62話 〈五月下旬〉綻び
「今日はいい天気だな」
刺すような日差しの中で、稲夫は額に流れる汗を拭いながら木材を運んでいた。
「ヤナギ!木持ってきたぞ!」
「おっ!ありがとうございます!」
ツチハルの尽力によって堀の掘削を終えた村では、今度はその上に柵を築く作業が進められている。
既にツチハルとヤナギは、木材を縄で結びながら格子状の柵を組み上げていた。
「悪いすね。田んぼのこともあるのに手伝ってもらって」
「大丈夫だよ。田んぼはミズキが見てくれてるし、何より村を柵で囲うとなると人手がいるからな」
「本当助かりますよ。タケルも手伝ってはくれていますが、まだまだやること山積みですからね!」
稲夫は運んできた木材を下ろすと、ヤナギは手を止めることなく礼を言った。
木材を組み合わせ、縄を素早く巻き付けると、慣れた手つきで固く結び上げていく。
その作業には無駄がなく、見る間に柵が形になっていった。
「相変わらず手際がいいな」
「当然ですよ!木工はオレの本業ですからね!数日で村を囲って見せますよ!いやぁ、やっぱりオレみたいな職人がいると村づくりも捗りますねぇ!」
「はいはい。頼りにしてるから、その調子でよろしく頼むよ」
ヤナギは得意げに胸を張る。
褒められて調子が出たのか、先ほどまで以上の速さで縄を結び始めた。
「本当は丸太を地面に埋めて塀を作りたいんですけど、今は手間も材料も限られてますから仕方ないすね」
もっとも、そう言いながらもヤナギの表情に悲観した様子はない。与えられた条件の中で工夫するのも、彼の中では腕の見せ所なのだろう。
「ま、余裕ができたら立派な丸太を使った塀を作りますよ!」
ヤナギが笑って答えてみせた時、ふと後方からずるずると重い物を引きずる音が聞こえてきた。
振り返ると、タケルが一人で自分の背丈より大きい丸太を肩に担ぎ、引きずるように運んでいた。
しかも、そのまま掘っておいた穴へ丸太を立てかけると、力任せに押し上げ丸太の柵を作り上げた。
「えーと、オレ疲れてんのかな……化け物が見えてる」
「……そうか、じゃあ俺も疲れてるよ。怪物が見える」
二人はしばらく無言でタケルを眺めた。
「あー……まぁタケルだけで村を囲むほどの柵を作るのは無理だろうからな!こっちはこっちで頑張りますか!ね、ツチハルさん!」
ヤナギが声を掛ける。
しかし、返事はなかった。
「ツチハルさん?」
不審に思って視線を向けると、ツチハルは柵に身体を預けるように立っており、呼びかけに反応はない。
だが次の瞬間、その身体がゆっくりと崩れ落ちた。
「ツチハルさん!」
稲夫達は慌てて駆け寄る。
ツチハルは全身に大量の汗をかき、呼吸も荒い。
「ツチハルさん!大丈夫すか!?」
「ひとまず、安静にできる場所に運ぼう!」
稲夫とヤナギはツチハルの肩を担ぎ、そのまま住居へ運び込んだ。
住居の中へ寝かせてしばらくすると、騒ぎを聞きつけたミズキが駆け込んできた。
「ツチハル様!」
ミズキはすぐに傍へ膝をつき、様子を確かめる。
「……かなり汗をかいています。ひとまず水と、獣の内臓を煮た汁を持ってきてください」
「分かった!」
ヤナギは返事をすると、すぐに住居を飛び出していった。
汗をかきすぎて倒れた。
ミズキの言葉を聞いた稲夫は、はっとする。
「たぶん、熱中症だ」
「熱中症?」
稲夫はツチハルの衣を緩め、自らの竹筒に入った水を少しずつ飲ませながら答える。
「暑い中で働き続けると、汗と一緒に水や塩が失われるんだ。そうなると体がうまく熱を逃がせなくなって、ひどくなると倒れることもある」
「塩、ですか……」
「……この村には塩がない。ツチハルさんはずっと働き続けていたし、それが原因かもしれない」
ツチハルはかなり汗をかいていた。
水は飲んでいたとしても、塩がないこの村では塩分が不足してしまったのだろう。
そして何より、ツチハルは誰よりも働いていた。
一人で堀を掘り、畑を管理し、今は柵まで作っている。
気付けば、村の土仕事のほとんどをツチハルに任せていた。連日の重労働で、疲労も限界だったのだろう。
(俺が、頼りすぎていたのかもしれない)
そんな後悔が胸をよぎる。
やがて、ツチハルが苦しそうに目を開けた。
「……申し訳、ありません。作業の途中で……」
起き上がろうとするツチハルを、稲夫は慌てて押し止める。
「そんなことないですよ!今はしっかり休んでください」
「稲夫様の言う通りです。今は安静にしてください」
「……申し訳、ありませぬ」
ツチハルは弱々しく小さく頷き、再び横になった。
「ミズキ、前の村ではどうやって塩を手に入れていたんだ?」
「前の村では、定期的に塩と食料を交換する者が訪れていたので、その時に交換していました」
「交換する者、商人みたいな人がいたのか。どこから来てたとか分かるか?」
「……申し訳ありません。私はそこまでは存じ上げません」
ミズキは申し訳なさそうに答えた。
定期的に塩を手に入れる手段があるのは幸いだったが、何処にいるのか分からなければどうしようもない。
稲夫は腕を組む。
今後も村で暮らしていく以上、塩は必ず必要になる。
(なんとか塩を手に入れる方法を考えないとな)
稲夫は横になるツチハルを見ながら、新たな課題について考え始めるのだった。




