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婚約破棄をしたがっている北国の孤独な彼に、愛をたくさん注いでみた  作者: 入多麗夜


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11/23

眠れない夜の温もり

 ローゼンの寝室へ足を踏み入れたアリシアは、小さく部屋を見回した。


 広さだけで言えば、領主の私室に相応しいものだった。


 天井は高く、暖炉も大きい。窓には厚手のカーテンが掛けられ、吹雪の夜でも冷気が入り込まないよう工夫されている。本棚や机も上質な木で作られており、一つ一つの家具には長い年月使われてきた重厚感があった。


 けれど、その部屋には生活感が驚くほどなかった。


 壁には絵画も飾られていない上に、棚にも置物や花はなく、本棚に並ぶ本も必要最低限。机の上には書類が整然と積まれているだけで、趣味を感じさせるものは何一つ見当たらなかった。


 まるで、ただ眠るためだけに用意された部屋。

 そんな印象を受ける。


 唯一、この部屋らしいと思えたのは、大きな寝台だった。


 さすがは領主と言うべきか、一人で眠るには十分すぎるほど広い。大人が何人か寝転んでも余裕がありそうなほどの大きさで、厚い羽毛布団もふかふかとしている。


 アリシアは寝台へ近づき、その大きさへ思わず目を丸くした。


「……思ったより何もないわね。断捨離でもしているのかしら?」


 ローゼンは苦笑しながら首を横へ振る。


「そういう訳ではないですよ。自分にとって、この部屋は身に余るくらい広いのです」


 そう言って部屋を見渡す横顔は、どこか当然だと言いたげだった。


 必要なものだけあれば十分。


 そんな考えが、そのまま部屋にも表れているのだろう。


 アリシアはそんな寝室をもう一度ゆっくり眺め、それからにっこりと笑った。


「今度で良いから、私の部屋からちょっとだけ持ってきても良い?」

「えぇ……構いませんけど」


 アリシアは満足そうに頷くと、そのまま大きな寝台へ腰を下ろした。


 厚い羽毛布団が、身体の重みを受けてゆっくりと沈む。見た目どおり柔らかく、疲れまで吸い取ってしまいそうだった。


「すごい。ふかふかね」

「北国の夜は冷えますから」

「それにしても大きいわ。これなら二人で寝ても余裕ね」


 何気なく口にしたつもりだったが、ローゼンの動きがわずかに止まった。


 アリシアはそれに気づき、少しだけ頬を緩める。


「何よ。今さらでしょう?もう遅いわよ」

「そうですね……」


 ローゼンは観念したように答えたものの、やはり落ち着かないらしい。寝台の脇に立ったまま、どこへ座ればよいのか迷っているようだった。


「ほら、座って」


 アリシアが隣を軽く叩くと、ローゼンは一瞬ためらった後、少し距離を空けて腰を下ろした。


 その距離が妙に他人行儀で、アリシアは思わず笑ってしまう。


「そんなに端にいたら、落ちるわよ」

「落ちませんよ」

「そういう問題じゃないの。もっとこっち」


 アリシアはローゼンの袖を掴み、自分の方へ少し引いた。


 近づいたことで肩が触れそうになる。

 それだけのことなのに、二人とも妙に黙り込んだ。


 先ほどまで廊下であれほど勢いよく話していたのに、いざ寝室へ入ると、急に自分たちの距離を意識してしまう。


 アリシアは照れくささをごまかすように、靴を脱いで寝台の上へ上がった。


 アリシアは寝支度を終えている。


 身にまとっているのは、足首まで届く白いリネンの寝間着だった。ゆったりとした長袖は手首でふわりと細まり、柔らかな布地が身体の動きに合わせて静かに揺れる。襟元は控えめに開き、小さな紐で軽く結ばれているだけの質素な作りだが、丁寧に織られた布は肌触りがよく、北国の長い夜にも心地よさを与えてくれた。


 寒さを避けるため、その上からは淡いクリーム色の厚手のウールガウンを羽織っている。裾は歩くたびにゆるやかに揺れ、袖口には小さな白い刺繍が施されていた。


 長い髪は一日の終わりらしくゆるく編まれ、肩から胸元へと流れている。そして、暖炉の灯りに照らされた横顔は、どこか穏やかで優しい温もりをまとっていた。


 大きな寝台とはいえ、隣に誰かがいるというだけで、部屋の空気はこれまでとまるで違って感じられた。


 アリシアはしばらく仰向けになっていたが、やがて身体の向きを変えた。


 そして、遠慮する様子もなく、ローゼンの方へぐっと近づいていく。


「……アリシアさん?」

「だって、抱きしめていれば夜中に歩き回らないかもしれないでしょう?」


 そう言うと、アリシアはローゼンの腕の中へ入り込むように身体を寄せた。


 肩から胸元まで、ほとんど隙間がなくなるほど近い。頬を彼の胸元へ預け、片腕を身体へ回す。厚い寝間着越しでも、ローゼンの体温と、少し速くなった鼓動が伝わってきた。


 ローゼンは、腕をどこへ置けばよいのか分からず、掛け布団の上で中途半端に浮かせたまま動かない。


 アリシアはそんな彼の戸惑いを気にする様子もなく、さらに身体を密着させると、満足そうに小さく息を吐く。


 アリシアはそのまま両腕を伸ばし、ローゼンを優しく抱きしめた。


 胸元へ寄り添うアリシアの温もりは、暖炉の火よりも温かく感じられた。


 恐る恐る、ローゼンも腕を動かす。

 壊れ物へ触れるように、ゆっくりとアリシアの背中へ腕を回した。


「……ありがとう」


 その声は、ひどく小さかった。


 アリシアは返事の代わりに、もう一度だけぎゅっと抱きしめる。


 その時、アリシアは自分の肩へ、何か温かなものがぽろりと落ちたことに気づいた。


 しかし、アリシアは何も聞かず、そのまま彼を抱きしめ続けたのだった。

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