好きな人には押せる時に押せ!by 女子会
新しい登場人物が来る回です!
ローゼンと初めて街へ出かけた日から、数週間が過ぎていた。
あの日を境に、アリシアは頻繁にオーラスの街へ足を運ぶようになった。
ローゼンと二人で出かける日もあったが、どちらかといえば、アリシアが一人で屋敷を出る日の方が多かった。もちろん、本当に誰も連れずに歩いているわけではない。屋敷の侍女が少し離れて付き添っていたが、ローゼンが最初に提案したような大勢の護衛に囲まれることはなかった。
初めのうちこそ、街を歩くたびに珍しそうな視線を向けられていた。
何しろアリシアは、初めて街を訪れたその日に、大通りの真ん中で自らをローゼンの妻になる予定の女だと宣言したのである。あの時の話は瞬く間に街中へ広まり、翌週には、アリシアの顔を知らない者まで彼女のことを知っていた。
けれど、アリシアはそのような視線を少しも嫌がらなかった。
声をかけられれば立ち止まり、南部の暮らしについて尋ねられれば楽しそうに答える。反対に、北国の料理や雪の日の過ごし方を教えてもらい、気になる店があれば迷わず中へ入った。
市場の店主たちは、そんなアリシアをすぐに受け入れた。
パン屋へ寄れば新しく焼いたパンを勧められ、仕立て屋では北国に合う衣装を教えてもらう。道で子どもたちを見かければ手を振り、雪かきをしている者たちには自分も手伝おうとして止められた。
そうして何度も街へ通った甲斐があったのか、アリシアには気心の知れた友人もできていた。
アリス・ウェールズと、エレノア・フェルト。
その二人とは、街の中央にある小さな喫茶店で知り合った。
エレノアは、オーラスの大通りに店を構えるパン屋の娘だった。
初めてローゼンと街へ繰り出した時、彼が店先で言葉を交わしていた、あのパン屋の主人の娘である。
赤みがかった茶色の髪を肩の辺りで切り揃え、仕事中は後ろで一つにまとめている。少し日に焼けた頬と、よく動く琥珀色の瞳が印象的な女性だった。表情も豊かで、嬉しい時には大きく笑い、不満があればすぐに顔へ出る。
父親に似て気さくで、人との間に壁を作らない性格をしていた。朝は店の手伝いをし、焼き上がったパンを棚へ並べ、時には配達までこなしている。商売人の家で育ったためか、人の顔と名前を覚えるのも早く、一度話した相手のことは細かなところまでよく覚えていた。
アリシアが初めて一人で店を訪れた時も、エレノアはすぐに彼女へ気づいたのだとか。
最初こそ少し遠慮がちに話しかけてきたが、アリシアが気さくに応じると、すぐに打ち解けた。北国のパンはなぜ少し固めに焼くのか、冬にはどのような材料が手に入りにくくなるのか、吹雪の日には店をどうするのか。アリシアが次々と尋ねるたび、エレノアは楽しそうに答えてくれた。
一方のアリスは、元は王都の伯爵家に生まれた令嬢だった。
銀色の髪を胸元まで伸ばし、普段は緩く編んで肩へ流している。瞳は澄んだ青色で、色白の肌と整った顔立ちは、ひと目で良家の出身だと分かるほど上品だった。派手に着飾ることはなく、今では北国の暮らしに合った落ち着いた服装を好んでいるが、背筋の伸びた立ち姿や指先の動きには、貴族令嬢として育った名残が残っていた。
穏やかな話し方や、何気ない仕草には、今でも貴族令嬢として育った頃の名残がある。茶器の扱いも美しく、初対面の相手に対する距離の取り方も自然だった。
けれど、今のアリスは貴族として暮らしているわけではない。
王都にいた頃、偶然知り合った一般市民の男性と恋に落ち、家族の反対を押し切るような形で北国へ来たのだという。駆け落ちに近い形だったため、実家とは今もほとんど交流がないらしい。
それでも、アリスはその選択を後悔しているようには見えなかった。
夫の話をする時には、いつも表情が柔らかくなる。裕福でも華やかでもない暮らしだが、自分で選んだ人と過ごせることが何より幸せなのだと、少し照れながら話していた。
貴族社会を知りながら、身分にこだわらないアリス。街で育ち、誰とでも気軽に話せるエレノア。
南部からやって来たばかりのアリシアにとって、二人は全く違う立場にいながら、不思議と居心地のよい友人たちだった。
◇
その日も三人は、街の中央にある喫茶店へ集まっていた。
暖炉の火が店内を優しく暖め、窓の外では静かに雪が降っている。焼きたての菓子と紅茶の香りが漂う店内は、昼下がりということもあり、ゆったりとした時間が流れていた。
アリシアが温かな紅茶へ口をつけると、向かいに座るアリスがにこりと微笑んだ。
「えーー?私はアリシアちゃんのローゼン様との恋路が聞きたいのよ?」
「そうよ、そう!」
すぐ隣でエレノアも勢いよく身を乗り出した。
「私なんてアリスの惚気話をずっと聞かされてるだけなんだから!」
「あら、そんなに話していたかしら?」
「話してるわよ!『主人がね』『主人がね』って、一日に何回聞いたと思ってるの!」
エレノアが頬を膨らませると、アリスは口元へ手を当てて笑う。
そのやり取りがおかしくて、アリシアも思わず吹き出してしまった。
「えぇ、でもローゼンはちょっと奥手みたいな所があるから難しいのよね〜」
そう言うと、アリスとエレノアは顔を見合わせた。
「奥手……」
「ローゼン様が?」
二人の声が綺麗に重なる。
「そうなのよ。優しいんだけど、すぐ遠慮するし、私のことを気遣ってばかりで、自分から全然来てくれないの」
「あぁ、だから街のど真ん中でアレを……」
エレノアは呆れ半分、感心半分といった表情を浮かべた。一方のアリスは、楽しそうにくすくすと笑っている。
「でも、とてもアリシアらしかったわ」
「でしょう?」
アリシアは満足そうに頷いたあと、不意に姿勢を正した。
そして両手を胸の前で合わせると、アリスへ真っ直ぐ視線を向ける。
「お願い、アリス!いえ、アリス先輩!」
突然の呼び方に、アリスは目をぱちくりとさせた。
「恋愛の先輩として、婚約者との関係値の深め方を聞きたいです!」




