5封目 にのきんは今日も行く
「渡威はまだ未知数な生き物なんだ」
学校へ向かう途中、春樹は欠伸をかみ殺しながらそう切り出した。
結局大樹が戻ってくるまで起きて待っていたので寝不足だ。
頭が少しクラクラする。
「未知数?」
「そう。だから研究してるところも多いみたいだけど……。で、今のところわかっていることは大きく言うと五つ。まず形は様々だということ、基本的に小さいこと。大体……手の平サイズから人の顔くらいの大きさのものが多いんじゃないかな。それに渡威はいたずらが好きな傾向があるんだ。だから人や物に憑いて悪さをする」
「春兄、『つく』って?」
「何ていうのかな……。人の場合は身体を乗っ取られるっていうか」
あいまいに答えると、大樹が「ひゃあ」と小さく声を上げた。
それが感嘆の声なのか恐怖の声なのかはわからない。両方、だろうか。
「大丈夫だよ。そんなに強い渡威は滅多にいないらしいから」
「でも春兄っ。形は様々って言ったよな? それじゃ渡威かどうかわかんねーじゃん!」
「最後まで聞けって。これが五つ目になるんだけど……渡威の額には目印となる核があるんだ。それは憑いているものにも現れるからわかりやすいだろ? ――で、その核を“封御”で突けば封印することが出来るってワケ」
封御、と言い葉にもらった長い棒を取り出す。
どこか槍に似ているそれは、柄の部分に一つの小さな玉がついていた。
少し不思議な色をしている。
また、先の方もそんなに鋭く尖ってはいない。
目的は単に「突く」ことだけだからだろう。
ちなみに鋼材も倭鏡のみに存在するものを用いているようだ。
「これで封印ねえ」
「これから手放すなよ。いつどこに渡威が現れるかわからないんだから」
ぶんぶん振り回している大樹に釘をさしておく。
どうもコイツは危なっかしくて不安だ。
当の彼はいつもの調子で「わかってるって」と言い、封御をまじまじと眺めた。
「でもさー、春兄。こんなデカイの、どうやって持ち歩くんだよ?」
重さは大して苦にならないが、確かにこのままでは不便である。
――そうだ、その説明を忘れていた。
「言ってなかったっけ? これ、伸縮機能つきなんだよ」
「しんしゅくきのう?」
「うん。ほら」
柄についていた玉を押しながら封御を縮めていく。
あっという間にソレはバトンくらいの長さにまでなった。
さすがにここまでが限界だ。
「ちなみにワンタッチで戻るからな」
「すっげぇ! ハイテクだなーっ」
「……そうか?」
ワンタッチなら傘でもあると思うのだが。
――いや、槍と傘を比べるのは少し無理な話だろうか。
とりあえず大樹は封御を気に入ったようだった。
ホクホクしながら封御を伸び縮みさせている。
「……おもちゃじゃないんだぞ。壊すなよ」
「わかってるってば!」
何度も注意を受けた大樹は、さすがに少しうんざりしたらしい。
あからさまにため息をつき封御を鞄へ突っ込んだ。
その動作自体は乱暴なくせに、鞄を閉めるときだけきっちりしているのは不思議だ。
「これで文句ないだろ?」
「あえて言うならもっと丁寧にやってほしいけど」
「あーもー。春兄は細かすぎなんだって!」
ちょっとくらいいいじゃん、とむくれる大樹に苦笑する。
まあ、自分もそこまで大樹に期待はしていない。
「別にいいけどね。……とりあえず、渡威についてはわかったな?」
「……えーと」
あやふやにうなずいた彼は、頭を整理するかのように宙を睨んだ。
それから指折りで数え始める。
「形は様々。基本的に小さい。いたずら好き。人や物に憑く。それから――……額に核があって、そこを封御で突けばいい?」
「ん、おまえにしては上出来」
軽くうなずくと、大樹の顔がパッと輝いた。
どうやら「おまえにしては」という言葉は耳に届かなかったらしい。
もしくは素通りしてしまったのだろう。
「でもさー。オレ、思うんだけど」
「何が?」
「葉兄は“法”があるから、ってオレらに頼んだじゃん? でも葉兄は王サマなんだし、そんなの変えりゃーいいじゃん。緊急事態ってやつなんだから」
その方が確実だし、と続ける大樹に素直に驚く。まさか彼がここまで考えられるなんて。
そんな気持ちを表に出さないように気をつけながら、春樹は小さくその疑問に答えた。
言葉をまとめようと、そっと空を見上げる。
「……“法”ってのは建前さ」
「たてまえ?」
「そう。地球には倭鏡と相反するエネルギーがあるらしくて、倭鏡の人はこっちに来ることが出来ないんだ。絶対に、ってわけじゃないけど……。何らかのひずみが出来たり本人に害が及ぶ可能性が高いからね。だから実際に二つの世界を行き来出来るのは……僕と、おまえ。それと葉兄くらいかな」
「……春兄、……ちょっと待って」
大樹は思い切り混乱したようだった。
頭を抱え、うーうー唸りながらまとめようとしている。
「何でオレらは行き来しても平気なんだ?」
「母さんがこっちの人間だからだよ。半分は地球人……って言ったら何か変だけど……とにかく、こっちの血も流れてるから。それで相反するエネルギーの影響を打ち消してるみたいなんだ」
