エピローグ ご飯にする? お風呂にする?
翌朝の天気は、うって変わって快晴だった。窓から射し込む陽の光が眩しい。
「ホントのホント?」
「ホンマや」
「ぜってーだな?」
「大丈夫やって」
「でも今日は早く帰ってくるからな!」
「わかったからはよ行き。このまんまやと遅刻してしまうで!」
「んじゃ行ってきまーす!」
弾けるような元気な声が、少しずつ春樹の耳から遠ざかっていく。
それが完全に聞こえなくなったのを確認すると、春樹はホッと息を吐いた。
とたんにだるさと眠気に襲われて目を閉じる。
そこで部屋のドアが開いた。
入ってきたのは、小さな怪獣のヌイグルミ。
「ふー……やっと行きよった。春樹サンは心配性やと思うてたけど、大樹サンもそうなのとちゃう?」
「……あはは」
「具合はどや?」
「だるいとか気持ち悪いっていう以前に情けないよ……」
ベッドの中で呟き、ため息をつく。まさか自分が風邪をひいてしまうなんて。
渡威を捕まえるために雨の中を動き回ったのだからまだ納得は出来る。
どこかで春樹自身も仕方ないと思っていた。
だが信じられないのは大樹の回復力だ。
彼も雨に打たれたくせに、悪化するどころか一晩ぐっすり寝ただけで元気になってしまった。
自分の今の状況と比べるとひどく複雑だ。やはりバカは健康なのだろうか。
そんな自分の心境がわかったのか、もっちーが困ったように苦笑した。
顔を覗き込んでくる。
「おかゆ作ったら食べます?」
「んー……もらおうかな」
「ほな作ってきますわ」
嬉しそうにもっちーが台所へ向かおうとする。その際に何かに変身して……。
「……待って」
「はい?」
「大樹の姿で台所に入るのはやめて……」
何せ、彼が台所に入ると無事じゃ済まないのだ。彼は歩く凶器と化す。
そんな姿で台所をウロウロされては、中身がもっちーだとわかっていても気が気でない。
「でもヌイグルミじゃ何も出来ひんし……葉兄サンやとエプロンがちっこいし。春樹サンの姿でもええ?」
「……他にはないの?」
一番マシなのかもしれないが、やはり気は進まない。
ワガママだと承知で尋ねた自分に、もっちーが奇妙に呻いた。どうやら考えているらしい。
「ほなこれは?」
「え……母さん!?」
フワフワの髪でおっとり微笑む女性に、春樹は思わず目を丸くした。
その反応がよほど嬉しかったのか、母の百合に化けたもっちーがご丁寧に声真似までしてくれる。
ひどく演技がかった口調で。
「春ちゃん、体大丈夫? つらくない?」
「あのね……」
「こんなときくらい甘えてもいいのよ? さあ私の胸に――ああっ。春ちゃん、その拳をどうする気? 私は春ちゃんのためを思って……」
「もっちぃ……」
「す、すいまへん! すぐ作ってきまーす!」
力なく拳を振り上げる自分に、もっちーが慌てて台所に引っ込んだ。
それは自分の怒りを恐れてなのか、自分の体調を気遣ってなのかはわからない。
何だか無駄な体力を消費してしまったようで、春樹はぐったりと息を吐いた。
台所の微かな物音に耳を澄ませ、まどろみながらも苦笑する。
不思議な居候も増え、日向家はますます賑やかになりそうだ。
■5話「影の自分にご注意あれ!」了




