↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
米農家、異世界で豊穣神になる  作者: コガネシキ弐玉
第三章 五月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
63/79

63話 〈五月下旬〉踏み出した一歩

 木々の隙間から朝日がこぼれる中、稲夫とミズキは田んぼへ向かって歩いていた。

 その少し後ろを、イトハがどこか落ち着かない様子で付いてきている。


「ミズキ、ツチハルさんは大丈夫だった?」


「はい。今朝お会いしましたが、すっかり元気になられていました」


「なら良かったよ」


 昨日倒れたツチハルだったが、一日安静にしたことで体調は回復し、今日はヤナギやタケル達とともに柵の建設へ戻っていた。

 もちろん無理は禁物で、こまめに休憩を取りながら作業を進めるよう念を押している。


 そうして話を交わしているうちに、三人は田んぼへとたどり着いた。


 風が水面を撫でるたび、小さな波紋が広がり、青々とした稲がさらさらと葉を揺らす。その様子を眺めた稲夫は満足そうに頷いた。


「よしよし、ちゃんと育ってるな」


 植えた頃より一回り大きくなった稲は、葉色も濃く、株元からは新しい茎が顔を覗かせ始めていた。


「やっぱり、尿の追肥は本当に効果があったのですね」


「だから大丈夫だって言っただろ」


 先日施した尿肥も効き始めたのだろう。稲は順調に力を蓄え、着実に成長している。


 もっとも、良く育ったのは稲だけではなかった。


「……雑草もよく育っちまったなぁ」


 稲の間には多種多様な雑草が、水面から顔を覗かせている。養分を吸い、稲の成長を邪魔する厄介者だ。


「よし、田んぼの中の草を取るか」


「はい、分かりました」


 二人は裾をまくり上げ、田んぼへ入る支度を始める。


「あ、あの……本当にワタシもやってよいのですか?」


 今まで黙ってついて来ていたイトハが、おずおずと声を上げた。


「ええ。田んぼの中の草取りは大変なんで、手伝ってくれると助かります」


「でも……ワタシが田んぼに入ったら、稲が病になるかもしれません……」


 しかしイトハはすぐには頷けなかった。

 視線は足元へ落ち、痣のある右腕を左手でぎゅっと抱き締める。


「ヤナギから話を聞きました。イトハさんの村で起きた稲の病は、イトハさんのせいじゃありません。大丈夫ですよ」


「ですが……巫女様は、よろしいのですか?」


 問い掛けられたミズキは、迷うことなく頷いた。


「私は、稲夫様を信じております。稲夫様が大丈夫とおっしゃるのであれば、私はそれを信じます」


 そう言って、不安そうにしているイトハに柔らかく微笑む。


「巫女様……」


 イトハは嬉しいような、それでも信じ切れず戸惑うような表情を浮かばせる。


(この前、尿肥をまく時はめちゃくちゃ疑われてた気がするんだけど……)


 もっとも、今それを口にするほど空気が読めないつもりはない。稲夫は何事もなかったように笑顔を浮かべた。


「よし。じゃあ早速やっていこうか」


 稲夫は田んぼへ足を踏み入れる。

 ぬるりとした泥が足裏を包み込み、踏み出すたびに指の間からゆっくりとはみ出していく。足を持ち上げると、泥が名残惜しむようにまとわりつき、小さく水音を立てた。


「稲と稲の間を歩いて、見つけた草を抜いていってください。ただ、稲は踏まないように気を付けてくださいね」


 稲夫は泥を踏みしめながら、ゆっくりと歩いていく。ミズキも田んぼへ入り、その隣の列へと足を踏み入れた。

 少し遅れて、イトハも恐る恐る田んぼへ足を沈める。緊張した面持ちで二人の後を追うように、慎重に稲と稲の間を進んでいった。


「稲夫様、歩いた後が荒れておりますが、大丈夫なのでしょうか?」


 ボコボコと足跡の残る田んぼを見て、ミズキが少し不安そうに尋ねた。


「大丈夫だよ。むしろ歩くことで泥がかき混ぜられて、中に空気が入りって稲の成長も良くなるぞ」


「そうだったのですね」


 ミズキは安心したように頷き、泥を踏みしめながら進み始めた。


「よっこらせっと」


 稲夫は身をかがめ、雑草を一本ずつ抜いていく。それに続くように、ミズキも草を抜き始めた。


「あ、あの!これは抜いてよい草でしょうか?」


 イトハが一本の草を摘まみ、不安そうに振り返る。


「ええ、それで合っています」


「で、では……抜きます」


 緊張した面立ちで、震える手で雑草を引き抜く。

 雑草はずるりと抜け、細い根が泥と一緒に姿を現した。雑草を抜いた後、イトハはしばらく動かず、不安そうに稲夫を見る。


「ありがとうございます。その調子で抜いていってください」


「は、はい!」


 その表情はまだ強張ったままだったが、先ほどより手の震えは少しだけ収まっていた。


 その後、三人は黙々と草を抜き続けた。

 時折鳥の鳴き声が聞こえ、水音だけが静かな田んぼに響く。

 太陽が少しずつ高く昇るにつれ、雑草は一本、また一本と姿を消していった。


「よし、これで終わりだな」


 稲夫が最後の列の雑草を抜き終える。

 田んぼから上がり振り返ると、田んぼには整然と並ぶ稲だけが風に揺れていた。


「お疲れ様。二人ともありがとう」


「お役に立てたのでしたら何よりです」


 ミズキは汗を拭いながら笑みを浮かべる。


「ワ、ワタシは大したことは……」


 イトハはぎこちなく首を振りながらも、その視線は田んぼへ向けられていた。


「心配しなくても大丈夫ですよ。病気になったりしませんから」


「……はい」


 返事はしたものの、その表情にはまだ少しだけ迷いが残っている。


「イトハ様。豊穣神たる稲夫様が大丈夫と申しているのです。安心してください」


 そんなイトハへ、ミズキは穏やかに、諭すように声を掛ける。

 イトハはその言葉を静かに受け止めると、小さく息を吐き、そっと頷いた。


「……ありがとうございます」


 風が吹き渡り、青々とした稲が一斉に葉を揺らす。

 その景色を見つめるイトハの表情は、田んぼへ足を踏み入れる前よりも、ほんの少しだけ穏やかになっていた。

※雑草は稲と養分や日光を奪い合うだけでなく、害虫のすみかになったり、風通しを悪くして病気が発生しやすい環境を作ったりするため、取り除くことが大切です。

また、田んぼの中を歩くことで泥がかき混ぜられ、土の中に酸素が送り込まれます。これによって根の呼吸や発根が促され、肥料も吸収しやすくなるほか、土中にたまった有害なガスを抜く効果もあります。

このように、田んぼの中の雑草を取りながら泥をかき混ぜる作業は中耕除草(ちゅうこうじょそう)とも呼ばれています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。