幸せな朝の余韻
翌朝――いや、正確には、もう昼前になろうとしていた。
アリシアは、ローゼンの腕の中でゆっくりと目を覚ました。
いつの間にこの体勢になったのかは分からない。アリシアはローゼンへ背を向けるように横になり、その背中には彼の胸元がぴたりと寄り添っていた。ローゼンの片腕は彼女の腰へ緩く回され、眠っている間も離さないように抱き寄せている。
寝台の上は少しだけ乱れていた。厚い掛け布団は片側へ寄り、枕も元の位置から少しずれている。昨夜までゆるく編まれていたアリシアの長い髪も、今ではほとんどほどけ、白い寝具の上へさらりと広がっていた。
暖炉には小さな火が残っている。その熱もあったが、背中から伝わるぬくもりの方が、ずっと温かかった。
二人とも眠りにつくのが遅くなったため、朝食の時間はとうに過ぎていた。部屋へ差し込む光は、朝というより昼のものに近い。
アリシアはぼんやりとした頭のまま窓の外に目を向け――思わず目を見開いた。
「あら、もうこんな時間だわ!着替えないと!」
勢いよく身体を起こしたことで、腰へ回されていたローゼンの腕がするりと外れる。その動きでローゼンも目を覚ましたらしく、まだ眠たそうに目を細めながらゆっくりと身体を起こした。
「アリシア……?」
「もうすぐお昼よ!私、一度部屋へ戻るわね!」
アリシアは慌ただしく寝台を降りると、乱れた髪を軽く整え、そのまま小走りで部屋の外へ向かった。
昨夜、自分の肩へ落ちた一粒の涙のことは聞かないことにした。何か理由がありそうなのは分かっている。けれど、ローゼンがまだ話していないことを無理に尋ねるのは、さすがに失礼な気がした。話したくなった時に、話してくれればそれでいい。
そう思えたのは、きっと少しだけ彼との距離が縮まったからなのだろう。
アリシアの胸の中にあったのは悲しさではない。心が満たされるような幸福感だった。思わず鼻歌でも歌いたくなるような気分で、自分の部屋へ戻っていくのだった。
◇
なぜ、アリシアはこれほど慌てているのか。
それは、今日の昼過ぎに来客があると聞いていたからだった。
誰が訪ねてくるのかは、まだ知らされていない。
ローゼンは「詳しいことは、来てから紹介します」としか話しておらず、アリシアには相手の身分も用件も全く分からなかった。
それでも、領主であるローゼンを訪ねてくる人物なのだから、それなりに重要な客であることだけは間違いない。
そんな相手を、この姿で迎えるわけにはいかなかった。
寝間着の襟元はまだ少し乱れ、長い髪も完全には整っていない。慌てて羽織ったガウンだけでは隠しきれず、このまま人前へ出れば、昨夜何があったのかと想像をされても不思議ではなかった。
それだけは何としても避けたい。
アリシアは自室へ戻ると、侍女たちへ「急いで支度をお願い!」と声を掛けながら、鏡の前へ駆け寄るのだった。
幸い、侍女たちの手際は見事なものだった。
アリシアが事情もろくに説明しないまま支度を急かしたにもかかわらず、二人の侍女は慌てることなく動いた。ほどけた髪を丁寧に梳かし、寝間着から昼用のドレスへ着替えさせ、乱れていた襟元もきちんと整えていく。
鏡の前へ座ったアリシアが落ち着かない様子でそわそわする度に、侍女たちは互いに目配せをしながら作業の手を速めた。
そのおかげで、支度にはさほど時間がかからなかった。
髪は背中へ流れるように整えられ、淡い色のドレスには皺一つない。少なくとも、先ほどまでローゼンの寝室から慌てて戻ってきたようには見えないはずだった。
「ありがとう!」
アリシアは侍女たちへ明るく礼を告げると、すぐに部屋を飛び出した。
長い廊下を急ぎ足で進み、階段を下りていく。来客がすでに到着しているかもしれないと思うと、自然と足も速くなった。
そうして玄関広間へたどり着いたアリシアが最初に目にしたのは、ローゼンの姿だった。
そして、その隣には見知らぬ男が一人立っていた。
どうやら客人は、すでに到着していたらしい。




