02-11 王都01
父ティーモ、母ハンナ、兄ニコラス、姉ミア、主人公マティアス(マティー)
姓アイヒェンドルフ
マティアスが家に向かって出立した頃、ティーモは王都に向かうため馬車で移動していた。移動中魔物や盗賊などの襲撃などはなく、平穏そのものであった。この国では街の外にいる盗賊の数は少ない、魔物が村や街の外を徘徊する環境では人里を離れて暮らすことが困難であり、盗賊被害があれば討伐隊が派兵されるためである。そのため、盗賊になろうと思う者は少なかった。どうしても暮らせなくなったら、兵士、傭兵、売春婦、奴隷、物乞いなどが選択肢となり、それも出来なければ死ぬしかなった。
「困ったな。とりあえず食事をするか、まあ泊まれなかったら広場で野宿しかないな」
ティーモは王都に着いて大通りに面している幾つかの宿をあたるが、どの宿も満室であった。最悪は広場で野宿することになる。例年宿が取れなくて野宿する貴族が数人いる。
また旅行という概念も無く、民間人で街を移動する人は貴族か行商人か兵士か傭兵くらいである。そのため宿屋の数もそれほど多くはない、なので安宿も含めてどこもかしこも満室であった。部屋数が足らなくなれば宿泊費が高騰するのは自然な流れであり、節約のために野宿する人もそれなりに居た。
ティーモと護衛の兵士含めて駐馬場近くの酒場に入った。宿を営んでいるか確認するが飲食のみの営業であった。
「南西の門からここまで移動してきたんだが、どの宿も満室で取れなかったんだ。この辺にある宿屋で泊まれそうなところは知らないか?」
「この時期はどこの宿も満室ですからね。厳しいと思うよ」
ティーモは酒場のマスターに問いかけるが良い返事は得られなかった。仕方なく、兵士とともにビールと肉料理を食べお腹を満たす。そんななか、隣のテーブルの男達が話している内容が聞こえてきた。
「なあ、貴族が集まっているんだよな? そしたらさアイヒェンドルフ様もお城に行くんじゃないのか?」
「来るだろそりゃ。まあ一度でいいから見てみたいよなあ。この国の英雄だもんな。まあでも、こんな酒場にゃこないだろがよ」
「なんだとオメーラ、うちに文句があるなら出てけよ。まあちげねえけどな、がはは」
酒場のマスターが常連客に対して注意をしたかと思ったら、自らも認めていた。
「凄いな」
「ああ。流石アイヒェンドルフ様だな」
護衛の兵士達は主人が評価されていることに喜んで、小さな声で会話していた。ティーモは顔を赤くして、少し俯きながら頭をポリポリとかいていた。
「ん? 今アイヒェンドルフって言ったか? お前らもアイヒェンドルフ様に会ってみたいよな? この国を救ってくれた英雄だもんな狼の大群を殲滅させたんだぜ! 凄いよなあ」
隣の男が護衛の兵士たちの会話が耳に入ったため、ティーモに話しかけてきた。
「いや、あの、まああれだな。なんと言っていいか」
ティーモは気恥ずかしく、言葉に詰まっていた。
「なんだぁ!? お前英雄の功績にケチをつける気かぁ?」
「アイヒェンドルフ様のお陰で無事に過ごせているんだろうがよ」
「そうだそうだ! お前は感謝の気持ちってのが無いのか? お前食わせる飯は無いぞ!」
男たちがティーモに絡んできた。直ぐに護衛が割って入る。
「落ち着け! アイヒェンドルフ様は照れているだけだ!」
「バカ! まったく」
護衛の兵士は主人が責められている事に腹を立てた。その称えるべき本人に対してとって良い態度ではなかったからだ。
ティーモは自分が褒められることに慣れておらず、自分がアイヒェンドルフである事を大っぴらに言うつもりが無かった。なので護衛が自分の身分を明かしたことに思わず声が漏れた。
「アイヒェンドルフ様が照れている? 何を言っているんだお前は! いま話題にしているのはその筋肉の塊のような男の話しをしているんだろうが」
「んん? もしかして? 樫の木の両脇に斧の絵柄、あっアイヒェンドルフ様なのですか!?」
絡んできた男性が更に食って掛かろうしていたところを、同じ席に居たもう一人の男性が注意深くティーモの事を観察した。そして革鎧に刻まれた紋章を見ると樫の木と両脇に斧が描かれた紋章が入っており、話題のアイヒェンドルフ様の紋章と同じであることに気がついた。
「ああ、俺がアイヒェンドルフだ」
ティーモは恥ずかしい思いもあったが、名を聞かれた以上は応えるしか無く、腹をくくった。
「「「「「「うっおおお!」」」」」
