6封目 「勉強シロ」
「これから学校に行くぅ!?」
突然切り出した自分に、大樹は予想通りのすっとんきょうな声を上げた。夕飯の片づけを終えた春樹はただうなずく。
「何考えてんだよ春兄! 外はもう暗いんだぜ!?」
「だからだよ」
きっぱり言い放ち、上着を取ろうと移動する。
すると慌てて大樹がついてきた。
その動作にげんなりとしてしまう。
ついてくるのはいいとして、いちいちバタバタと音をたてないでほしい。
「春兄! 『だから』ってどーゆうことだよっ?」
「……二宮金次郎の話は聞いたろ? あれ、襲われたのはみんな暗いときだったらしいんだ」
「! ……春兄は、それが渡威の仕業だと思ってるのか?」
「わからないけど」
上着を着ながらあっさり呟くと、大樹が呆気に取られた。
そんな彼にも上着を投げてやる。
「わからないけど……可能性はあるんだ。見過ごせないよ」
「でもっ、春兄は見たんだろ? 変わったとこはなかったんだろ?」
春樹は黙って玄関へ向かった。
靴を履き、無意識に上着に腕を通している大樹を見る。
彼の言いたいことはわかる。
渡威が憑いているならその像にも核が現れるはずだ。
しかし春樹が見た限りそんなものはなかった。
だから今回の件に渡威は関係ない。
――そう言いたいのだろう。
もちろん大樹の意見も一理ある。
だが、話はそう簡単に割り切れるものではないのだ。
「……渡威にもたくさんの種類があるんだよ」
「え?」
「夜しか行動しない渡威だっているかもしれない。朝や昼は近くで潜んでいたのかもしれない」
「そりゃ……そうかもしれないけど……」
「だから行って確認するしかないんだ。……てなワケではい、『車靴』」
「『ローラースケート』! ――じじくさいぞ、春兄」
「うるさいな」
自分の手から奪ったソレを履く大樹にむっとする。
ただカタカナで言うのが面倒だっただけではないか。
そう思いつつも、春樹は心の中でにやりと笑った。ソレを履いてしまえばこちらのものだ。
「……え?」
ガチャガチャと履き終えた大樹が、ハタとして動きを止めた。
どうやらこちらの思惑に気づいたらしい。
上げた顔が心なし引きつっている。
「……春兄?」
まさかな、という顔の彼に満面の笑みをくれてやる。
「はい、封御」
「おっ……オレも行くのォ!?」
「今さら何言ってるんだよ。当たり前だろ」
「当たり前って……! だってまだ渡威かもわかんな……おわっ!?」
彼がわめくのは承知していた。
だからこそ春樹は、「むんず」とばかりに彼の腕をつかみ、そのまま引っ張り出す。
靴がローラーなのでとても運びやすい。
「引っ張るなよ! コケるだろ!」
「まあ、コケてもそのまま引きずってくから」
「うっわ……。コレ履かせたのってそのためかっ?」
「当たり」
まあ、ここまであっさりいくとは思わなかったが。
「ひっでー! それでも兄かよ―――っ!?」
「葉兄ほどひどいことはしてないと思うよ」
冷静に告げるが、それで大樹が納得するはずもなかった。
彼はしつこく唸っている。
しかし家から大分離れると、もう無駄だと悟ったのだろう。
暴れることはなくなった。
腕を放しても帰るような素振りは見られない。口調は拗ね気味だったが。
「……だいたいおかしいんだって」
「おかしい?」
「何でこんなすぐに、こんな近くに現れるんだよ? 都合良すぎだぜ」
「……そうでもないよ」
そんな偶然もあるだろうし、渡威の行動範囲はこの町に限られている。それに。
「渡威はいたずら好きって言ったろ? だから集団の多い学校に現れてもおかしくないんだよ。その方がより多くの人を巻き込めるだろうから」
「でも今回は夜だろー? 生徒いなきゃ意味ないじゃん」
「塾帰りの子も多いからじゃないの?」
そんな不満そうに言われても困る。これらは推測でしかないのだ。
「だいたい、渡威に意思があるって事実すら怪しい……あ」
学校の前まで来て、春樹は思わず足を止めた。
後ろから軽く大樹がぶつかって来る。
彼は自分の後ろからひょっこり顔を覗かせた。
「……いるか?」
「うん……ここから少し見える。細かいところまではよくわからないけど」
「い、行くのか?」
うなずこうとして、ぎゅっと腕をつかまれたことに気づく。
大樹が無意識の内につかんだのだ。
よく見れば、少しだけ顔色も悪い。
「……怖いのか?」
尋ねると、バッと大樹が手を放した。
顔も真っ赤になっている。
「なっ……なんっ、怖くなんかねーよ!」
「いや、そんな無理しなくても……」
「全然ヘーキだって! ほら、早く行こうぜ春兄っ」
(――……)
妙に慌てる大樹がおかしくて、小さく苦笑する。
なんて扱いやすいのだろう。
春樹はそっと息を吐いた。
ポン、と軽く大樹の頭を叩いてやる。
いつもなら何かと文句を言う彼も、ちら、と視線を上げただけだった。
「行くぞ」
「おうっ」
気を引き締め、校門から入ろうとし――
ぎろり、と。
二宮金次郎の目が光ったような気がした。
「!!」
覚悟していたとはいえ、さっと血の気が引く。
像が本当に動いている。というよりも。
「お……追ってきたあ――――っ!!」
文字通りこちらへ向かってくる像から慌てて逃げる。
しかし相手もなかなか速い。どしどし音をたてているくせに。
「は……春兄! どうなんだ!? 渡威なのか!?」
言われ、そうだったと振り返る。
目を凝らし……額に核が見えた!
