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米農家、異世界で豊穣神になる  作者: コガネシキ弐玉
第四章 六月

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74話 〈六月上旬〉助けを乞う者

「まず、何があったのか聞かせてくれ」


「……その前に、名乗っておく。アタシはアオイ」


 女――アオイはゆっくりと顔を上げた。


「村で食いものが取れなくなって、アンタ達の村を襲ったんだ。アタシの村はずっと漁で食ってきたんだけど、不漁が続いて魚がほとんど獲れなくなっちまった」


「畑や田んぼはなかったのか?」


「あるよ。でも畑や田んぼも育ちが悪くて、枯れ始めてきちまった」


「それで、食料が足りなくなったのか」


「ああ。このままじゃ冬どころか、その前に死人が出るってくらいには」


 アオイの村は想像していたよりも、ずっと切迫した状況だった。死人が出てもおかしくないと知り、稲夫は思わず息をのんだ。


「他の村から食料を手に入れることはできなかったのか?」


「やったよ。でも、その村では稲が病気になったらしくて、もう食料は渡せないって言われた」


 アオイの視線が再び地面へ落ち、消え入りそうな声で続ける。


「このまま飢え死にするなら略奪でも何でもして生き延びようって、アタシが提案したんだ」


「それで、俺たちの村を襲ったんだな」


「本当に、すまなかった。襲っておいて助けを求めるなんて、都合がいいと分かってるけど……どうか、アタシの村を助けてください」


 アオイは改めて頭を地面につけた。ここへ連れてこられた時に見せていた刺々しさはもうなく、後ろ手に縛られた指がきつく握り込まれる。

 虫の音だけが響く丘の上で、稲夫は返す言葉を探した。自分たちを襲った相手だ。それでも、ここまで追い詰められていたと知ってしまえば、何もせずに突き放す気にはなれなかった。


「少しなら、食料を分けられる」


「ほ、本当か!?」


 稲夫の言葉にアオイは勢いよく顔を上げ、縛られたまま身を乗り出した。


「稲夫様、俺は反対です。理由があろうと、敵を助ける道理はありません。それに、こいつらを助けたところで、俺たちにはなんの利もありません」


 タケルの言葉に、アオイは何も言い返せず、唇を噛んだ。しばらく口を閉ざしていたが、やがて絞り出すように言った。


「塩なら、ある。アタシの村では塩も作ってる。それを譲れる」


「なるほど。ならお前の村を襲って塩を略奪すればいい。戦える者の多くを失っている今なら、俺一人でも事足りる」


「なっ!ア、アンタ……!」


 アオイの顔が怒りに歪んだ。後ろ手に縛られた腕に力が入り、縄がぎしりと軋む。


「タケル、待ってくれ。そしたら一時的に塩が手に入っても、それっきりだろ」


「ですが、こんな奴らを助けるなど……」


 タケルは言いよどみ、一度口を閉ざした。だが、それでも納得できないのか、今度はアオイへ視線を向ける。


「そもそも、この女が村に戻ったところで何の意味がありますか?」


「……どういう意味だよ」


「お前は戦いに負け、大勢仲間を死なせた。そんな奴が再び村に受け入れられると思っているのか?俺が村に残った人間なら、戻ってきたお前を殺すぞ」


「それでもアタシは、村に帰るよ。アタシが死んだとしても、村が助かるならそれでいい。このまま終わらせたくない」


 アオイはわずかに目を伏せる。しかし、すぐに顔を上げ、タケルの視線を正面から受け止める。


「タケル、どのみち生きていくには塩が必要なんだ。先の事も考えて、アオイを助けよう」


「……分かりました」


 不服そうではあったものの、ひとまず折れてくれたらしい。稲夫は胸をなで下ろした。


「では、俺がこいつを連れて村まで行き、食料を運びます」


「いや、俺も付いて行くよ」


 タケルがわずかに目を見開き、アオイも思わず稲夫へ顔を向けた。


「危険です。稲夫様は村で待っていてください」


「危ないのは分かってる。でも、分けた食料だけじゃ、きっとどうにもならないと思うんだ。だからさ、俺が田んぼや畑の様子を見にいくよ」


「いけません。そもそも突然やってきた村の外の人間の言う事を聞くとは思えません。しかも、俺たちはこいつらの仲間を殺しています」


「わかってる。それでも、できることはしてあげたいんだ」


 稲夫は口元を引き締め、タケルの目をまっすぐ見返した。心配してくれているのは分かっている。それでも、ここで引きたくはなかった。

 しばらく睨むように見つめ返していたタケルだったが、やがて諦めたように息を吐く。


「……わかりました。ですが、何かあれば即刻見捨てる覚悟をしておいてください」


「わがまま言ってごめん。ありがとう、タケル」


 まだ納得しきれてはいないのだろう。それでも、タケルはそれ以上何も言わなかった。そんな二人のやり取りを見ていたアオイが、不思議そうに稲夫へ目を向ける。


「アンタ、田畑に詳しいのか?」


「ああ、俺はこれでも豊穣神だからさ。やれるだけやってみせるよ」


 本当に何とかできるかは、行ってみなければ分からない。それでも、まずは自分の目で確かめるしかない。そう考えながら稲夫が顔を上げると、西の空では沈みかけた夕日が山際を赤く染めていた。


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