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倭鏡伝  作者: あずさ
5話「影の自分にご注意あれ!」
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6封目 気持ち

 渡威の封印作業は少々苦戦を強いられた。


「……そんな場合じゃないってわかってるけど、一つ言ってもいいかな」


 渡威から目を離すことはなく、春樹はポツリと呟いた。

 セーガが低く短い唸り声を上げる。これは先を促す合図だ。


「もっちーがウサギなら、これはタコだよね」

 ――“……同感だ”


 セーガのうなずきに「やっぱり?」と苦笑する。

 とはいっても、共通点を述べるなら足が八本あることくらいだ。

 一本一本が奇妙にうごめいていて、正直な感想としては気持ち悪い。


 その渡威が一直線に向かってきたので、春樹はとっさに横によけた。

 渡威はそのまま止まれず、後ろの土管に衝突し――そのまま憑いた!?


「なっ……、!」


 絶句していると山積みになっていた鉄パイプが飛んできた。

 春樹はそれを封御で叩き落したが、次々とやってくるのを見てさすがに慌てる。

 数が多すぎる!


「セーガ!」


 とっさにセーガへまたがり、上空へ避難する。

 それでも鉄パイプは追ってくるので、春樹は思わず舌打ちした。


「これじゃキリがない……!」

 ――“元を叩かないとな”

「わかってるけど、あれじゃ近づけないよ」


 鉄パイプがあんなに勢い良く飛び交っているのだ。

 ぼんやりしているとあっという間に袋叩きにされてしまう。

 あの数に叩きのめされたら少々のケガでは済まないだろう。


(……何か他に方法は……ぁ!?)


 ガクリ、と高度が下がり春樹は慌ててセーガにしがみついた。


「セーガ!?」

 ――“……かすっただけだ”

「…………!」


 ぼやぼや考えている時間もない!


 焦り、春樹は下を見下ろした。

 そこで妙なことに気づく。

 さっきまで縦横無尽に飛び交っていたパイプの流れが徐々に変化しつつあった。

 まるで何かを探しているような……。


(…………?)


 春樹も微かに遠くへ目をやり――。


「大樹!?」


 バシャバシャと水を跳ねながら駆けてきた少年に、春樹は驚きと絶望の入り混じった悲鳴を上げた。

 信じられない。なぜ彼がここに!?


 大樹が空き地へ足を踏み入れると同時に数本の鉄パイプが彼へ向かっていった。

 春樹はとっさにセーガから飛び降りる。考えている暇などない!


 ガシャン!


