心臓に指鉄砲 それで御手上げさ
週末の土曜日、甲府駅に集合したメンバーは河口湖行きのバスに乗り込んだ。
ドラムの鈴華以外のメンバーは、それぞれの楽器を背負って集まっている。
私だけドラムスティックしか持って行けないと不満気な鈴華だが、
ドラムセット一式を移動させるには、少なくとも軽トラック一台分ほどの積載量を有する車両が必要である。
運転免許の無い彼女らにはそれが出来ない。そもそも水に浸かって写真を撮る計画に対して、
ドラムを水に着けて撮影するのは余りに無謀である。
バスの一番後ろに陣取った一同。
甲府駅から河口湖までは、バスで片道約2時間を要する。
余る時間には作戦会議をと、美都梨が切り出した。
「実はさ、決めポーズを考えて来たんだ。これ」
そう言いながら美都梨が右手で作るのは指鉄砲である。鈴華が眉をひそめた。
「それってウチらが生まれる前に流行ったヤツでしょ?」
「確か黄色いスーツのオジサン……両手でピストルのポーズだっけ?」
だいぶ前にテレビで見た、昔に流行ったネタを紹介する特集を思い出すように、琴音がつぶやく。
美都梨は即座に否定した。
「違うって!峠先生が80年代に、カセットテープのCMに出たときのポーズだよ!」
「やっぱりそこは峠先生なんだ」
文乃が小さく笑う。美都梨はスマホを手に取り、写真を表示させた。
夕焼けを背後に膝上まで海に浸かり、カメラに向かって指鉄砲を構える、若き日の峠達郎の姿。
令和女子高生の彼女らには「昭和」らしい表現として目に映る。
「おー、何というか……昭和」
「うん……昭和」
鈴華と琴音が、しみじみとした声を漏らす。文乃も頷いた。
「確かに、最近は見ない表現かもね」
「でしょ、だから良いんだよ!シティポップって昭和文化なんだから」
美都梨が胸を張る。
琴音が腕を組みながら応じた。
「芸術監督は美都梨だし、私はこれでいいと思う」
「ウチら令和JKがすれば、今風になるし。ま、アリか」
鈴華も納得したように頷く。
琴音がふと、何かに気づいたように声を上げた。
「水に浸かって撮影……あ、着替え持参はこのためか」
「そだよー、膝まで浸かるからね」
一行を乗せたバスが山道に入ると、長い坂道を登ることで標高が急激に増す。
河口湖が近いことを知らせる、キーンとした不快感が皆の耳を襲った。
「うっ!ミュージシャンの耳にこれは辛いよ」
美都梨が耳を押さえる。文乃も顔をしかめた。
「分かる、私も飛行機とか苦手だもん」
「私も、子供の頃から何回乗ってもアレには慣れないよ」
琴音が同意する。鈴華が少し照れくさそうに口を開いた。
「私、飛行機乗ったことないんだけど……」
「あ、将来は山梨にも飛行場が出来るかもって、うちのお父さんが言ってたよ!」
美都梨が明るく応じる。鈴華は疑わしげに首を振った。
「それってリニアが開通したらの話でしょ?いつまで経っても出来ないヤツ!」
「まあまあ、大人になってからの楽しみってことで」
文乃が仲裁に入る。鈴華はまだ不満そうだ。
「その頃にはウチら、もうオバチャンかもよ?」
「大丈夫、この胸に音楽がある限り、青春は続くから!」
美都梨が力強く宣言する。琴音と文乃が小さく頷いた。
「おー」
「今のは良いかも」
「どれどれ、失礼しまーす」
鈴華が身を乗り出し、美都梨の胸に手を伸ばす。美都梨が悲鳴を上げた。
「きゃっ、鈴華何するの!?」
「胸に音楽があるか、確かめるから。アハ、美都梨ったら小さいー」
「グスン、気にしてることを……」
美都梨が肩を落とす。琴音の叱責が飛んだ。
「家族にされるのも恥ずかしいことを、他人にまでするな!」
「えー、バンドは第二の家族じゃん」
鈴華が悪びれもなく言う。琴音の眉間の皺が深くなる。
「良いこと言ってるのに、物理が噛み合ってない!」