はっきりと確信する。
「大樹、やっぱ渡威だ! 銅像に渡威が憑いてる!」
「マジ!?」
聞くなり、大樹が足を止めた。
像に向き直り封御を突き出す。
「渡威だとわかりゃー怖くねえぜ! よっしゃ来い、にのきん!」
「それを言うなら二宮金次郎だろ……」
つっこまずにはいられない。
二宮金次郎まで略してしまうなんて、何だか兄として恥ずかしいではないか。
それにしても現金な奴だ。あんなに怖がっていたのが嘘みたいである。
「……お?」
ふと、大樹が異常に気づき声を上げた。
像が突然動きを止めたのだ。
何をするのかと思えば――ポイッとばかりに本を投げ出す。
ずしりと落ちたソレを見て、二人は顔を引きつらせた。
何だか果てしなく嫌な予感がする。
その予感はどうやら当たっていたらしい。
二宮金次郎が、軽くなったせいかスピードアップして追ってくる!
「や……やっぱコエ―――ッ! いろんな意味で怖ぇよっ! 顔とか! 走る格好とか!」
「大樹が略したりするから怒ったんじゃないか?」
「オレのせいかっ!?」
「いや、一つの可能性の話だけど。……そんなムキになるなよ」
あんなスピードで突っ込まれたらシャレにならない。
そう判断すると、とりあえず二人は再び逃げ回ることにした。
どうにかして勝機をつかもうと頭を巡らせる。
しかし、そちらに集中しすぎたのだろう。
春樹は足がもつれ、思い切り転倒してしまった。
気がつけば地面が目の前だったのだ。構える暇もない。
「っ!!」
「春兄!?」
背後から足音が聞こえてくる。
近づいてくる気配を感じ、春樹は慌てて身体を起こそうとした。
だがすぐには力が入ってくれない。
(ヤバ……ッ)
追いつかれる――!?
「……なっ、何でオレばっか追ってくるんだよ――――っ!?」
(……え?)
大樹の悲鳴じみた声に、身体を強張らせていた春樹は顔を上げた。
確かに目の前では二宮金次郎が大樹に向かっている。
どうやら自分はスルーされたようだ。
何だかわからないが、とりあえず助かった。
春樹は立ち上がると、急いで校舎の方へ駆け出した。
「大樹、一旦学校の中に逃げ込むぞ!」
「! わかった!」
めちゃくちゃに逃げ回っていた大樹が方向を変える。
彼は素早くこちらへ向かってきた。
像もそれを追ってきたが、やはり彼の方が速い。
「でも春兄っ、学校は閉まってるんじゃ……」
「帰り、教室の窓一つ開けてきた!」
「……さすが春兄」
いとも簡単に教室に侵入する自分を見上げ、大樹が肩をすくめた。
そんな彼に手を差し出す。
彼はその手につかまり、軽々と中に入り込んだ。
本当は土足のまま入るべきではないのだが、緊急事態だ。仕方ない。
像が追ってくる前に急いで鍵を閉め、二人はどっと息をついた。さすがに呼吸が苦しい。
さっと窓の外へ視線を移したが、二宮金次郎がこちらへ近づいてくる様子はなかった。
学校内にまで踏み込む気はないということだろうか。
「春兄っ、さっき大丈夫だったか? ケガは?」
「大丈夫だよ、かすり傷だから。血も出てないし、もう痛くもないし」
その言葉に安心したのか、大樹から小さく息が漏れた。
それを境に、ふと今まで張り詰めていたものが薄れる。
春樹は何となく自分の席に座った。
まだ荒い呼吸を、深呼吸で落ち着けようとする。
「……疲れた……」
「春兄はまだいいじゃん。オレなんて追われっ放しだぞ? ったく、ただでさえ不気味なのに何かブツブツ言ってるし……」
ため息をつく大樹に、ふと疑問を抱く。
今の言葉からするともしかして……。
「おまえ、渡威の言葉もわかるのか?」
「うん? ちょっとカタコトで聞き取りにくいけど、一応は」
あっさりうなずく彼に対して、素直に感心する。
いくらそのような能力を持っているとはいえ、自分にはしゃべっているかどうかすらわからなかったのに。
「……渡威は何て言ってる?」
尋ねると、ふと大樹の動きが止まった。
しばらくその状態が続き、やがて何を思ったかにっこり笑う。
「――……『勉強ばかりしてるとバカになるぞ☆』って」
