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米農家、異世界で豊穣神になる  作者: コガネシキ弐玉
第四章 六月

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72話 〈六月上旬〉捕虜

 日が昇り、村のあちこちから鳥のさえずりが聞こえ始めていた。朝日を浴びながら、ヤナギは両腕を大きく伸ばしてあくびをする。隣ではオウカが地面に腹をつけて横になり、時折耳だけを動かしていた。


「いやぁ、今日も暑くなりそうだな。そう思わない?」


 ヤナギの視線の先では、昨夜村を襲った男たちへ指示を飛ばしていた女が、地面へ打ち込まれた杭を背にして縛りつけられていた。


「…………」


 女は答えない。それどころか視線すら向けず、ヤナギの存在などそこにないかのように黙り込んでいた。


「そういえば、名前なんていうの?」


「…………」


 ヤナギは女の視線の先へ回り込み、顔を覗き込む。それでも女は何も言わず、今度は反対側へ顔をそらした。


「……駄目か」


 再び訪れた沈黙にヤナギはため息をつくと、今度は一歩女へ近づいた。


「まさかこんな形であなたの様な魅惑的な方と知り合うとは思いませんでした。出会いは悲劇的でしたが、ぜひ俺と愛を育んで――」


「がぁう!」


「いってぇ!冗談だろ!冗談!本気にすんなよ!」


 それまで寝そべっていたオウカが飛び起き、ヤナギの尻へ噛みついた。ヤナギはたまらず飛び上がり慌ててオウカから離れると、噛まれた尻をさすりながら恨めしそうに振り返る。


「ったく……冗談くらい分かってくれよ」


 オウカは答える代わりに低く鼻を鳴らし、再び女の側へ伏せた。ヤナギもそれ以上ふざけることはなく、しばらく女を眺めていたが、やがて表情を改める。


「お前、このままだとタケルに殺されかねないぞ。あいつ、本当に容赦ねぇから」


 日に焼けた女の肌には、青黒い痣がいくつも残っていた。昨夜の戦いだけでできたものではないのだろう。タケルから何度問い詰められても、女は何も話さなかったらしい。


「……死ぬ覚悟はできているんだ。早く殺してくれ」


 それまで頑なに口を閉ざしていた女が、初めて掠れた声で答えた。ヤナギは一瞬だけ言葉に詰まり、気まずそうに頭を掻いた。


「……あんま殺してくれとか、そういうこと言わないでくれよ」


 女はそこで初めてまともにヤナギを見た。苛立ったように眉を寄せ、杭に背を預けたまま吐き捨てる。


「じゃあ、どうしろというんだ。このまま何も話さず、また痛めつけられろとでも?」


「稲夫様を頼れ。あの方はとんでもないお人よしだからさ」


「俺の話してる?」


 背後から声がして、ヤナギは振り返る。


「あ、おはようございます稲夫様。調子は大丈夫ですか?」


「……なんとかな」


 稲夫はできるだけ普段通りに笑って答えた。とはいえ、本当に大丈夫になったわけではない。昨夜はミズキのおかげで随分と落ち着くことができたが、住居へ戻って目を閉じれば、眉間に矢を突き立てたまま倒れた男の姿が浮かんで、結局ろくに眠れていない。


「……こいつが稲夫」


 女が掠れた声で小さくつぶやき、鋭い目が稲夫の足元から顔までゆっくりと動いた。

 その声を聞いて、稲夫は女の口元へ目を向けた。唇は乾ききり、ところどころひび割れている。稲夫は腰に下げていた竹筒の水筒を取り出し、その口を女へ近づけた。


「……何のつもりだ」


「喉、渇いてそうだからさ。水飲みたいかなって」


「……いらない」


「いやでもさ、今日も暑くなるだろうから、水ぐらいは飲んでおかないと危ないし」


 両手を縛られている以上、自分で飲むこともできないため、稲夫がそのまま竹筒を口元へ寄せる。

 女は疑うような目でこちらを睨み続けたが、しばらくして、諦めたのか僅かに口を開く。稲夫が少しずつ竹筒を傾けると、女は最初こそ警戒するように口をつけていたが、一口、二口と飲むうちに喉を鳴らし始めた。やがて十分だと言わんばかりに首を振って竹筒から口を離し、改めて稲夫へ顔を向ける。


「アンタ、昨日は敵を殺しておいて、今日はその敵に水を飲ませるのか?」


「駄目かな?」


「……アンタ、何がしたいんだ?」


「……何したいんだろうな」


 稲夫は自嘲気味に笑った。何か大層な理由があったわけでも、企んでいるわけでもない。ただ、喉が渇いていそうだったから水を渡した。それだけだ。

 助けたいのか。昨夜の罪悪感を少しでも紛らわせたいのか。それとも、単純に放っておけなかっただけなのか。自分でも考えてみたが、結局答えは出なかった。


「勝手な奴だ」


 女はそれ以上何も言わず、稲夫から顔を背けた。

 その視線の先には、少し離れた場所に昨夜の襲撃者たちが集められているのが見えた。


「じゃあ、俺は行くよ。ヤナギは引き続き見張りよろしくな」


「任せてください!」


 ヤナギに見張りを任せ、稲夫はその場を離れた。集められた死体に近づくにつれて、足取りが自然と重くなっていく。

 男たちは一か所に集められ、互いの体が重なるようにして地面へ横たえられていた。泥に汚れた顔、乾いて黒ずんだ血、半ば開いたまま動かない目。昨夜までは武器を振るい、怒鳴り声を上げながらこちらへ向かってきていた者たちが、今は誰一人として動かない。


「……っ」


 胃の奥から何かが込み上げ、稲夫は口を固く結んだ。それでも、側まで歩いて行くと、目を閉じて胸の前で両手を合わせた。


(どうか、成仏してください)


 この世界の死者に、成仏という考えがあるかは分からない。それでも、他にどんな言葉をかければいいのか思いつかなかった。


(俺が殺しておいて、それはないか……)


 自分でも都合がいいと思った。祈ったところで、昨夜の出来事が消えるわけでも、死んだ男たちが生き返るわけでもない。稲夫はゆっくりと手を下ろし、その場に立ち尽くした。


「稲夫様、どうなさいましたか?」


 声に振り向くと、タケルがこちらへ歩いてくるところだった。


「まぁ、ちょっとな」


 タケルは稲夫の顔を見たあと、その前に横たわっている死体へ視線を移した。だが、何をしていたのかまで尋ねようとはしなかった。


「昨夜は休めましたか?」


「大丈夫。うん、大丈夫だ。心配ありがとう」


 できるだけ心配させないように答えた。ただ、うまく取り繕えている自信はない。


「タケルも昨日は大丈夫だったのか?」


「ええ、残党はいませんでした。それと、あの女以外は止めを刺して回り終えました」


「……そっか」


 稲夫は再び地面へ目を向けた。昨夜、まだ呻き声を上げていた者もいた。その傷では助からなかったのだろうし、苦しませ続けるよりはよかったのかもしれない。それでも、「止めを刺した」という言葉は胸の奥に重く残った。


「この人たちは、この後どうするんだ?」


「手足を縛って谷に突き落とします。今日中に」


 そうされても仕方のないことなのだろう。昨夜、武器を手にして村を襲い、自分たちを殺そうとした者たちなのだ。タケルの判断がおかしいとは思わなかったし、稲夫にもそれを責めるつもりはなかった。


 それでも、胸の奥には言葉にできない違和感だけが残った。稲夫はしばらく、地面に横たわる男たちを見つめる。


「タケル」


「なんでしょうか?」


「頼みたいことがあるんだ」


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