79話 〈六月中旬〉信用できない客人
翌朝。稲夫たちが田んぼへ向かった後も、村の中には落ち着かない空気が残っていた。浜近くの空き地には数人の村人が集まり、昨日やってきた二人について話し始めていた。
「聞いた話なんだけど、あの人畑にしょんべん撒いているらしい」
「は!?村の畑になんてことしてるの!?」
驚いた声が上がると、周りの者たちも一斉に顔を見合わせた。
「あと、田んぼの水を抜いて地面がむき出しになってるらしいの」
「そんなことしたら余計枯れるんじゃないの?」
「ずっと田畑を見てくれてるオカさんは何にも言わないの?」
「それが、長があの二人に従えって言うから、好きにやらせてるらしいよ」
今度は戸惑うような声がいくつも重なる。そんな声が飛び交う中、少し離れた場所にアオイが石の刃物や縄などを持って通りかかった。
「アオイも男たちを死なせておいて、何にも罰せられないし、長の娘だからって甘すぎない?」
「食べ物を持ってきてくれたことは感謝してるんだけどね……」
「でもあの人たちが村の男たちを殺したんでしょ?本当に大丈夫なの?」
村人たちは思い思いに言葉を交わす。不満混じりの話がしばらく続いたところで、一人の男が周囲を窺うように声を落とした。
「なぁ……今のうちにあいつらの寝込みでも襲っちまわないか?」
それまで好き勝手に飛び交っていた声が、一瞬止まる。
「ちょっと!いくら信用できないからってそこまですることは――」
「うるせぇ!あいつらはおれたちの仲間を殺してるんだぞ!おとなしくできるか!」
「あんた、長の言いつけに背くの?」
「獣に襲われて死んだように見せかければいいだろ。後からどうにでもなるさ」
言い争っていると、外から重いものを引きずる音が聞こえる。村人たちが音のほうに顔を向けると、大きな猪を引きずるタケルと、その隣を歩く稲夫が戻ってくるところだった。
「タケル、本当に一人で運んでて大丈夫なのか?手伝うぞ?」
「いえ、これくらいならば俺一人で十分です。お気になさらず」
そう言うタケルは汗一つかいていない。地面に大きな跡を残しながら悠々と歩を進める。
「なに、あれ……」
「えっと……いや、さすがに血とか内臓は抜いてきてるんじゃないか?だから見た目ほど重くないんだよ、きっと……」
大きな猪を一人で引きずるタケルの姿を前に、先ほどまで威勢よく話していた村人たちはすっかり口数が減っていた。
「アオイ、解体の道具は準備できたか?」
「今できた!というか、猪を引きずってるのに戻ってくるの早すぎるだろ!」
タケルは猪を地面に置くと、ドスンと大きな音を立て、土埃が舞った。
「猪が狩れて運がいい。内臓は先に捌いて今日中に食べるとしよう」
「運がいいって……田んぼの作業中に飛び出してきたから、本当に驚いたよ」
その様子を遠巻きに見ていた村人たちは、静かに稲夫たちに背を向けて歩き出した。
「やっぱり、襲うのやめよっか……」
「そうだね……」




