旧友との再会
人混みをかき分けるように近づいてきたのは、南部にいた頃の知人だった。
淡い栗色の髪を後ろへ流し、落ち着いた紺色の礼装を着こなした青年。穏やかな笑みを浮かべるその姿は、数か月ぶりに会ったというのに、ほとんど変わっていない。
伯爵家の子息、ルシアン・アルフォード。
アリシアの兄とも親交があり、実家で開かれる茶会にも何度か招かれていた人物だった。
「まあ、ルシアン様。お久しぶりです!」
アリシアも自然と笑みを浮かべる。
「本当に久しぶりだね。北国へ行かれたと聞いて以来、お会いする機会がなかったから心配していたよ」
「ええ。最初は寒さに驚きましたけれど、今ではすっかり慣れました」
「アリシアが北国に慣れたなんて、今でも少し信じられないな」
ルシアンは冗談めかして肩をすくめる。
南部にいた頃のアリシアは、人一倍寒がりだった。そんな彼女が、一年の半分を雪に閉ざされる北国で笑って暮らしているとは、想像もしていなかったのだろう。
「人間、意外と何とかなるものですよ。もっとも、冬の朝に窓を開けるたびに『寒い!』って叫んでしまうことはありますけど」
アリシアがそう言うと、ルシアンはどこか感慨深そうに笑った。
「まさか、アリシアが北国へ嫁ぐとは思わなかったよ」
南部にいた頃のアリシアを知る者なら、誰もが同じことを思うだろう。暖かな気候で育ち、雪とはほとんど縁のなかった令嬢が、王国で最も寒い北国へ嫁ぐなど、想像した者はいなかったはずだ。
「でしょう!人生って何があるか分からないものよ!」
アリシアは明るく笑って答える。
「どうだい、楽しくやっているかい?」
「えぇ!それは勿論よ」
その一言を聞いたルシアンは、ふっと肩の力を抜くように息を吐いた。
最初に会った時から、アリシアの表情はよく見ていた。無理をして笑っているのではないか。寂しさを隠しているのではないか。そんな心配が少しだけあったのだ。
けれど、今の笑顔に偽りはなく、北国で幸せに暮らしていることが、その表情だけで十分に伝わってきた。
「そうかい。それなら安心したよ」
ルシアンは穏やかに微笑み、軽く一礼する。
「たまには南部にも顔を出してくれよな」
「もちろん! 機会があったら遊びに行くわ!」
「楽しみにしているよ。それじゃあ、また」
そう言ってルシアンは踵を返し、人混みの中へと歩いていった。
その背中へ向かって、アリシアは大きく手を振る。
「ご家族によろしくとお伝え下さい〜!」
ただ、それだけだった。
昔の知人と再会し、近況を話し、少し冗談を交わしただけ。舞踏会では珍しくもない会話である。アリシア自身、その程度のつもりでいた。
けれど、ローゼンの方はそうではなかったらしい。
ルシアンと別れ、アリシアがローゼンのもとへ戻ると、彼はいつも通り静かに立っていた。周囲から見れば、普段と何一つ変わらない北国領主に見えただろう。
けれど、アリシアには分かった。
「ローゼン、何か変よ。大丈夫?」
アリシアがそう尋ねると、ローゼンは静かにこちらを見た。
アリシアは、ぱちりと瞬きをした。
「ちょっと心配で……」
「……私にはそんな事はないわよ?」
「分かっている」
「分かっている人の言い方ではなかったわ」
アリシアがそう返すと、ローゼンは少しだけ言葉に詰まった。本人としては、責めるつもりなどなかったのだろう。けれど、今の言い方ではまるで、アリシアが少し声をかけられただけでふらふらと誰かについて行くように聞こえる。
それは、少し面白くない。
「君を疑っているわけではないよ」
「そう?」
「ああ。ただ、王都の舞踏会には色々な者がいる。親切そうに近づいてくる者もいれば、家名や噂を利用しようとする者もいる。君は人当たりが良いから、相手が勘違いすることもあるかもしれない」
アリシアは、ゆっくりと瞬きをした。
今の言葉が、ローゼンなりの心配から出ていることは分かる。分かるのだけれど、それはそれとして、聞き流せる言い方ではなかった。
「つまり、それって私が浮気をして、結婚を蔑ろにしようとしているって思っているって事よね!?」
思ったよりも、声が大きかったのだった。




