらずお母さんの表情を読み取る事は難しい。
顔は笑っていても、心は怒っているんじゃないかとありのまま捉えてはいけない。少し厄介である。
しかし、今度の考査−学年末考査までにクラス内10位以内に入らなければパソコン没収という命が奪われるのと同等と言えるほど酷い罰が与えられてしまう。
この窮地をどうやって脱出していけばいいのか…少なくとも俺一人の力では敵わない。誰か…頼りになる人は…あー、そういえば友達にアホそうで意外に頭のいい子が居たわ。
「けどなぁ…アイツにこんな事言えねぇ…」
悔やみながらも俺のちゃっちいプライドが許せなかった。言ったとしても馬鹿にされて相手にされず痛い目を見るのは俺になってしまうに違いない。そんな想像が容易に出来てしまう。
俺は一体どうすればいいのか……まだ学年末考査まで二ヶ月ぐらいあるから余裕とか言ってられるものじゃない。なんせ、俺は前回のテストでクラス最下位を取っている。
それにお母さんは過程も評価してくれると言ってくれていた。俺が今までにないぐらいの頑張りを見せつければたとえ10位以内を取らなくてもパソコンを没収されないかもしれない。
今はそういう解釈にしておこう。それなら俄然やる気が湧いてくる。きっとお母さんと俺に勉強の習慣をつけて欲しい為に過程も評価すると言ってくれたのだろう。
とりあえず明日学校に行った時に聞いてみるか……。
最後まで読んでいただきありがとうございます。