「……春……兄?」

「っ……のバカッ!!」


 パイプを叩き落すなり、春樹は渾身の力で彼を怒鳴りつけていた。

 その剣幕に大樹が体をすくめたが構わない。


「何で来た!? 待ってろって言ったろ!?」

「で、でももうダイジョーブだし……」

「どこがだよ! そんなフラフラした状態で! 今だってすぐに反応出来なかったくせに!」

「…………っ」


 痛いところを突かれたのか、大樹が下を向いて黙り込んだ。

 そんな彼にますます苛立ちが膨れ上がる。


「その、考えないで行動するのやめろよ。それで迷惑がかかるのは周りなんだから! 大体、何度心配させたら気が済むんだ!?」

「…………」


 何も言わない彼にため息をつく。

 今は言い争いをしている場合でないと、どこか冷静に指摘する自分がいた。

 こうなったら仕方ない。


「……とりあえず帰ってな。ここにいたら危な……」

「――……だ……っ」

「え?」

「やだ……っ」

「大樹?」


 怪訝に思って呼びかける。

 するとやっと大樹が顔を上げた。

 泣いているのかも、という予想に反して、彼はしっかりとこちらを見てくる。


「……何も……何も出来ない自分なんてやだ。寝て待ってるだけなんてやだ!」

「だい……」

「わかってるけど! オレ、よく失敗するし……春兄が言うみたいに迷惑ばっかかけてるかもしれねーけど! でも、オレ頑張って……足手まとい、なりたくなく、て……」


 上手く言えないのか、彼はひどくもどかしそうだった。必死に言葉を紡いでいる。


「……役立たずのままじゃやだ……っ!」

「…………」


 そっと、肩の力を抜く。なぜか苦笑が込み上げた。

 大樹はやはり、先ほどの言い争いのことを気にしていたのだろうか。

 彼の口ぶりからしてもっと前からでも不思議はない。


 どちらにせよ、春樹は最初言葉が出てこなかった。

 ただ落ち込むわけでも悔やむわけでもなく、真っ直ぐとひたむきでいようとする彼をじっと見つめる。


「……おまえのそーゆうとこ」

「へっ……?」

「うらやましいと思うし、――支えられるよ」

「……春兄?」


 訳がわからずきょとんとする大樹に、春樹は微苦笑して渡威と向き直った。


「セーガ」

 ――“……話は終わったか?”

「一応、ね。時間稼ぎしててくれてありがとう」

 ――“それはいいが……”


 鉄パイプを引きつけていたセーガがふわりと舞い戻ってくる。

 春樹のすぐ側に降り立ち、彼も渡威の方を軽く睨んだ。


 ――“解決策は見つけられたか?”

「具体的なのはまだだけど……あの速さなら何とか出来るかもしれない。少しだけ規則性みたいなのも見えてきたし……」


 呟くと、セーガから小さな唸り声が聞こえた。

 微かな感心の意が込められたソレに苦笑する。そこまで大袈裟なものではないのだ。


 ――“じゃあ、タイミングも全部任せるからな”

「うん、わか……」

「ちょう待ち!!」

「……もっちー?」


 突然駆け込んできた物体に勢いを挫かれる。

 春樹とセーガ、そして大樹がもっちーに視線を注いだ。

 春樹としては色々と問い詰めてやりたい。

 大樹を好きにさせたばかりか、ここにまでやって来て何がしたいんだ。


「もっちー……」

「ああ! 春樹サン、そんな怖い目で見んといて! 今はあれ封印するのが先やろ!?」

「まあ、そうだけど……」

「そのためにこれ取ってきたんや!」


 バッともっちーが何かを取り出す。

 妙なソレに、春樹は首を傾げた。

 四角くて黒いソレは……。


「……磁石?」

「ビンゴ」

「それで何す……」

「大樹サン、ちぃとこれ持っててくれます?」

「へっ……? こうか?」

「おおきに。……さて、これにワイが憑くとー?」


 春樹が怪訝にするのを遮り、もっちーがさっさと磁石に憑いてしまった。

 何事かと見ている内にハッと気づく。

 ――磁石がみるみると大きくなっていく!?


 まるで壁のようになってしまうと、もう口を開けて見ていることしか出来ない。

 セーガまでもが息を潜めて成り行きを見守っているようだ。


「っつーか重っ!!」


 大樹から微妙な悲鳴が上がる。

 もはや持っているというより、単に支える形になっていた。

 この大きさならそれも仕方ないだろう。むしろこれを持っていろという方が無理である。


(まさか……)


 ふと思い当たり、鉄パイプを見やる。

 それは春樹の予想通り――突如、磁力によってもっちーへと引き寄せられた。

 しかしいくらわかっていたとはいえ、ビタンビタンと張りついていく様子には呆気に取られる。

 何て奇妙な光景なのだろう。一番驚いているのは大樹のようだが。


「春樹サン、はよ行き!」

「あ……!」


 声を張られ、反射的に駆け出す。今なら鉄パイプの壁もない!


