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米農家、異世界で豊穣神になる  作者: コガネシキ弐玉
第四章 六月

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75話 〈六月上旬〉約束

 日が暮れて辺りが暗くなった頃、稲夫たちは村へ戻った。広場に皆を集め、アオイの村が深刻な食料不足に陥っていること、今後は塩と食料を交換していきたいこと、そして稲夫自身も現地へ向かうつもりであることを伝えると、小さなどよめきが上がった。


「いやいや、稲夫様まで行く必要あるか?あいつらオレ達を襲った連中だろ?」


「……ワタシも、危険だと思います」


「分かってる。でも上手くいけば、これから塩を交換してもらえる。それにタケルもついてきてくれるから」


 ヤナギとイトハが揃って不安そうな表情を浮かべた。


「戦士長が同行するなら大丈夫だとは思いますが……」


「本当かい?タケルさん一人で何とかなるの?」


「問題ない。戦える者が多く死んだ今なら、逆に俺一人で村を制圧できる」


 ツチハルは「流石にそれは難しいのでは……」と困惑した様子で口を開いたが、タケルのあまりに動じない様子を見ると、それ以上は何も言わず口を閉ざした。

 皆がそれぞれ不安を抱えながらも口をつぐむ中、黙って視線を伏せていたミズキがゆっくりと顔を上げる。


「村の方々を救うためであり、稲夫様がお決めになったのであれば、巫女として反対はいたしません」


 完全に不安が消えたわけではないのだろう。それでも、タケルが同行し、何より稲夫自身が決めたこととあって、それ以上反対する者はいなかった。


「皆、ありがとう」


 それから、明日の朝に出られるように準備を進めた。荷造りが終わる頃には、夜もすっかり更け、空には月が高々と昇った。


「食料よし、水よし、全部揃っているな」


 全ての準備が終わって稲夫が確認を終えた頃、少し離れた場所に立つミズキの姿が目に入った。ミズキは月を仰ぎ、静かに手を合わせている。


「天におわす神々よ、遠き地へ赴く稲夫様の御身に災いの及ぶことなきよう、禍を退けたまえ」


 祈りを終えたミズキがゆっくりと手を下ろす。その背中へ、稲夫は声を掛けた。


「ごめんな、心配かけて」


「稲夫様……」


 振り返ったミズキは、すぐには言葉を続けなかった。しばらく稲夫を見つめたあと、静かに口を開く。


「他でもなく、稲夫様がお決めになったことです。その意思に従うのは、巫女として当然のことです……ですが――」


 そこでミズキは言葉を切った。視線を彷徨わせ、何かを言うべきか迷っているようにしばらく黙ったあと、ようやく続きを口にした。


「巫女ではなく、私個人として申し上げるなら……反対です」


 ミズキは視線をそらしたまま自身の衣を握り締めた。握られた衣に深い皺が刻まれる。


「もし、何かあって稲夫様が戻ってこれなくなったらと考えると、私は行かせたくありません……」


 月明かりの下、ミズキの瞳がわずかに潤む。


「ちゃんと戻ってくるって約束するから」


「……どうやって、ですか?」


 ミズキは俯き加減のまま、稲夫を見上げた。その視線の訴えに、稲夫は答えに窮した。


(気をつけるから、じゃあ納得してくれないよな……)


 以前、嵐の時にミズキを一人にさせて心配させたことを思い出す。あの時は「嵐が来たら次は大人しくする」と答えられたが、今回ばかりはそう簡単には納得してくれそうにない。


(どうやって約束を守ることを示せるか……ん?約束?)


 稲夫の脳内で昔の思い出が蘇る。幼い頃、婆さんと約束をするたびによくやらされていたものがあった。


「ミズキ、指切りしよう」


「指切り?」


「ああ、約束するときのおまじない。お互い小指を絡めて約束を守ることを誓う、儀式みたいなものだな」


「儀式……分かりました。やらせて頂きます」


 ミズキは神妙な顔で小指を差し出す。稲夫はその小指に自身の小指をそっと絡めた。


「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます。指切った」


 そう言い終えると、ミズキの小指を離す。改めて真面目に指切りをすると思いのほか恥ずかしい。少しの沈黙の後、気恥ずかしさを咳払いで誤魔化す。


「これで指切りは終わったよ」


 ミズキは絡めていた小指をしばらく見つめる。


「あの、この儀式は約束を守れなかったら、針を千本飲むことになるのですか?」


「あー……それはたとえであって、破った罰がある訳では――」


「今から針を千本集められるでしょうか?でも、あの植物なら棘が多少大きいですが、すぐに集まるかもしれません」


 真面目な顔で考え始めたミズキを前に、稲夫は眉間を押さえる。


「これは……這ってでも帰ってこないとな」


「ふふっ、冗談ですよ」


 ミズキは小さく笑みを浮かべながら、目元に溜まった涙を指先で拭った。


「稲夫様、どうか無事に帰ってきてください。約束、ですからね?」


「……ああ、ちゃんと帰ってくるよ。約束だ」


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