酒場の中に物凄い歓声で湧いた。少し離れた場所にいた者たちは何事かと声がする方向に注目する。
「ちょっと待ってくれ! 皆黙れ! 落ち着け! あの英雄のアイヒェンドルフ様なのですか!? 狼の大群を倒した?」
「ああ、そうだ」
ティーモは端的に認めた。
「「「「「「「「「「うわぁあ!」」」」」」」」」」
今度は酒場の中にいる全員が驚き、感情が爆発していた。隣同士でハグしたり、隣で驚いている人の体を揺すったり、食器を上に放り投げる者もいた。
「まじかよ! 俺一生自慢する!」
「えっ嘘! ええ! どうしよう」
「はっ、俺、奥さんと子供呼んでくる!」
「凄いたくましい体格だよな。これなら狼も引きちぎっては投げ飛ばしたというのも納得だ」
「なあ、狼が五十万匹攻めてきたって本当なのか?」
「いいや約三十万だと推測している」
「うぉおお、本当に大群を倒している!」
「百人で倒したっていうけど、本当か?」
「正確には兵士百人、村人が六十人、老人と子供も含めて全員で対応した」
「すげえ! 一体全体どうなっていやがるんだまじで。 一人で何匹倒した計算だ? 誰か計算できないか?」
しばらくは質問攻めが続き、その間にも酒場の中はどんどんと人が入ってきて足の踏み場も無いくらいになって危険な状態になってきた。酒場の外にも話を聞きつけた人たちが押し寄せており、人だかりで通行ができなくなっていた。
「押すな! 押すな! もう入れないぞ!」
酒場の中はパニックに近い状況になっている。このまま放置すれば怪我人が出てもおかしくない状態であった。その様子を見てティーモはこれはいけないと考えた。
「皆聞いてくれ! 静かに! 聞け!」
ティーモは大きな声で話し始めると、みな何を言おうとしているのか興味を持ち、静かになって話を聞こうとした。
「酒場の中は人が溢れている。このままだと怪我をしかねない非常に危険だ。一旦酒場から出てもらえないか、これじゃあ夕飯も食べられないし長旅で疲れているんだ休憩させてくれ。頼む!」
「そうだ! アイヒェンドルフ様の言う通りだ! アイヒェンドルフ様が頼まれているんだ、店から出るぞ!」
「おう! お前ら下がれ! アイヒェンドルフ様の頼みだぞ!」
「やべえ。アイヒェンドルフ様に頼られちゃった」
混乱していたものの、少しずつ店から人が退出していった。退出した人は外で待っている人達に、アイヒェンドルフ様からの依頼で解散するようにと伝えられ、少しずつではあるが皆家に戻っていった。
一時間程経過する頃には酒場はほぼ当初の状況に戻っていた。
「アイヒェンドルフ様、もし泊まる場所が無いんでしたら家に来ませんか?」
「バカ! お前んちなんて狭すぎて無理だろが! うちはどうですか?」
「いや、俺ん家に泊まってくれ! 皆で分散すれば全員泊まれるんじゃないか?」
酒場で絡んできた男たちがティーモを自宅に招こうとした。
「いや護衛を含めて六人だから、六人全員が泊まれる必要があるんだ」
ティーモは申し出はありがたかったが、断るしか無かった。そこに酒場のマスターが話に割り込んできた。
「もう、本日は店じまいするんで、ここのテーブルを片付ければ全員泊まれると思います。馬は…近くの知り合いに厩舎を持つ商人が居るので、そいつに頼んで来ます。おい、カウフマンのところに聞いて来てくれ」
「分かった! 聞いてくる」
マスターがティーモの返事も聞かずに、店員に指示をだし、店員も二つ返事で飛び出していった。
「えっ良いのか? 悪いな、申し訳ない」
このまま探しても宿を確保するのは難しいだろうし、ティーモは好意をありがたく受けることにした。
「何を言ってるですか、英雄を野宿なんかさせたら、もう神様や街中の皆に顔向け出来ません。なあ? おい」
「本当にそのとおり、こいつの言う通り泊まっていってくだせい」
マスターは絡んできた男に同意を求め、酒場にいる全員が同意していた。直ぐに片付けが始まり、普段掃除なんてしない男たちが机を端に寄せて積み上げ、床をボロキレで拭いて清潔な環境を用意した。
他の男たちも布や藁、寝床の素材になりそうな物を持ち寄って、簡易的ではあるが宿泊出来るような環境を整えた。ティーモ達は馬車から灰色狼の毛皮を運び出して寝床の上に重ねた。
この世界では一般人が貴族に対して、そんなにかしこまった口調で話すことは無いと思っている。
小説の役割語として、丁寧な言葉遣いで書くこともあるんだけど、
そもそも丁寧な言葉遣いなんて、一般人は知らんだろう。