 封御を握りしめると、土管が急に淡く光った。

 するりと例の渡威が姿を現す。

 逃げるつもりなのだろう。春樹に背を向け、素早い動きで足を動かし始める。


「生憎だけど」


 予測していた春樹はいともあっさり回り込み、渡威を見下ろした。

 固まったように動きを止めた渡威へ封御を突き出す。

 渡威が抵抗する暇もなく、封御は核へ突き刺さった。


「――大樹のおかげで、すばしっこいのを追うのには慣れてるんだよね」



◇ ◆ ◇



 渡威も封印し、大樹の具合が悪化した様子もなかったのでひとまずはめでたしめでたし――となるわけもなく。


「……で?」


 春樹はにっこりと、目の前で縮む怪獣のヌイグルミに声をかけた。

 それだけで気温がぐっと低くなったようだ、ともっちーが体を震わせる。


 ちなみに今、居間にいるのは春樹ともっちーだけである。

 大樹は部屋で寝ているし、雪斗にはそれを看てもらっているのだ。


「話をまとめると、大樹が僕らを追った後ユキちゃんが家にやって来て、そしてもっちーの姿を見破った。言われるままにもっちーも大樹の後を追うことにして、すぐに合流出来たもっちーは大樹に僕らの居場所を教えて……近くまできたところで、とっさに磁石を取りに行った。もっちーだけで、ね。で、その間に大樹が空き地に着いたんだよね?」

「……仰るとおりで……」

「僕はもっちーに、大樹を看ててって頼んだはずだけど?」

「…………」


 もっちーが黙り込み、さらに小さくなる。

 春樹は雪斗が用意してくれたココアに口をつけながらそれを眺めた。

 あちらがきちんと答えない限りこちらも引けない。


「もっちーもちゃんとうなずいたよね」

「…………」

「約束破ったら、信用出来ないからって封印される可能性があるのはわかってたの?」

「…………」

「ていうか今もその可能性は残ってるわけだけど」

「…………」


 何を言ってももっちーに答える気配はない。

 春樹はため息をついた。もっちーはなぜ何も言わないのだろう。

 落ち込んでいるのか、怯えているのか、それとも……。


「今回はとりあえずみんな無事だったから良かったけど……何で大樹を行かせた? 無茶しちゃいけないことくらいわかって……」

「……も……から」

「え?」

「大樹サンの気持ちも……わかったから」


 ポツリ、と呟かれた言葉はひどく真剣だった。今までの関西弁も消えている。


「役に立ちたくて、でも立てなくて……自分だけ取り残されているのが嫌だって気持ちはわかったから。……そーゆう“気持ち”の問題は、人から教えられてもすぐに納得出来るものじゃない。理解は出来ても」

「…………」

「納得するには自分の思うように動いて、自分からぶつかっていかないといけないって思ったから……例えそれがまた上手くいかなくても。そうやって少しずつ消化していくべきだと思って……だから行かせました。……すみません」


 深々と謝られ、少し戸惑う。どれも思いがけない言葉ばかりだった。


「それでもっちーが封印されることになっても……?」

「最初から自分は封印される立場でしたから。それでも、こうして仲間にしてもらえたのは元は大樹サンのおかげです。だから……どうしても大樹サンの気持ちを優先させたかった」


 きっぱり言ったもっちーは、もう覚悟を決めているように見えた。

 そんなもっちーに、春樹は張り詰めていた肩の力を抜く。

 こんな風に言われては、自分が悪者みたいではないか?


「もっちー」

「……はい」

「大樹は放っておくとずっとわめいてる奴なんだ。近所迷惑になるくらい」

「……はい?」

「本気でわめかれたら僕でも手に負えない。食べ物すら効果がないし」

「……はあ……」

「……もっちーが急にいなくなったら、きっと大樹は泣きわめくだろうね」


 苦笑気味に呟いた自分に、もっちーが目を丸くする。

 ただでさえ丸い目が、そのせいでさらに大きく見開かれた。


「春樹サン……? それじゃ……」

「――ただし、今後はちゃんと僕の言うことを聞くこと。今回みたいな理由があったときはすぐに言って」

「……! ありがとうございます!」


 もっちーの声が弾んだ。ついでに彼自身跳ねている。


「そんな大声出すと、ダイちゃんが起きちゃいますよ~?」


 ふいに雪斗が部屋に入ってきて、もっちーが慌てて口をつぐんだ。

 つられて春樹も口を押さえる。

 それが何だかおかしくて、小さな笑いが部屋を包み込んだ。

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