僕の心のミューズよ
放課後、美都梨は他のメンバーを引き連れてハンバーガーショップに向かっていた。本来ならば楽しく和気あいあいと歩くはずが、妙に真面目な表情で歩を進める。
大事な用があるから付いてきてと、そう告げられて歩くメンバーたちは、何があるのかと落ち着かない様子である。店のドアを開けると、揚げ物の香ばしい匂いが4人を出迎えた。
平日の夕方、店内には学生客を中心に、客の入りは多過ぎず、また少なくもないあり様である。美都梨は一直線にカウンターへ向かうと、注文を告げた。
「ダブルチーズバーガーセットを1つ、ドリンクはコーラで。アメリカの魂ですから」
怪訝な表情をする店員の視線をよそに、美都梨は神妙な表情で会計を済ませる。他のメンバーもそれぞれ思い思いのメニューを注文し、一同は席についた。トレーに載せられたハンバーガーとドリンクが、テーブルの上に並べられる。さあ食べ始めるかというタイミングで、美都梨が落ち着いた声で切り出した。
「みんな、食べる前に黙祷するよ。手を合わせて」
突然のことに訳も分からず、合掌する一同。「いただきます」の挨拶にしては仰々しく、さながら神社で祭祀でも始まるかのような雰囲気が広がった。その傍を通り過ぎる店員も、尋常ならざる様子に目を丸くして見つめる。
美都梨は静かに、しかし朗々と祈りの言葉を紡ぎ始めた。
「シティポップの原点たるアメリカンロックとそのミュージシャンたち、そしてその源たる各ジャンルの音楽とミュージシャンの皆さまに敬意を表します。また我が師峠達郎先生に影響を与えた全てのミュージシャンを讃えて。願わくばあなた方の歩んだ道の先に、我々が新たな道を築けますよう。所信表明祈願、終わり」
一同が恐る恐る合掌を解いてゆく。
しばらくの沈黙の後、一番に口を開いたのは鈴華だった。
「ふー、今のは何?」
美都梨は照れながら説明する。
「最初は八幡様でお祓いするみたいにやろうと思ったんだけど、やっぱり相手はアメリカのミュージシャンたちだからね。
口をポカンと開きながら説明を聞く鈴華を前に、美都梨は続ける。
「神様も国が違えば作法も違うでしょ?だから現地の流儀に合わせたの。国際儀礼ってやつだね」
琴音が付け加える。
「アメリカのミュージシャンならば、大多数がクリスチャンよね。相手の文化に合わせるって意味ではアリかも」
「なるほど、文化的配慮ってことか……ってそこじゃないから!どーしてハンバーガー屋に来て突然祈るのかって話だよ?」
一瞬だけ納得して流されかけた鈴華が、実に真っ当なツッコミを入れる。
美都梨はポテトを一本摘まみながら、話し始めた。
「いやさ……私が今のギターを手に入れたとき、お婆ちゃんに連れられて八幡様でお祓いしてもらったんだよね。全力で頑張りたいことがあれば、神様仏様に祈願しなさいって」
「へー、信心深いお婆ちゃんだね」
鈴華は頷くように答えた。
「うん、そうなの。それでさ、本格的にバンド活動をするにあたっては音楽の神様たち、つまりは先人たちにご挨拶して助けてもらおうと思ったんだ」
「おー良い話だね。……ってだからさ、なんでわざわざハンバーガー屋なの?」
未だに混乱を拭えない鈴華は、困惑しながら尋ねる。
美都梨はさも至極当然と言わんばかりに、すんなりと答えた。
「簡単な話だよ。ウチらの身の回りで一番アメリカっぽい場所じゃんね?」
「おお、天然」
思わずつぶやいたのは琴音だった。
「うん、これぞ美都梨ね。数年来の親友でも時々、意表をつく行動に出るのよね」
今まで様子を伺っていた文乃が、ようやく口を開いた。
美都梨は我が意を得たりと言いたげな、満足そうな顔で応じる。
「流石は文乃、我が親友にして副官殿、よく分かってるぅ」
彼女はそのまま、目の前に置かれたハンバーガーを手に取り、一口かじってから、満足げに頷いた。
「シティポップも、元を正せばアメリカ発祥の音楽じゃない?だから私は、時々ハンバーガーを食べるようにしてるんだよね」