「…………」
ダウト《うそ》だ。間違いなく。
「大樹」
「ん?」
「渡威に差し出すぞ?」
「あぁっ、悪かったって春兄! ちゃんと言うから!」
笑顔で詰め寄る自分に大樹が慌てる。
「さらりと黒いこと言わなくても……」という呟きが聞こえた気もするが、今は時間もない。
聞かなかったことにしてやろう。
「……ホントは『勉強しろって』」
「渡威が? おまえに?」
「オレにっていうか、常に呟いてる感じ? 誰にでもああ言ってるんじゃねーの?」
投げやりに言う大樹に適当に相槌を打っておく。
何だか少しわかったような気がした。
自分は追われず、大樹ばかり狙われたわけが。
それにしても「勉強しろ」だなんて、さすが二宮金次郎なのだろうか。
「……渡威にも区別つくんだな。勉強してる人間としてない人間」
「何でこっち見るんだよっ。~~~~だから言いたくなかったのに」
このような反応が返ってくるとわかっていたのだ。
そりゃ、適当に嘘でも言ってごまかしたくもなる。
こんなときに説教なんて確かに嫌だ。
「ってゆーか、いつまでもこうしてるわけにはいかないよなあ……」
「いつ渡威が中に入ってくるかわかんねーしな。――っ!?」
呟きつつ窓を見た大樹が、ガタン、と音を立てて飛び退いた。
勢いのあまりかこちらにしがみついてくる。
「だ……大樹? どうした?」
「あっ、アレ! 外っ!」
「外って……、えぇっ!?」
指差した方を見て驚愕する。
渡威のことだろうとは予想がついたし、事実それは当たっていた。
だが、それでも目の前に光景に目を疑わずにはいられない。
二宮金次郎が――……物陰から顔を半分だけ出して覗いている……。
「び……ビビったぁ~……! ますます気味悪いな」
「確かに夢に出てきそうだけど……。ってゆーか僕たちが気づいたのわかったっぽいね。近づいてくるよ」
「……どーする?」
どうする、と言われても。
春樹は考え込んだ。ずっとここにいても埒があかない。何とかしなければ。
「とりあえず額を封御で突けばいいんだけど」
「んなこと言ったってあの速さだぜ? 構えてるヒマねーよ」
「……ってことは動きを止めればいいんだ」
「? 何かいい方法あるのか?」
「“方法”って言うほどのもんじゃないけど……」
呟き、春樹はきょとんとした顔の大樹を見た。
◇ ◆ ◇
春樹に耳打ちされた大樹は、その内容に微かに顔をしかめた。
ちょっと待て。
「春兄……オレに囮をやれってことか!?」
「しょーがないだろ。僕じゃ相手にされないんだし」
あっさり言われ、反論出来ずに言葉を詰まらせる。
確かにそれは実証済みだ。
「でも……っ」
「大樹」
「だって春兄っ」
「大樹」
繰り返し言われ、大樹は次の言葉を飲み込んだ。
その言葉の強さに思わず怯む。
笑顔なのに、異様にオーラが怖いのは気のせいだろうか。
「とりあえず、今僕が言ったことは理解しただろ?」
「それは一応……」
第一、本当に「方法」と言えるようなものでもなかったのだ。
あれくらいなら自分にだって理解るし、忘れることもない。
だからこそ春樹もそういったものを選んだのかもしれないが。
彼はさらに続ける。
「僕たちはあの渡威を封印しなきゃいけない。やるからにはしっかりやらないと。そうだろ?」
「……うん」
「大樹も、途中で放り投げるような中途半端なことは嫌いだもんな?」
「……うん」
勉強以外は、と付け加えてもいいならの話だが。
「でも、だからって何でオレが……っ」
「おまえなら出来るだろ? 大丈夫だよな?」
「え? う、うん……?」
言葉を遮った春樹にいつも以上に爽やかな笑みで肩を叩かれ、大樹は引き込まれるようにうなずいてしまった。
それを確認した春樹がさらに笑顔になる。
彼はにこやかに「じゃあ頑張れっ」と窓の外へ姿を消した。
ちなみに、二宮金次郎はやはり春樹に反応を示さない。
「…………ん?」
ぽつんと一人残され、大樹はハッとした。
ようやく現状に気づく。
オレ――乗せられた!?
