プロローグ 正反対な兄弟
鏡を通して存在するという、ここ倭鏡。
自然に多く囲まれているこの世界では比較的穏やかに時間が流れていた。
最近では“渡威”などと呼ばれる謎の生き物の騒動も起こっているようだが、それでも一般人にひどい被害が及ぶ事態にはなっていない。
それを考えると、倭鏡は恐ろしく平和でのびのびとした場である。
そんな倭鏡の人々の間で最近よく話題になっているのが王家についてだ。
この王家はどうも話の種が尽きない。
まず、とても信頼のある先王が“日本”だとかいう異世界の人間と結婚した。
結婚だけでも大ニュースだというのに、その相手が異世界の人だというのだから人々の驚きは計り知れない。
それでもみんなはその女性を受け入れ、倭鏡はさらに賑わった。
だが、ある日先王が病に倒れたのだ。
命は落とさなかったものの、やはり無理があるのか先王が王の座を明け渡すこととなった。
まだ十八歳でしかない、実の息子に。
もちろん反対する人々もいた。
まだ早い、若すぎる、と。
けれど一旦就いてしまうと、人々は少しずつそれを受け入れるようになる。
それだけ彼にも力があったのだ。
そして、今はこうして平穏無事に倭鏡は治められているわけだが……。
――これ以上他に驚くことなんてないだろう。
そんな人々の予想を裏切るかのように、現王はとんでもない発言をしてのけた。
「近い将来、二人の弟の内どちらかに王の座を譲る」と。
当然その話は瞬く間に駆け抜け、人々はなんとも複雑な思いを抱く。
期待と、不安。
◇ ◆ ◇
「なあ、おまえはどっちが跡を継ぐと思う?」
城の門番を務める男は、ふいに同じ仲間へ問いかけた。
これだけで大抵何の話かみんな見当がついてしまう。
その証拠に、仲間はにやりと口の端を上げた。
「現王の弟たちか? そうだな……普通に考えたら、可能性が高いのは春樹様じゃね?」
「異世界の方じゃ学年トップをとったこともあるらしいしな」
「さすが王家っつーとこかね」
ヤレヤレ、と仲間がため息をつく。
確かに力だけが頼りの自分たちには途方もない話だ。
「でもよ、俺ぁ一番下も面白いと思うんだよ」
「一番下……ってーとあのちっこいのか?」
「おうよ。あいつはでっかいことしてくれそうだと思わねーか?」
「いまいち王家ってイメージじゃないけどな」
「まあ、そこがいいんだろうさ」
豪快に笑う仲間に、自分も声をたてて笑う。
こんな話題はしょっちゅうだ。おそらく自分たち以外の人々も。
「なあなあ、何の話?」
「うおっ……」
突如上がった少年の声に、男は危うくのけぞりかけた。
視界の下に少年の姿を見つけ、目を丸くする。
さっきまでの話題の人物でもある王家の三男坊――日向大樹だ。
「びっくりさせんなよ……。噂をすれば何とやらだぜ」
「ちっこいから気づかなかったぞー」
「んな!?」
仲間のからかいに思い切り怒った顔をする彼はまだ幼い。
当たり前だ。年齢なんてまだ十一でしかないのだから。
「……それより、おまえらちゃんと働いてんのか?」
からかいの応酬だ、というように彼が生意気そうに笑う。
そんな彼に自分たちは声をたてて笑った。
「残念だが、今は休憩の時間だ。だからお咎めなしさ」
「そっちこそちゃーんと勉強してんのか? ん?」
「う……っ、ぼ、ボチボチやってるぜ?」
「本当か? しっかりやんねーと王様にまた何か言われるぜ?」
「う、うるせーっ!」
反論出来なかったのか彼が赤くなってわめいた。
わかりやすい反応に思わず笑う。
すると何を思ったのか、仲間がふいに彼の脇の下に手を入れ、彼を顔より高く持ち上げた。
いわば「高い高い」の状態だ。
元々小柄なせいか、彼の足はいとも軽く地を離れてしまう。
「うわ……っ、ちょっ、降ろせェ!」
「ほらなー……何でか王家って感じがしないっつーか、いじりたくなるっつーか」
「何だよそれぇ!」
「まあまあ。それにしても来たのがおまえさんで良かったぜ。これが春樹様だったら……」
「あの……すいません。実はいました……」
「うおおぅ!?」
すっと音もなく出てきた少年に、二人は思い切り後退ってしまった。
当の春樹の登場に心臓はバクバクだ。それより、彼は今までどこにいたのだろう。
「何だか出にくくて……すみません」
「い、いえ! あの、こちらが勝手なことを話していただけでして……」
慌てて首を振り、驚いたまま固まっている仲間を小突く。
彼はハッとしたように大樹を降ろした。そのまま直立不動になってしまう。
そんな自分たちに、大人びた面持ちの少年は苦笑したような仕草を見せた。
微笑む。
「大丈夫ですよ、気にしていませんから」
「はあ……」
「毎日お疲れ様です。僕らは少し出掛けてきますね」
「はい、お気をつけて」
「じゃーな、おまえらも頑張れよー!」
笑顔になった大樹がブンブンと手を振る。
それを小さく春樹がたしなめこの場を離れていくと、二人は慌てて頭を下げた。
「……何つーかさ」
見送った仲間がぼんやりと口を開いた。自分も無意識の内に呟く。
「ああ」
「ほんと、春樹様の態度って妙に緊張するっていうか」
「あれでまだ十二……十三? 確かそのくらいだよな?」
「ああ、大人びてるよなー」
仲間がしみじみと呟く。
それにうなずいた自分は、もう姿の見えなくなった方へ目をやった。
知らぬ内に言葉が零れる。
「ほんと正反対な兄弟だぜ……」




