これって初デートよね!?!?
「着たわ!どう?」
アリシアはそう言いながら、玄関広間へ姿を現した。
南部から持ってきた厚手のドレスの上に、北国用として用意された深い色の外套を羽織っている。襟元と袖口には柔らかな毛皮があしらわれ、手には厚手の手袋。足元も雪道を歩けるよう、普段より丈夫な靴へ履き替えていた。
随分と着込んだつもりだったが、それでもアリシアの表情は明るい。初めて町へ出かけられることが嬉しいのだろう。外套の裾を少し持ち上げながら、その場でくるりと一度回ってみせた。
玄関前で待っていたローゼンは、しばらく彼女の姿を見つめた。
「似合っていると思うよ。ほら、マフラーも」
そう言うと、ローゼンは手にしていた厚手のマフラーを広げ、アリシアの首元へそっと掛けた。
冷たい風が入り込まないよう、隙間を塞ぐように丁寧に巻いていく。指先が頬の近くを通るたび、アリシアは妙にくすぐったいような気持ちになった。
ローゼンはそんな彼女の様子には気づかず、最後に形を整えると、首元がきちんと隠れているか確かめるように目を細めた。
「ねぇ、ローゼン。街へは何で行くつもりなの?」
「そうですね。徒歩で行こうかと思っています。近場で、少し歩いたら到着しますよ」
ローゼンはそう答えながら、玄関の扉へ視線を向けた。
屋敷から町までは、それほど離れていないらしい。雪のない季節であれば、散歩と呼べるほどの距離なのだろう。
アリシアは少し意外に思った。
てっきり馬車を用意するものだとばかり考えていたからだ。けれど、初めて見る北国の景色を間近で眺められるのなら、歩いて向かうのも悪くない。
ただ、その話を聞いていた従者の一人が、少し困ったように口を挟んだ。
「しかし、ローゼン様。護衛の方は……?」
「不要だよ。私は民を信じているからね。君たちは、ここで待機してほしい」
ローゼンの返事には迷いがなかった。
この土地で暮らす者たちを、領主である自分を害するような者だとは考えていないのだろう。
従者はなおも何か言いたそうにしていたが、ローゼンの表情を見て、それ以上は口を挟まなかった。
◇
二人は屋敷から続く道に沿って、ゆっくりと歩いていった。
昨夜降った雪はまだ柔らかく、道の両脇には白い塊が高く積み上がっている。人や荷車が通る中央だけは踏み固められていたが、アリシアは足元を確かめるように歩きながら、時折周囲へ視線を向けた。
遠くには雪を被った家々の屋根が見える。煙突からは細い煙が立ち上り、白い空へ溶けていた。道沿いの木々も、枝先まで雪に覆われている。音は少なく、二人の靴が雪を踏む音だけが、一定の間隔で続いていた。
「ローゼンは、よく街に行くの?」
「よく、という程ではありませんが、時折こっそりと覗きに行きます」
「へー、こっそりなのね?」
アリシアは興味深そうにローゼンを見上げた。
領主が自分の治める街へ足を運ぶこと自体は、不思議ではない。けれど、わざわざこっそり行くというのは少し意外だった。
「私はそういうのは、ちょっと苦手でして……」
ローゼンは少し言いにくそうに続けた。
街へ出れば、当然ながら領民たちに気づかれる。挨拶をされ、声をかけられ、時には礼を言われることもあるのだろう。ローゼンはそうした人々の気持ちを嫌っているわけではない。ただ、自分へ向けられる感謝や好意を、どう受け取ればよいのか分からないのかもしれなかった。
「ねぇ!今日は皆に会いましょうよ!私、実はそういうの得意なんだよね」
アリシアはぱっと表情を明るくした。
南部にいた頃は、茶会や市場へ出る機会も多かった。初対面の相手と話すことにも慣れているし、誰かに声をかけられれば、その場に合わせて会話を広げることもできる。
ローゼンが苦手なら、自分が隣で補えばいい。
それも婚約者らしいことの一つだと、アリシアは考えた。
「何だか楽しそうに見えますね」
「勿論よ!初デートなんだから!」
アリシアは弾むような声で答えた。
ローゼンは一瞬、何かを言おうとして口を閉じた。町の案内を頼まれただけのつもりだったのに、いつの間にか初デートということになっているのだ。
アリシアはますます機嫌よく歩いた。
それからしばらく進むと、街並みが少しずつ近づいてきた。雪に覆われた屋根の数が増え、人の声や荷車の音もかすかに聞こえてくる。
その頃になって、アリシアはローゼンの手元へ視線を落とした。
二人の間には、手を伸ばせば触れられる程度の距離がある。けれど、そのまま並んで歩いているだけでは、いつもの屋敷の中とあまり変わらない気がした。
婚約者らしいことをすると決めたばかりなのだ。
ここで遠慮していては、何も始まらない。
アリシアは意を決すると、ローゼンの方へぐいっと身を寄せた。
「ねぇ、手を握ってもいい?」
「構いませんけど……手袋してますよね?」
「え、えぇ!でも手を握って貰った方がもっと温かいからね。ほら!」
そう言って左手を差し出したものの、アリシアの胸は思っていた以上に高鳴っていた。
自分から言い出した手前、今さら引っ込めるわけにはいかない。けれど、厚い手袋越しとはいえ、ローゼンと手を繋ぐのは初めてだった。
アリシアは平然としているつもりで、彼の返事を待った。けれど、差し出した指先にはわずかに力が入り、頬もほんの少しだけ熱くなっている。
寒さのせいだと思ってくれればいい。
そう考えながら、アリシアは期待を隠すように明るく笑った。




