いつもより騒がしい舞踏会
が任意の舞踏会とはいえ、この日の会場には例年よりも多くの貴族たちが集まっていた。
理由は、北国の領主であるローゼンが久しぶりに姿を見せるからだという。彼は王家に関わる儀式や、領主として避けられない催しには出席するものの、華やかな社交の場へ自ら足を運ぶことはほとんどなかった。
そのローゼンが、今回は婚約者を連れて参加するらしい。
そんな噂が王都へ広まったことで、普段なら欠席する者まで興味を持ち、この日の舞踏会へ顔を出していたのだ。
会場となった大広間には、天井から幾つもの硝子の灯りが吊り下げられていた。磨き上げられた床には光が反射し、壁際には季節の花が惜しみなく飾られている。楽団の奏でる穏やかな音楽と、貴族たちの話し声が重なり、北国の静かな屋敷とは全く異なる賑わいに満ちていた。
アリシアは、舞踏会のために新しく仕立てたドレスを身にまとっていた。
深い青を基調とした生地は、北国の冬の夜空や凍った湖を思わせる色合いをしている。裾や袖口には南部らしい柔らかな刺繍が施され、動くたびに銀糸が小さく光を返した。髪には北国の白い小花を模した飾りが添えられ、南部で育った令嬢らしい華やかさと、北国の領主家に連なる者としての落ち着きが自然に溶け合っていた。
「会場、とても大きいわね。流石王都ってところかしら!」
アリシアは目を輝かせながら、広間の奥まで見渡した。
「そうですね……久しぶりに来ましたが、改めて見ると壮麗ですね」
ローゼンも会場を眺めながら、静かに答えた。
黒を基調とした礼装に身を包んだ彼は、北国の領主らしい落ち着いた威厳をまとっている。けれど、隣にいるアリシアには、いつもより少しだけ緊張していることが分かった。
視線を向けられることには大分慣れたはずなのに、この場ではどこか居心地が悪そうだった。
一方のアリシアは、周囲から集まる視線をほとんど気にしていない。むしろ、久しぶりの華やかな空気を楽しむように、ローゼンの腕へそっと自分の手を添えた。
その仕草によって、二人が婚約者同士であることは、言葉にせずとも十分に伝わった。
二人が会場内へ足を踏み入れると、それまで流れていた周囲の会話が、ほんの一瞬だけ静まり帰った。
入口近くにいた者たちが次々と振り返り、その視線がゆっくりと広間の奥へ伝わっていく。
滅多に王都の舞踏会へ姿を見せない北国の領主。その隣には、噂になっていた南部出身の婚約者がいる。
注目を集めない方が難しかった。
ローゼンは普段と変わらない落ち着いた表情を保ちながら、周囲へ丁寧に会釈を返していく。アリシアも彼の腕へ手を添えたまま、向けられる視線へ明るい笑みを返した。
すると、二人が広間の中央へ進むより早く、近くにいた貴族たちが次々と歩み寄ってきた。
「ローゼン卿、お久しぶりです」
「本当にお姿を見せてくださるとは」
「そちらが噂の婚約者でいらっしゃいますか?」
「ぜひ、ご紹介いただけませんこと?」
あっという間に、二人の周囲へ人だかりができた。
前から声をかけられたかと思えば、横からも名を呼ばれる。久しぶりにローゼンと顔を合わせた者だけでなく、アリシアへ興味を持って近づいてきた者も多いようだった。
ローゼンは一人ずつへ丁寧に応じていたが、さすがにこれほど一度に囲まれるとは思っていなかったらしい。わずかに困ったような気配が、その横顔に滲んでいる。
対するアリシアは、むしろ楽しそうだった。
南部で身につけた社交の作法を自然に使いながら、差し出された挨拶へ次々と言葉を返していく。ローゼンの隣に立つことを少しも臆せず、胸を張って婚約者として振る舞っていた。
その時だった。
人だかりの向こうから、アリシアを呼ぶ声が聞こえた。
「アリシア?アリシアじゃないか!」
聞き覚えのある声に、アリシアは思わず振り返ったのだった。