「鈴華ぁ、デリカシー!」
文乃の声が、バスの車内に響いた。
しばらくして、鈴華が気まずそうに美都梨へ声をかける。
「美都梨、さっきは悪かったよ。いきなり触って、ごめん」
「そだよー鈴華。いきなり触るのはナシだよ」
「うん、ごめん。今度からはちゃんと断ってから触るね」
「そもそも触るなっ」
琴音がすかさずツッコミを入れる。鈴華はめげずに続けた。
「……これは埋め合わせだけどさ。……胸って揉むと成長するらしいよ。私で良ければ、心を込めて揉んであげるからね!鈴華姐さんに任せるんだ!」
「え……?」
美都梨が固まる。琴音が頭を抱えた。
「まるで謝罪になってない。ただの百合展開じゃないか!」
「えー?親友を助けたいだけなのにぃ?」
「鈴華ぁ、デリカシー!」
文乃の叫びが、再び車内にこだました。
湖に着いた一行は、撮影場所のロケハンを始めた。河口湖の外周は約17キロあり、一周するには3時間ほど要する。幸いにして、予め地図アプリでアタリを付けていたため、30分ほどで撮影場所が決まった。
父親から借りた一眼レフを三脚に固定した後、では手始めに私からと、美都梨はマリンシューズに履き替えて湖面に入って行った。多少のぎこちなさはあったものの、美都梨の撮影はすんなりと終わる。
言い出しっぺである手前、ポージングの要領を心得ているのだ。実はここ数日、自室で鏡を前に何回も練習していたのは彼女だけの秘密である。
「文乃、もっと手を突き出して!ほら、ジェームズ・ボンドのオープニングみたいに!バキューンってさ」
「美都梨ー、私はジェームズ・ボンドなんて見たこと無いわよー」
「ビートルズのデビューと同い年、1962年生まれの映画シリーズだよー。初めの4作品ぐらいは見ておくといいよー」
そう言いながら腕を伸ばして、お手本を見せる美都梨。休みの日に家で映画鑑賞を楽しむ父親の横で、一緒に吸収して育っているため、同世代に比べ映画の知識がいつの間にか付いているのだ。量、質ともに令和の女子高生らしからぬ鑑賞経験が既にある。もっとも父親の趣味による作品選択のため、戦争映画や時代劇、SF、サスペンス、スパイものといった「男性趣味」に傾いている。
「相変わらずよく知ってんなぁ」
鈴華が感心したように呟く。美都梨はますます調子を上げて続けた。
「テーマ曲はギターリフがカッコいいんだよー。ジャンジャカジャンジャン、ジャンジャンジャン、ジャンジャカジャンジャン、ジャンジャンジャン。♪」
「ああそれ、ギターの後に金管で盛り上がるやつ」
美都梨が歌うリフを聞いて思い出すように琴音が続ける。
「2人は007見たことある?」
「金髪角刈りの兄ちゃんボンドがポーカーしてる回ならば、TVでやってるの見たことあるけど。だよね、琴音?」
「うん、酒に毒を盛られて死に掛けたところに、ヒロインが助けに来るんだ。AEDで復活した後は何食わぬ顔でポーカーを続けるんだから凄いよ」
琴音が淡々と応じる。美都梨の目が輝いた。
「おお『カジノ・ロワイヤル』だね、新米007としてのボンドを描くリブート作品。あれも名作だよ!」
同級生と映画の話が合う機会は稀であるため、美都梨は思わず興奮しながら返事をする。
「あっ文乃、もう少し自信持ってポーズしてよー。ちゃんと可愛く撮るからさ」
時間は掛かったものの、やがて全員分の写真を撮り終わる。
甲府駅に向かうバスの中、美都梨はカメラを手に撮影の出来映えを見ている。写真としては悪く無いが、元ネタたる本家の写真と比べると、どうしても見劣りして見える。プロが撮影した本家と、素人女子高生による真似ごとならば無理も無い。
美都梨は小さく溜め息をつきながらも、傍らで疲れて眠る仲間たちを見ると「これはこれで」と思えた。




