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米農家、異世界で豊穣神になる  作者: コガネシキ弐玉
第四章 六月

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78話 〈六月中旬〉田んぼにかかる責任

「ここがおれ達の村の田んぼだ」


 林を抜けた先には、何枚かの田が広がっていた。どの田にも上手から水を引き込むための細い水路と取水口があり、反対側には水を逃がすための排水口も設けられていた。

 田植えをした稲夫たちの田とは違い、こちらは直播きなのか、稲は列を作らず不揃いに生えていた。


「じゃあ、見させてもらいますね」


「勝手はするなよ」


 釘を刺すオカに軽く頷き、稲夫は畦から田んぼを見渡した。

 すぐに稲の育ちの悪さに目が留まる。葉は全体的に色が薄く、黄色みを帯びた株も目立つ。茎も細くて分げつもほとんど進んでいない。植え付け方の違いを差し引いても、順調に育っているようには見えなかった。


(思っていたより酷いな)


 さらに気になったのは水の深さだった。株元はかなり深く水に浸かっており、取水口からは今も絶えず新しい水が流れ込んでいた。


「だいぶ水かさが高いですけど、いつもこれぐらいですか?」


「今は田んぼも塩害だと思って、水をかけ流してる」


 稲夫は水面を見つめながら眉を寄せた。塩を流すためとはいえ、この水位を長く維持していたというのは気にかかる。もし水管理に原因があるのなら、異変は葉だけでなく根にも出ているはずだ。


「少し、弱ってる稲を抜いてもいいですか?」


「いいわけないだろ!何言ってるんだ!」


 オカが顔を真っ赤にして怒鳴る。


「でも、詳しく見るには抜いてみないと分からないんです」


「なら見なくていい!」


「オカ、このまま稲が枯れてもいいのかい?」


 アオイは一歩も引かず、オカを真っ直ぐ睨み返した。


「……一本だけだからな」


「ありがとうございます。じゃあ、抜きますね」


 稲夫は特に弱っている株を選び、根を傷めないよう泥ごと持ち上げた。付着した泥を軽く落としてみると、白い新根が少なく、根の一部が黒ずんでいた。


「これは……根が腐ってる」


「腐ってるだと?」


 オカが眉をひそめた。稲夫は田んぼの中に腕を入れて泥をすくい上げる。すくい上げられた泥は黒く、微かに硫黄臭が立ち上った。


(この泥の色……それにこの臭い……)


「塩害じゃない。土が強い還元状態になってる」


「なんだそれ?」


「土の中の空気がなくなって、根に悪いものができやすくなってる状態です。田んぼなら普通に起こることなんですけど、今回はそれが進みすぎてる」


 稲夫は抜いた株の黒ずんだ根を指先で示した。


「水を落とすことなく、ずっと張ったままにしていたところに、この暑さも重なったんだと思います。この腐った卵みたいな臭いもそのせいです。根が傷んで、うまく水や土の力を吸えなくなっています」


 稲夫は黒ずんだ根から手を離し、ゆっくりと立ち上がった。


「で、また尿でも撒いてどうにかする気か?」


「いや、今回は使いません。掛け流しを止め、いったん水を全部落として、土に空気を入れます」


「そんなことしたら枯れちまうだろうが!それで稲が治るのかよ!?」


 オカが吐き捨てるように言い放つと、稲夫との距離を詰めて睨みつけた。


「持ち直す可能性はあります。でも、ここまで弱っていると正直、どこまで回復するかは分かりません」


「分からないだと!?稲を枯らせるかもしれない行動を認められるか!」


「でも、このままじゃもっと弱っていきます!」


「もしかしたら治るかもしれないだろ!?第一、お前の言うとおりにして稲が枯れたらどうするつもりだ!」


「それは……」


 原因も、やるべきことも分かっているつもりだった。それでも、結果まで保証することはできない。まして自分は、この村に来たばかりのよそ者だ。田んぼを駄目にしたところで、責任を取れる立場でもない。

 稲夫は言い詰まり視線を落とすと、アオイが稲夫の前に歩み出た。


「その時は、アタシが責任を取るよ」


「お前が出しゃばって何になる!?」


「じゃあアンタは、長の言いつけを守らず稲夫に反発して、このまま何もしないで稲が枯れたらどう責任を取るんだ?」


「その時は……その……」


「もし稲夫の言うとおりにして駄目だったら、全部アタシの責任にしてくれ。村から追い出すなり、殺すなり、好きにすればいい」


 思わず稲夫はアオイを見る。オカも同じだったらしく、言葉を失ったまま目を見開いていた。


「アタシが連れてきたんだ。それぐらいの責任は取る。アンタはどうするんだ?」


「ぐっ……勝手にしろ!」


 オカは吐き捨てるとアオイに背を向け、苛立ちをぶつけるように近くの木を蹴りつけた。


「勝手にしろとのことだ。稲夫、早速水を抜こう」


 アオイは、さっき自分の命を賭けたことなど何でもないように笑った。


「アオイ……お前……」


 以前から神という立場上、自分が失敗したら殺されると思って作業していた。だが今回はアオイの命もかかってる。失敗できない重圧が肩にのしかかった。

※水田は水を張って育てるため、土の中は酸素が少なくなりやすく「還元状態」になります。稲はそうした環境に適応していますが、還元が強くなりすぎると硫化水素などによって根が傷み、生育不良につながることがあります。

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