第三章 過去
私は固まっていた。その固まってしまった体からは言葉も出てこない。
「あっ、すいません。命を奪ったていうのは少し語弊があるかもしれないですけど。でも、僕は大好きだったあの娘の命を奪ったんだっていう風に思いながら生きてたんですけど。それに耐えられなくなって自殺しました。」彼の事情を聞いて、彼の表情を見ると、とりあえずの話を聞きたいと思ってしまった。
「どうして、その娘は自分のせいで死んだなんて思うんですか。」
悪趣味なのは分かっているし、その質問をしたとたん地獄という世界があるのならすぐにでもそこに行ってしまうんじゃないかとも思った。だが、そんなことはなく彼は誠実に質問に答えてくれた。
「僕が高校二年生になった時ですかね。その娘とクラスが一緒になったんです。でも、あの時あんなものを渡さなければ彼女は今頃・・・今頃・・・。」
涙ぐみながら話をする彼に、相槌を打つことすら出来なかった。
白井卓也が高校二年の頃
「えー、担任の松永です。まぁー、教科はみんなも知って・・・。」
白井の耳には担任の説明など不必要でしかなかった。なぜなら、白井の五感全ては彼女にしか向いていなかった。隣の席に座っていた彼女の表情、声、動きに全神経を向けている。
「お・・・おい・・・おい、白井・・・白井!」
「はい、はい。」思わず白井は椅子を引いて立ち上がった。
「さっきの話、白井聞いてたか。」
「あのっいや、すいません。聞いてませんでした。」
白井は静かに席に着いた。隣を見ると彼女と目が合った。彼女は少し笑みを浮かべて前に向き直った。その姿を見た白井の視覚からの情報が脳に電流のように走ってくる感覚が確かにあった。その後も、席が隣ということもありちょくちょく会話をするようになっていった。そして、白井はある決意をする。
白井はある日の授業中、隣の彼女にある手紙を書いて渡す。
"今度の日曜日、もしよかったら。僕とデートをしてくれませんか。"
彼女はその手紙を手に取り、内容を確認して、渡した手紙の裏に返事を書くのではなくわざわざ別の紙に返事を書いて白井の机に置いた。
"いいですよ。その日は私の誕生日だから楽しみにしてます。"
白井は舞い上がりそうな気持ちを抑えながら授業を受け続けた。
いよいよその日になって待ち合わせ場所で待っていると、視界に飛び込んでくる後光のようなオーラをまとった彼女が、普段の見慣れた制服姿とは違った清潔感のある白色のワンピースを着ている彼女に、白井はまた一段と惹かれていく。
「それじゃあー行こうか。」
「うん、行こう。」
2人きりになったとたん、彼女の返事の一言一言でも心がどんどん引き寄せられていく感覚が全身に感じられる。そんな感覚が全身に残ったままデートも終盤に差し掛かっていた。
「面白かったね。あの映画。」
「そうだね。観たかった映画だったんでしょ。誕生日に見れてよかったね。」
「うん!」
罪なほど元気な笑顔から白井の目線は離れない。ずっと一緒にいたい、ずっと見ていたいと思ってしまうほどの笑顔が別れを寂しく思わせる。
「じゃあさ、ここで待っててくれないかな。」
白井は彼女への誕生日プレゼントを買うために一番最初の待ち合わせ場所に彼女を待たせた。白井は彼女の欲しがっている物を覚えていて、それを買うために売ってる店へと走っていく。
時間は十分もかからなかっただろう。戻ってくると、先ほどの待ち合わせ場所に人だかりが出来ている。白井は走ってその人だかりに向かう、人だかりをかき分けてその人だかりの先頭に顔を出すと、頭から血を流す彼女の姿が見える。白井は彼女の名前を叫ぶ、彼女に返答はない。そんな時、救急車が聞きなれたサイレンとともにやって来た。救急車に乗せられ病院に向かおうとする彼女。白かったワンピースは赤くなっていた。そして、その姿を見て動けなくなった白井。彼女への誕生日プレゼントを自分への不甲斐なさから潰したくなった。
事故だった。工事に使う鉄パイプ二十数本が真下にいた彼女の頭に落ちた。病院に運ばれた彼女だったが、懸命の治療も虚しく彼女は搬送されてすぐに亡くなった。
白井は彼女の運ばれた病院へと向かった。そこにいた彼女の両親のもとに走っていき土下座をし謝罪した。
「すいませんでした。彼女をあの場所に待たせたのは僕です。本当にすいませんでした。」
白井は何度も頭を下げて彼女の両親にそう言った。
「君が、白井くんか。」
お父さんは、なぜか白井のことを知っていた。
「どうして、僕の名前を知っているんですか。」
「あの子が昨日言ってたの。明日の誕生日が楽しみだって、大好きな白井君と一緒にいれるからって。」
涙を流しながらお母さんは白井にそう言った。
白井はまるでダムが決壊するかのようにその場で泣き崩れた。嬉しかった、彼女が自分のことを好きだと思ってくれていたこと。でも、何も伝えられなかった。誕生日を祝う言葉も、両思いだったことも何も言えなかった。
その三ヶ月後、白井は新しく出来た高層ビルの屋上から飛び降りた。彼女との待ち合わせをしたあの場所で死んだ。そこで死ねば、彼女があの世で待っているかもしれないと思ったから。あの世で彼女に会ったら絶対に言おう。
"僕も好きです"