「じゃ、母さんが倭鏡に来てるってことは……こっちから倭鏡に行くのは平気ってこと?」
「うん。でも自由には無理だよ。こっちの人間が倭鏡に行くには、倭鏡の人間が呼ばなきゃいけないらしいから。――父さんと母さんの話は聞いたろ?」
「あっ、それは聞いた! 父さんが間違って母さんを呼び寄せちゃったってやつだろ? 父さんってしっかりしてるくせに、変なところでドジだよな~」
大樹がおかしそうに笑い、春樹も「そうだな」と小さく笑った。
しかしそのおかげで自分たちは存在しているのだ。
それを考えると、父のちょっとしたドジにも感謝しなければ。
「とにかくそーゆうわけだから、僕たちの手に負えるものは出来る限り頑張らないと。大樹、わかったな?」
「難しいことはよくわかんねーけど……要はオレたちで渡威を封印すればいいんだろ?」
「簡単に言えばね」
「んじゃわかった。オッケー」
にっと大樹が笑い、大きくうなずく。
そこでちょうど学校に着いた。
話のキリもいいので、二人はそのまま別れることにする。
「じゃ……気をつけろよ」
「春兄こそっ」
あくまでも強気な彼は、言うなり、友達の姿を見つけたのか走り去ってしまった。
その元気な後姿を見送り、学校に入っていったのを確認してどこかホッとする。
――大した説明もしていないのに、やけに疲れてしまった。
(……それにしても)
一人物思いに沈みながら、ゆっくり歩を進める。
周りではあいさつや会話が飛び交っているが、春樹には大して気にならなかった。
黙々と歩き続ける。
(葉兄じゃないけど……ホント面倒なことになったなあ……)
大樹にはああ言ったが、本当に自分たちの手に負えるのだろうか。
父にたくさんの話は聞いていたとはいえ、実際に渡威と対面したことはないのだ。
改めて考えると途方もない話である。
考え出すとどうも止まらなくて、春樹は思い切り頭を振った。
すっきりさせようと思ったのだが――逆効果だったらしい。クラクラする。
「春る――ん」
「!?」
妙な呼び名にぎょっとする。
反射的に振り返ると、そこには三人の少女が満面の笑みで立っていた。
「あ……先輩。おはようございます」
「春るんおはよっ」
ニコニコとあいさつをする彼女たちは、この中学の二年生である。
なぜかやたらと春樹にかまってくるのだ。部活や委員会が一緒だというわけでもないのに。
ちなみに髪型は右からショート・ポニーテール・三つ編みで、名は順に木村・林・森本である。
春樹はこの三人が一緒にいないのを見たことがない。それだけ仲が良いのだろうか。
とりあえず、今日も彼女たちは三人セットで登校してきたようだった。
「ねえ春るん、“ウワサ”聞いた?」
「ウワサ……ですか?」
一番元気な木村に訊かれ、少々気圧される。
どうでもいいが「春るん」はやめてほしい。恥ずかしすぎる。
木村に割って入ってきたのは林だった。
ぐいっと木村を押しのけ、すかさず春樹との距離を縮めてくる。
彼女は三人の中で特にミーハーなので、噂の類は自分で話したいのだろう。
「あのね、ここに二宮金次郎の像があるでしょ?」
「はあ……ありますね」
「そうそう、あの古くさい」
「ぶっさいくな」
森本、木村の言葉に春樹は顔を引きつらせた。
そこまで言っちゃっていいのだろうか。
「でね、その像が……何と! 生徒たちを襲ったのよ!」
「……は?」
勢いづく林に目が点になる。今、訳のわからない言葉を聞いたような。
「像が……生徒を襲った?」
「そう! しかも何人も被害に遭ったらしくて。話によるとすごい勢いで迫ってくるらしいの。幸いケガ人は転んじゃった子くらいで済んだらしいけど」
「隣の小学校の子も被害に遭ったそうよ……。誰かが呪いか何かじゃないかって騒いでいたわ」
「も、森本先輩……?」
くすり、と笑む森本にたじろぐ。
彼女がミステリーやホラー好きだというのは知っていたが――微かに眼鏡を光らせるのはやめてほしい。
こう言っては失礼だが、まるで存在そのものがミステリアスな人だ。
「ま、春るんも気をつけてね」
「あ……ハイ。ありがとうございます」
「あぁ、春るんってばホント素直っ。可愛い!」
「……って、ここでモタモタしてたら遅刻しちゃう!」
「きゃあホント! 春るんバイバーイっ」
「さよなら……」
半ばボーゼンと呟くと、三人はキャーキャー言いながら校内へ走っていってしまった。
しかもものすごい速さである。
――何だったんだ。本当に。
(あの三人のテンションはいつものことだけど……)
大樹でいくらか慣れているとはいえ、朝から三人分のハイテンションはなかなかきつい。
それにしても。
「像が動く……か」
ぽつりと呟き、その例のものへ目をやる。
しかし、特に変わったところは見つけられなかった。
◇ ◆ ◇
校内に入った大樹は、教室のドアを開けるなりみんなの話し声に圧倒された。
何があったのかやけに盛り上がっている。
「おはよう」のタイミングを逃してしまったほどだ。
(な……何だぁ?)
