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婚約破棄をしたがっている北国の孤独な彼に、愛をたくさん注いでみた  作者: 入多麗夜


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13/23

屋敷への来訪者

 玄関広間へ姿を現したアリシアは、少し息を弾ませながら二人のもとへ歩み寄った。


「ごめんなさい〜。少し遅れてしまったかしら?」

「大丈夫ですよ。先程来たばかりです」


 その隣に立つ男は、ローゼンより少し年上に見えた。背丈は高く、厚い外套の上からでも分かるほど肩幅が広い。短く整えられた濃い茶色の髪にはわずかに白いものが混じり、日に焼けた顔には、長く北国の風に晒されてきた者らしい深い皺が刻まれている。腰には剣を佩いており、立っているだけで周囲の空気が少し引き締まるような迫力があった。


 けれど、その目元には親しみやすい明るさがあった。


 男はアリシアの姿を興味深そうに眺めると、口元を大きく緩めた。


「ほほぉ。ローゼン様、彼女が噂の……!」


 最後まで言い切らなくても、何を聞いているのかは分かった。


 おそらく、オーラスの大通りでアリシアが自らをローゼンの妻になる予定だと宣言した件だろう。あの話は街の中だけでなく、どうやら北部の兵たちの間にまで広がっているらしい。


 アリシアは少しも恥じる様子を見せず、むしろ待っていましたと言わんばかりに胸を張った。


「今日はありがとうございます。ほぼ妻をやらせて頂いているアリシアです!」


 明るい声が玄関広間へ響く。

 男は一瞬目を丸くした後、堪えきれないように大きく笑った。


「はっはっは!なるほど!聞いていた通りの方ですね!ローゼン様、良い方と出会いましたな!」


 その横で、ローゼンが静かに修正をした。


「一応、今のところは婚約者ですよ」


 来客者は、二人のやり取りを見て、普段どのように接しているのか、大体察したらしい。


「ローゼン様がこんな元気そうな姿を見て、安心しましたよ!どうかお幸せにお過ごしくださいな!」


 アリシアはそんな二人を交互に見た。


 ローゼンへこれほど遠慮なく話しかける者は珍しい。屋敷の使用人たちは親しみを持ちながらも、主としての一線を越えることはない。街の者たちも気軽に声をかけていたが、今の男にはそれとは違う近さがある。それは、長い時間をともに過ごしてきた者にしか出せない雰囲気だった。


「この方は……?」


 アリシアが尋ねると、ローゼンは改めて男へ手を向けた。


「この方は、北部先遣隊隊長のベインです。私の古い友人でもあります」

「初めまして、アリシア様。私がベイン・シュナイダーです。お初にかかります」


 先ほどまで豪快に笑っていたのが嘘のように、ベインは丁寧な物腰で右手を差し出した。


 その動作には軍人らしい無駄のなさがあったが、アリシアへ向ける表情は穏やかだった。


 アリシアもすぐに手を差し出し、しっかりと握り返す。


「こちらこそ、初めまして。アリシア・レインフォードです」


 ベインの手は大きく、長く剣を握ってきた者らしく硬かった。


 その様子を見届けてから、ローゼンが説明を加えた。


「北部先遣隊というのは、本隊とは指揮系統が違う別動隊で、少数精鋭となっています。その先遣隊の中の彼は、北国最強という訳になります」

「凄いじゃないですか!!」


 アリシアは素直に目を輝かせた。


 北部先遣隊という名称だけでも、危険な任務を任される部隊なのだろうと分かる。その中で隊長を務め、ローゼンから北国最強とまで言われているのだから、ベインが並の兵士ではないことは明らかだった。


 すると、ベインは照れた様子もなく、大きな声で笑った。


「はっはっは!そんな事はないですよ。先遣隊は仲間があってこそですよ」


 自分一人の力ではないと、迷いなく言い切る。

 その言葉からは、部下たちへの深い信頼が感じられた。


「ベイン。立ち話もなんでしょうから、どうぞ上がってください」

「ご厚意に感謝したいところだが、遠慮しておくよ。部下が外で待っているものでな」

「今日は何人でいらっしゃったのですか?」

「それが実は、二人でな……」


 ローゼンがそう促すと、ベインは少しだけ困ったように眉を下げた。


 どうやらベインは一人で来たわけではないらしい。


 外で待たせている部下を置いたまま、自分だけ屋敷へ上がることを気にしているのだろう。部下を大切にしているという先ほどの言葉は、単なる謙遜ではなかったようだ。


「構いませんよ。その方もどうぞ呼んでください」


 ローゼンがそう言うと、ベインは一瞬だけ目を丸くしたものの、すぐに嬉しそうに頷いた。


「それなら、お言葉に甘えましょう」


 ベインはくるりと身体の向きを変え、玄関の扉へ歩み寄った。


 扉を開けると、冷たい風とともに細かな雪が広間へ入り込んでくる。ベインは外へ身を乗り出すと、先ほどまでの丁寧な物腰から一転し、よく通る大声を張り上げた。


「おーーい!エドガーー!ローゼン様が入っていいとさー!!」


 その豪快な声は、屋敷の前だけでなく、周囲の雪原にまで響き渡った。


 しばらくすると、外から一人の若い青年が姿を現した。


 年頃はアリシアと同じくらいに見える。


 雪を払うように外套の肩を軽く叩きながら、少し緊張した面持ちで玄関広間へ入ってきたのだった。

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