婚約者らしい事をしましょう!
「ねぇ、婚約者らしい事をしましょう!」
アリシアは、ローゼンと熱い握手を交わした後にそう言った。
結婚式は延期になったが、婚約そのものがなくなったわけではない。二人は今も正式な婚約者であり、いずれ夫婦になる可能性を残したまま、同じ屋敷で暮らしている。
けれど、ただ同じ場所で朝と夜を迎えているだけでは、互いの距離はいつまで経っても縮まらない。
ローゼンはアリシアを丁重に扱い、困らないよう気を配ってくれている。部屋を暖め、南部の菓子や花を用意し、食事の時間にも必ず顔を合わせる。けれど、それ以上のこととなると、彼は途端に一歩引いてしまう。
婚約者というより、遠方から訪れた大切な客人を迎えているようだった。
このままでは、春が来てもローゼンのことを何も起こらずに終わってしまうかも知れない。
それでは困る。
結婚式を待つと決めた以上、その時間を何となく過ごすつもりはなかった。ローゼンが自分から結婚を望めるようになるまで、ただじっと待つのではなく、こちらから積極的に近づいていくべきだと考えたのだ。
知ってほしいのなら、自分から話せばいい。
知りたいのなら、自分から尋ねればいい。
ローゼンが距離を取るのなら、アリシアの方からその距離を詰めればいい。
そう考えると、何を迷う必要もなかった。
「朝ご飯を一緒に食べているじゃないですか。それってもう十分にらしいのでは?」
アリシアは「うーん」と腕を組み、少し考える。
言われてみれば、その通りではある。
毎日食事は共にしているし、同じ屋敷で暮らし、話もする。婚約者として見れば、決して距離が遠いわけではない。
けれど、何かが違う。
「そう!そうなんだけど、何か味気ないじゃない?」
「味気ない……とは?」
ローゼンはますます分からないという顔をした。
アリシアは少しだけ考え込み、ふと目の前の朝食へ視線を落とした。焼きたてのパンに、温かなスープ。どれも美味しい。
「そうね。今のままじゃ、味が何も付いていない料理みたいだわ」
そこでアリシアは、何かを思いついたようにぱっと顔を上げた。
「ねぇ! 一緒にデートしないかしら? 私ってまだ一回も北国の町とか行った事がないのよ。案内してくれるかしら?」
「町案内ですか……?確かに良いアイディアですね」
ローゼンは少し考えた後、素直に頷いた。
アリシアはまだ、クライゼン領についてほとんど何も知らない。屋敷の窓から雪に覆われた町並みを眺めたことはあるが、実際に足を運んだことはなかった。これから暮らしていく土地なのだから、どのような人々が暮らし、どのような店が並び、ローゼンが普段どのように領民と接しているのかも知っておきたい。
何より、二人で屋敷の外へ出かけるというだけで、いつもの朝食よりはずっと婚約者らしい気がした。
ローゼンは早速、近くに控えていた使用人を呼び、町へ出る準備を始めた。
「寒いので服装は厚着で行きましょう」
「初日の頃の服装じゃ薄すぎるの?」
「全然足りないですよ。風邪を引いたのではないかと心配したくらいで……」
アリシアは目を瞬いた。
北国へ到着した日の服装は、南部で用意できる中では最も暖かいものだった。厚手のドレスに外套を重ね、手袋も身につけていた。それでも、ローゼンから見れば全く足りなかったらしい。
しかも、彼はあの日からアリシアが風邪を引かないか心配していたという。
そんな様子はほとんど見せていなかったため、アリシアは少し驚いた。
「ふふふ。心配してくれるのね? 分かったわ。着替えてくるから、玄関前で待ち合わせしましょう!」
アリシアは嬉しそうにそう言うと、返事を待つより先に椅子から立ち上がる。
彼女は軽やかな足取りで食堂を出ると、そのまま嬉しそうに自室へ戻っていくのだった。