普段も決して静かなクラスではないが、今日のは少し異常だ。
「あ、ダイちゃんおはよ~」
後ろの席の沢田雪斗に声を掛けられ、戸惑っていた大樹は正直ホッとした。
小走りで彼の元へ駆け寄る。
「はよー。……にしてもユキちゃん(、、、、、)、いつまで『ダイちゃん』って呼ぶ気だよ?」
「ダイちゃんだって『ユキちゃん』って呼んでるじゃん」
――いや、嫌味のつもりだったんだけど。
へにゃん、と笑う彼に肩を落とす。
しかし彼にこのような嫌味が通じていないことはわかっていた。
何せ彼とは幼稚園からの付き合いで、俗に言う「幼馴染み」という仲である。
その頃からずっと「ダイちゃん」「ユキちゃん」だったのだ。
今さらあれこれ言っても仕方ない。
そしてさらに、彼は……。
「あれ? ダイちゃん、何か眠そうだねぇ?」
「んー……眠い」
「また倭鏡に呼び出し~?」
所々語尾を伸ばすクセのある彼に、コクリとうなずく。
――彼は、こちらで唯一倭鏡の存在を知る人物なのだ。
もちろん彼自身が行ったことはないが、大樹はよく倭鏡の話をするし、彼も疑わずに聞いてくれる。
だからというわけではないが、学校では二人でいることも少なくなかった。
クラスで一番小さな大樹と、一番大きな雪斗。
さらに性格の違いもあってみんなに「凸凹コンビ」と言われるほどである。
最初はその呼び名に抵抗していた大樹も――さすがに慣れてしまった。
ほぼ毎日言われていては当然だ。
「けっこー大変なことになっててさ。後で話すけど……。ところでユキちゃん、みんなどーしたんだよ?」
「え? ダイちゃん知らないの?」
少し驚いた様子の雪斗に首を傾げる。
知らないの、と言われても。
「今ね~すごいウワサが流れてるんだよー。二宮金次郎が生徒を襲ったって」
「にの……? 誰ソレ?」
本気で尋ねると、がくり、と雪斗の力が抜けた。
どうやら呆れてしまったらしい。
「ダイちゃん……隣の中学に銅像が置いてあるのは知ってるよね……?」
「あの本持ってるやつ?」
「そう、それ。それが二宮金次郎だよ~」
「……んー?」
どうもピンとこなくて、窓から身を乗り出す。
しかし木が邪魔で目的のものは見えなかった。
目を凝らしてみてもやはり変わらない。
「そのにの……にのや……にのきん?」
「『二宮金次郎』だよダイちゃーん」
「だからそのにのきんがどうしたんだよ」
「いや、二宮……あの……」
訂正しようとした雪斗は、どうも諦めたようだった。
代わりに深くため息をついてくる。
「そんなんじゃダイちゃんも襲われちゃうよ~?」
「は? ……何で?」
「何かねー、襲われた子はテストの点が悪かったり忘れ物多かったり……そーゆう子が多かったんだって」
「……ん? 襲われたって……銅像が動くのか!?」
「だからそう言ってるじゃん……」
人の話聞いてないでしょ~、と問い詰めてくる雪斗に笑ってごまかす。
一応自分としてはきちんと聞いていた。
ただ、思考回路が上手くつながらなかっただけで。
「何かの間違いじゃねーの? 像が動くはずないじゃん」
「でも何人も被害に遭ったらしいからねえ。これが本当の話なら、お化けか何かかなあ?」
「う!?」
雪斗の言葉に、ビクリと身体が反応する。
大樹はそろそろと顔を上げた。
どうでもいいが、ひょろりとした彼を見上げるのは少々首がつらい。
「お……おバ、ケ?」
「ん? ……あー。そういえばダイちゃん、そーゆうのダメだっけ~」
「オレは別に! 怖くなんかっ」
「あははー。大丈夫だよ。誰もとり憑かれたりはしてないみたいだから。ただ追われるだけ~」
「ユキちゃん~……」
のほほん、としているがちっともフォローになっていない。
あっさり恐ろしいことを言うもんだ。とり憑かれるだなんて。
(……憑く?)
