王都からの招待
ベインたちが屋敷を去ってから、数週間が過ぎていた。
北国にも少しずつ春の気配が近づき始め、屋敷の窓から見える雪景色にも、わずかな変化が現れている。厳しい冬の間は雪に埋もれていた庭にも土が顔を覗かせ始め、使用人たちの間でも「もうすぐ春ですね」という言葉を耳にすることが増えていた。
そんなある日の昼下がりだった。
「ローゼン様。王都より書状が届いております」
ある使用人が一通の封筒を執務室へ運んできた。
厚手の上質な羊皮紙には、王家の紋章が丁寧に刻まれている。ローゼンはそれを受け取ると静かに封を切り、中へ目を通した。
「今年も、この時期ですか……」
その呟きを聞きつけ、本を読んでいたアリシアが興味津々といった様子で執務机へ歩み寄る。
「何かあったの?」
「どうやら王都から舞踏会への招待状が届いたみたいです」
「あら、良いじゃない!」
王都の舞踏会と聞けば、自然と懐かしい光景が頭へ浮かぶ。南部にいた頃も、社交シーズンになれば舞踏会へ招かれることは珍しくなかった。色とりどりのドレスをまとった令嬢たち、華やかな音楽、久しぶりに顔を合わせる友人たち。北国での暮らしも好きになったが、社交界の賑わいを懐かしく思う気持ちは今でも変わらない。
しかし、ローゼンは少し困ったように笑う。
「この舞踏会は必須という訳ではないのですよ。必ず出席しなければならないのは、王家に関わる儀式くらいです。今回は辞退しても問題ありません」
その言葉を聞いた瞬間、アリシアは執務机を軽く「パン」と叩いた。
「何を言っているのよ!勿論行くわよ。それに今回から私がいるのだから、胸を張って行きましょう!」
勢いよく言い切るアリシアを見て、ローゼンは苦笑する。
「……だと、思っていましたよ」
「最初から分かっていたのね?」
「ええ。貴方なら、そう言うと思っていました」
ローゼンは招待状を丁寧に畳み、机の上へ置く。
「分かりました。参加しましょう」
「ごめんね。何か押し切る形になっちゃって」
アリシアが少し申し訳なさそうに言うと、ローゼンは首を横へ振った。
「いえいえ、そんな事はないですよ。北国は冬さえ乗り越えれば仕事も比較的に楽になりますから」
冬の間は雪害への備えや食料の管理、孤立した集落への対応など、領主として片時も気を抜けない日々が続く。けれど、雪解けを迎えれば閉ざされていた道も開き、領内の往来も戻ってくる。もちろん仕事がなくなるわけではないが、少なくとも屋敷を何日も空けられないほど切迫した状況は減るらしい。
それを聞いて、アリシアは安心したように頷いた。
「それなら良かったわ。ローゼンが忙しいのに、無理やり連れていくような形になるのは嫌だったから」
「私も、久しぶりに王都へ顔を出した方がよいとは思っていました。ただ、一人で参加するとなると、あまり気が進まなかっただけです」
「でも、今回は私がいるものね」
「ええ。ですから、以前ほど憂鬱ではありません」
さらりと告げられた言葉に、アリシアは少しだけ頬を緩めた。
ローゼンにとって、自分が一緒にいることが舞踏会へ向かう理由の一つになっている。それだけで、押し切ってしまったことへの申し訳なさは随分と薄くなった。
すると次に気になったのは、舞踏会へ着ていく衣装だった。
王家から届いた招待状である以上、あまり簡素な装いではいけない。とはいえ、南部にいた頃の華やかなドレスをそのまま着るのも、今の自分には少し違うような気がした。
アリシアはもう、南部からやって来たばかりの客人ではない。
まだ正式な妻ではないにしても、北国を治めるローゼンの隣に立つ婚約者である。ならば、自分の故郷らしさを残しながらも、北国の領主家に連なる者として見える装いがよいだろう。
「ねぇ、ローゼン。私のドレスは、どんなものがいいと思う?」
「私に聞くのですか?」
「だって、貴方の隣に立つのよ。少しくらい意見を聞いておきたいわ」
ローゼンは思いがけない質問をされたように、しばらく考え込んだ。
「そうですね……淡い色もよく似合いますが、今回は深い青がよいと思います」
「青?」
「北国では、澄んだ冬の夜空や凍った湖を思わせる色として好まれています。それに、貴方の髪にも似合うでしょう」
アリシアは自分の髪へそっと触れた。
深い青のドレス。そこへ南部らしい柔らかな刺繍を加え、北国の白い小花を模した髪飾りを合わせる。想像するだけで、胸が高鳴った。
「決めたわ。それにする!」
「もう決めたのですか?」
「ええ。ローゼンが似合うと言ってくれたもの」
アリシアは嬉しそうに笑いながら、さっそく仕立て屋を呼ぶ段取りを頭の中で考え始めるのだった。




