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婚約破棄をしたがっている北国の孤独な彼に、愛をたくさん注いでみた  作者: 入多麗夜


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5/9

これって初デートよね!?!?

「着たわ!どう?」


 アリシアはそう言いながら、玄関広間へ姿を現した。


 南部から持ってきた厚手のドレスの上に、北国用として用意された深い色の外套を羽織っている。襟元と袖口には柔らかな毛皮があしらわれ、手には厚手の手袋。足元も雪道を歩けるよう、普段より丈夫な靴へ履き替えていた。


 随分と着込んだつもりだったが、それでもアリシアの表情は明るい。初めて町へ出かけられることが嬉しいのだろう。外套の裾を少し持ち上げながら、その場でくるりと一度回ってみせた。


 玄関前で待っていたローゼンは、しばらく彼女の姿を見つめた。


「似合っていると思うよ。ほら、マフラーも」


 そう言うと、ローゼンは手にしていた厚手のマフラーを広げ、アリシアの首元へそっと掛けた。


 冷たい風が入り込まないよう、隙間を塞ぐように丁寧に巻いていく。指先が頬の近くを通るたび、アリシアは妙にくすぐったいような気持ちになった。


 ローゼンはそんな彼女の様子には気づかず、最後に形を整えると、首元がきちんと隠れているか確かめるように目を細めた。


「ねぇ、ローゼン。街へは何で行くつもりなの?」

「そうですね。徒歩で行こうかと思っています。近場で、少し歩いたら到着しますよ」


 ローゼンはそう答えながら、玄関の扉へ視線を向けた。


 屋敷から町までは、それほど離れていないらしい。雪のない季節であれば、散歩と呼べるほどの距離なのだろう。


 アリシアは少し意外に思った。


 てっきり馬車を用意するものだとばかり考えていたからだ。けれど、初めて見る北国の景色を間近で眺められるのなら、歩いて向かうのも悪くない。


 ただ、その話を聞いていた従者の一人が、少し困ったように口を挟んだ。


「しかし、ローゼン様。護衛の方は……?」

「不要だよ。私は民を信じているからね。君たちは、ここで待機してほしい」


 ローゼンの返事には迷いがなかった。


 この土地で暮らす者たちを、領主である自分を害するような者だとは考えていないのだろう。


 従者はなおも何か言いたそうにしていたが、ローゼンの表情を見て、それ以上は口を挟まなかった。



 ◇



 二人は屋敷から続く道に沿って、ゆっくりと歩いていった。


 昨夜降った雪はまだ柔らかく、道の両脇には白い塊が高く積み上がっている。人や荷車が通る中央だけは踏み固められていたが、アリシアは足元を確かめるように歩きながら、時折周囲へ視線を向けた。


 遠くには雪を被った家々の屋根が見える。煙突からは細い煙が立ち上り、白い空へ溶けていた。道沿いの木々も、枝先まで雪に覆われている。音は少なく、二人の靴が雪を踏む音だけが、一定の間隔で続いていた。


「ローゼンは、よく街に行くの?」

「よく、という程ではありませんが、時折こっそりと覗きに行きます」

「へー、こっそりなのね?」


 アリシアは興味深そうにローゼンを見上げた。


 領主が自分の治める街へ足を運ぶこと自体は、不思議ではない。けれど、わざわざこっそり行くというのは少し意外だった。


「私はそういうのは、ちょっと苦手でして……」


 ローゼンは少し言いにくそうに続けた。


 街へ出れば、当然ながら領民たちに気づかれる。挨拶をされ、声をかけられ、時には礼を言われることもあるのだろう。ローゼンはそうした人々の気持ちを嫌っているわけではない。ただ、自分へ向けられる感謝や好意を、どう受け取ればよいのか分からないのかもしれなかった。


「ねぇ!今日は皆に会いましょうよ!私、実はそういうの得意なんだよね」


 アリシアはぱっと表情を明るくした。


 南部にいた頃は、茶会や市場へ出る機会も多かった。初対面の相手と話すことにも慣れているし、誰かに声をかけられれば、その場に合わせて会話を広げることもできる。


 ローゼンが苦手なら、自分が隣で補えばいい。

 それも婚約者らしいことの一つだと、アリシアは考えた。


「何だか楽しそうに見えますね」

「勿論よ!初デートなんだから!」


 アリシアは弾むような声で答えた。


 ローゼンは一瞬、何かを言おうとして口を閉じた。町の案内を頼まれただけのつもりだったのに、いつの間にか初デートということになっているのだ。


 アリシアはますます機嫌よく歩いた。


 それからしばらく進むと、街並みが少しずつ近づいてきた。雪に覆われた屋根の数が増え、人の声や荷車の音もかすかに聞こえてくる。


 その頃になって、アリシアはローゼンの手元へ視線を落とした。


 二人の間には、手を伸ばせば触れられる程度の距離がある。けれど、そのまま並んで歩いているだけでは、いつもの屋敷の中とあまり変わらない気がした。


 婚約者らしいことをすると決めたばかりなのだ。

 ここで遠慮していては、何も始まらない。

 アリシアは意を決すると、ローゼンの方へぐいっと身を寄せた。


「ねぇ、手を握ってもいい?」

「構いませんけど……手袋してますよね?」

「え、えぇ!でも手を握って貰った方がもっと温かいからね。ほら!」


 そう言って左手を差し出したものの、アリシアの胸は思っていた以上に高鳴っていた。


 自分から言い出した手前、今さら引っ込めるわけにはいかない。けれど、厚い手袋越しとはいえ、ローゼンと手を繋ぐのは初めてだった。


 アリシアは平然としているつもりで、彼の返事を待った。けれど、差し出した指先にはわずかに力が入り、頬もほんの少しだけ熱くなっている。


 寒さのせいだと思ってくれればいい。


 そう考えながら、アリシアは期待を隠すように明るく笑った。

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