ふと、その単語に引っかかるものを覚えた。
その原因を考え、先程の春樹との会話だと気づく。
渡威の話でその言葉が出てきたのだ。
(……まさか、な)
いくら何でも、こんな近くでは――。
「……ダイちゃん? どうしたの、考え込んで?」
「へっ? あっ、悪い! ボーッとしてた!」
「珍しいね~。ダイちゃんが考え事なんて」
ニコニコと首を傾げる彼にあいまいにうなずく。
今のはバカにされたのだろうか。
「おーっす! 今日も仲いいなあ、凸凹コンビ!」
「あ、おはよー」
「だから凸凹コンビじゃないっつーの!」
元気に教室に入ってきた友達に怒鳴る。
いつもならそのまま流すところだが、今日は別だ。
今の気分はどうもモヤモヤして晴れない。
しかし八つ当たり気味な大樹の言葉を、友達はちっとも気にしていないようだった。
というより完全に無視している。
「よく考えたら凸凹コンビってよー、一人ずつで考えたら『デコ』と『ボコ』だよな」
「んなっ!?」
「あははははー」
「ユキちゃん! あははじゃねーよ!」
デコとボコのどこが笑えるんだ。
……いや、他人からすれば笑えるかもしれないが。
「ボコ、怒るなって」
「オレがボコなのか!?」
「じゃあ僕はデコ~」
はーい、と雪斗が挙手しだす。
そののんびりした動作を見て、大樹はどこか力が抜けてしまった。
そんな嬉しそうに手を上げないでほしい。
「ユキちゃん……オレはやだぞ、ボコなんて」
「まあまあ。落ち着けよ大樹。今のはジョークだろ、ジョーク」
「ジョークぅ?」
「お詫びにいい豆知識を教えてやるよ。いいか? 『凸凹』って言葉はな……実は昔、おデコがボコッとしてる人しか言っちゃいけなかったんだぞ。普通のおデコの人が口にしたら、それはもう厳しい罰を与えられたんだ」
「は? ……そ、そうなのか?」
真剣な口調で語る友につられ、思わず息を呑む。
「どんな罰か知りたいか?」
「知ってるのか?」
「ああ。それはな……驚け、何と白鳥にされてしまうんだ!」
「白鳥!?」
人間が? 「凸凹」と言っただけで白鳥に!?
「『白鳥の湖』はこれがモデルなんだぞ。知らなかったろ?」
「……知らなかった……。なあ、白鳥になったら元に戻れないのかっ?」
「残念だが、一度白鳥にされたらもう二度と……、……くっ」
それまで重々しく語っていた彼が、我慢しきれなかったように吹き出した。
それから小刻みに震え出す。
「やっぱおまえ最高……っ。やべー、腹いてーっ」
「は? お、おい?」
戸惑う大樹をよそに、彼はしばらく笑い転げた。
しかしそれも、数分後にはすっきりした顔で復活したようだった。
その顔はやけに爽やかだ。
「あー……笑いすぎて泣けてきた。危うく呼吸困難に陥るとこだったぜ。まっ、おまえはこれからもその調子でいろよっ!」
「? ? ?」
バシバシと肩を叩かれ、大樹には何が何だかわからなかった。
訳のわからぬまま、ひぃひぃ苦しそうな彼の姿を見送る。
――彼は、一体何がしたかったのだろう。
「何だったんだ……?」
呟くと、それまで黙っていた雪斗とばっちり目が合った。
何を考えているのか、じぃっとこちらを見てくる。
「な……何だよ?」
「いや……ダイちゃんってやっぱり素直だねー」
「はあ?」
さっぱり訳がわからない。
とりあえずこのとき、渡威のことも二宮金次郎のことも、大樹の頭からはすっかり忘れ去られていたのだった……。