(……くっそー)
乗せられた自分も悪いが、やはり春樹を恨まずにはいられない。
何が悲しくて銅像とご対面しなければならないのか。
そこで大樹は考えることを放棄した。
窓の方でやけにうるさい音がしている。
何かと思い……その正体にぎょっとする。
二宮金次郎が春樹の出ていった窓から入ってこようとしているのだ。
しかしなかなか苦戦しているようで、ガタガタと体を揺すっている。
やはり像だから固いのだろうか。足が高く上げられないようだ。
見当違いな感想を抱いた大樹は、慌てて首を横に振った。
違う。そんな呑気に観察している場合じゃない。
「いざとなったら逃げなきゃなあ……」
呟き、ため息をつく。
そうするしかないとはいえ、あまり自分の性には合わない。
――“……ロ……勉強……シロ……”
「あ?」
低く唸られ、大樹は顔をしかめた。またそれか。
――“……ロ……勉強……シロ……”
「“嫌だ”」
小さく返すと、ピクリと相手の動きが止まった。
どうやら通じたようだ。
意味もなく「おお」と声を上げてしまう。
渡威相手にも自分の能力はきちんと通用するのか。
目がなぜかと理由を訊いているような気がして、大樹は口を開きかけた。
しかし何と言えばいいのかわからない。
そこへ窓の外に黒い塊が見えた。
それに気づき、顔がパッと輝く。
「セーガっ!」
春樹からの合図だった。思ったより早く準備が済んだようだ。
大樹は急いで違う窓から飛び出した。
「こっちだにのきん! 捕まえられるもんなら捕まえてみろっ」
――“…………”
二宮金次郎がギロリとこちらを見る。
すぐに追ってくると思った大樹は少し拍子抜けした。一体どうしたのだろう。
二宮金次郎はおもむろに背負っていたものを投げ落とした。
今度はごとん、と音したソレに、大樹は思わず後退さる。
とてもスリムになった二宮金次郎が追ってくる!?
「おわぁ!? はやっ、速いって!」
――“……わざわざ挑発するからじゃないか?”
「またオレのせいなのか!?」
前を走るセーガに言われ、少し傷つく。
そんなバカな。自分は“あっちの言葉”でしゃべったわけではないのに。
――“シロ……勉強…シロ……シ…”
~~~~むか。
何度も言われ、さすがに大樹も腹が立ってきた。
何で銅像なんかに説教されなきゃならんのだ。
「やることは自分で決めるっての! オレだってなあっ、全く勉強しないわけじゃ……」
「大樹! こっちだ!」
「春兄っ」
たくさんの木の陰から春樹の姿が見え、大樹はいっそうスピードを上げた。
そのスピードのまま、真っ直ぐに春樹の横を通りすぎる。
すると当然二宮金次郎もこれを追い――春樹が持っていたロープをピンと張った。
一直線に走ってきた二宮金次郎は足を引っ掛け、どうと前に倒れ込む。
「よっしゃ! いけ春兄! 突けっ、突きまくれ!」
「わかってるよっ。あと突くのは一回でいいんだって!」
言いながら、春樹が封御を取り出す。
起き上がろうと顔を上げた瞬間を狙い突いた。
一瞬像の額が淡く光り、そこからビー玉のようなものが転がり落ちてくる。
「……何ソレ? ビー玉?」
「渡威だよ」
「渡威ぃ!? それが!?」
「封印したらこうなるんだよ。ちなみにその状態を“玉”って言うから」
「……そのまんまだな?」
「まあね」
うなずき、玉を拾う。
その動作をまじまじと眺めていた大樹は、春樹にソレを差し出された。
見てみろということだろう。
手に取り、じっくり見てみる。
なかなかきれいな色だ。形容しがたいが。
「もういいか?」
「ん」
素直に返すと、春樹は葉からもらった袋に玉を入れた。
丁寧にしまい込み、ホッと息をつく。
その一連の動きを見終えて、大樹は小さく首を傾げた。
実はまだよくわかっていないのだが……。
「……なあ、春兄?」
「何だ?」
「その……渡威が玉になったってことはさ、つまり……」
ちら、と視線を上げる。
そこには春樹の嬉しそうな笑みがあった。
「一つ、封印完了したってことだよ」
「ホントか!?」
春樹に言われ、ようやくそれが実感となって表れる。
何だかとてもホッとした。
「やったな春兄っ!」
「ああ。……でもさ」
ふと、春樹の笑顔が曇った。
彼はそっと周りを見回す。
「これ、どうやって片づけようか……」
「あ」
二宮金次郎とその他のパーツが転がっているのを見て、二人はボーゼンと顔を見合わせた……。