「ん……。」
鈴華はポテトを半分だけ口に入れたまま固まる。目の前で提示される情報に対して、脳内の処理が追い付かない様子だ。
美都梨は構わず続ける。
「そうすることで、その文化が生まれた土地に思いを馳せるんだ」
「……えーと、どういうこと?」
文乃がストローでコーラを啜りながら、怪訝そうな顔を向ける。
美都梨は二口目をかじりながら、当然のように言い放った。
「だからさ、その文化が生まれた土地への、私なりのリスペクトなんだよ」
「へ、へえ。相変わらず不思議なこと考えてるのね」
文乃の呆れを含んだ返答にも、美都梨は全く動じない。
「峠先生に影響を与えたアメリカのミュージシャンたちも、きっとどこかのダイナーで、こうしてハンバーガーを食べていたはずだし。私が食べることで、先生の先生たちへのリスペクトにしているって訳だよ」
「今一つよく分からない理屈だけど……取り敢えず、敬意を示したいっていうのは伝わるわ」
文乃が小さく笑った。その笑顔には、呆れよりもむしろ、親友らしい温かさが滲んでいた。
「それにしても、アメリカ人って本当に凄いよね。ダブルバーガーを毎日のように食べるんでしょ?よく飽きずに続くよなあって、純粋に感心するよ。私は日本人だからさ、こんな味の濃いものの後には、必ずと言っていいほど、お米が食べたくなっちゃうよ」
「バーガーの他にもピザとか?」
琴音が続ける。高身長でスラリとした彼女の見た目からは、縁が無さそうな食べ物である。
「あー、それそれ。でもって、ドリンクはコーラでしょ。大人になったらビールに切り替えて、眠気はコーヒーで無理やり打ち消す。流石はスーパーヒーローの国だよね。そんな食生活で健康を維持しろって、完全に無理ゲーだよ」
美都梨が笑いながら、ハンバーガーの包み紙を折り畳む。
その仕草の端々に、異国の文化へのリスペクトと、自分が日本人であることの自覚が、自然と滲み出る。しばらくの間、それぞれがハンバーガーやポテトに手を伸ばし、賑やかな食事の時間が流れた。
窓の外では、夕暮れが街をオレンジ色に染め始めている。
ふと、鈴華が手を止め、真剣な表情で切り出した。
「ところでさ、バンド活動をするうえで大切なことを考えたんだけど」
その言葉に、自然と一同の注目が集まる。
鈴華は少し間を置いて、続けた。
「アー写を撮らない?」
「ああ、アーティスト写真ね」
美都梨が頷く。
「バンドの名刺みたいなもの、確かに大事よね」
琴音がフォークでサラダをつつきながら応じる。
「どこで撮るか、心当たりはあるの?」
文乃が首を傾げる。
「いやぁ、まだそこまでは……」
鈴華が頭を掻きながら、少しばつが悪そうに答えた。
美都梨が遠くを見るような目で、ぽつりと呟いた。
「出来るなら、海で……」
そう言いかけるが、山梨県は「海無し県」と揶揄される内陸県として知られる。
海での撮影となれば他県に繰り出す必要がある。美都梨はすぐに言葉を続けた。
「とはいえ、そこは地元にこだわりたいので……。代わりに湖にしよう!」
「河口湖ならば、甲府に近くて行きやすいわね。甲府駅からバスもあるわ」
文乃が即座に応じる。
「ちょっと待って。シティポップバンドなのに、湖で写真を撮るの?シティ要素は?」
琴音が疑義を唱える。
「確かに、それな!」
鈴華も大きく頷いた。
美都梨は自信満々に答えた。
「大丈夫、シティポップには海という王道テーマがある!それを甲府にローカライズすれば、県内の湖になる訳さ」
「河口湖での撮影ならば、背後に富士山が入るかも」
文乃が付け加える。その手にはスマホが握られ、画面には天気予報アプリ。来る週末の現地天気が映し出されている。
「それそれ、まさに山梨らしさだよ!」
美都梨の目が、期待に輝いた。
窓の外では、夕日が甲府盆地の街並みを黄金色に染め上げている。
4人の頭上には河口湖の風景と、そこで撮影する自分たちの姿が、ぼんやりと浮かんでいた。




