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米農家、異世界で豊穣神になる  作者: コガネシキ弐玉
第三章 五月

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58話 〈五月下旬〉まだ見ぬ居場所

 夜の村は静かだった。

 広場の焚き火だけが揺れる炎を辺りへ投げかけている。その焚き火から少し離れた場所で、イトハは膝を抱えるように座りながら、一人の男を眺めていた。


 ヤナギである。


 昼間、稲夫様から預かった不思議な武器を膝の上に置き、木片や工具を並べて何やら作業を続けていた。分解しては組み立て、気になる箇所があれば削り、また確かめる。その手つきは真剣そのもので、焚き火の明かりに照らされた横顔には普段の軽薄さが見られない。


 しばらく眺めていると、ふとヤナギが顔を上げた。


「ん?どうした、イトハ姉」


「別に……ただ見ていただけよ」


「そっか」


 ヤナギは小さく笑うと、再び弩へ視線を落とし作業を始める。


「まぁでも、イトハ姉が村に受け入れてもらえて良かったよ」


 その言葉に、イトハは少しだけ目を伏せた。


「ワタシも戸惑ったけど……受け入れてもらえて安心したわ」


 昼間のことを思い出す。

 村へ来る道中は不安で仕方がなかった。痣を見れば嫌がられるかもしれない。追い出されるかもしれない。以前の村で味わった視線や言葉が何度も脳裏をよぎっていた。


 だが、実際は違った。


「稲夫様は痣は危険じゃないと言ってくれた。その後すぐにヒナタちゃんが手を取って村を案内してくれた。村の長の言葉で、ここまで反応が変わるなんて思わなかった」


 右腕の痣をそっと撫でる。

 以前いた村では、この痣を見れば誰もが距離を取った。子供は親に止められ、大人は露骨に顔をしかめる。まるで自分が災いそのもののような扱いだった。

 そんな中で普通に接してくれたのはヤナギだけだった。だからこそ、今日の出来事は未だに現実味が薄い。


「まぁ、稲夫様のおかげだな」


「そうね。感謝しなきゃいけないわね」


 そう答えながら、イトハは改めてヤナギを見る。

 相変わらず何かを削ったり、組み直したりしている。


「ところで、さっきから何をしているの?」


「これか?稲夫様に改良してくれって頼まれたんだ。この武器、とんでもねぇんぞ!」


 ヤナギは嬉しそうに弩を持ち上げ、熱心に語りだした。


「普通の弓と違って、誰が使っても威力が安定して矢が放てる弩っていう武器だ。今の作りだと細かい部分がまだ甘いけど、部品をちゃんと作り直せばもっと良くなるはずだ。矢を置く溝をもう少し真っ直ぐにした方がいいし、弦を引っ掛ける部分も削り直したい。上手くいけばもっと遠くまで飛ぶぞ。いや待てよ、この形なら――」


 興奮するほど口数が増えるのは昔からだ。

 イトハは半分ほど聞き流しながら頷いた。


「あー、そう。そうなのね。とにかく凄いのね」


「ああ!とにかく凄いぞ!」


 まるで子供のように目を輝かせる。

 正直なところ、話の半分も理解できなかったが、一つだけ分かることがある。


 ヤナギは、生き生きしていた。


(それに比べて、ワタシはどうなのかしら)


 ヤナギに連れられ村を逃れ、ヤナギの頑張りで村に受け入れられ、こうして生きながらえている。自分の意志ではなく、ヤナギに生かされている。


 生贄に選ばれたあの日から、死ぬ覚悟はできていた。

 だが、生きる覚悟はできていなかった。


 逃げ出した日から今まで、生き延びたとして、その先で何をするのか。どう生きるのか。そこまでは考えていなかったのだ。


「ねぇ、ヤナギ……ワタシは、これからどう生きていけばいいと思う?」


 ヤナギの手がぴたりと止まった。

 弩を持ったまま固まり、困ったように頭を掻いた。


「急に難しいこと聞いてきたなぁ……」


「ごめんなさい」


「いや、別に謝らなくていいけどさ、オレだってそんなの分からねぇよ」


 ヤナギは少し考え込んだあと、ぽつりと言った。


「そうよね、ごめんなさい……」


「だから謝らないでいいって!まぁ、とりあえずできることをやればいいんじゃねぇか?」


「できること……」


 イトハは焚き火を見つめた。

 炎が揺れ、ぱちりと薪が弾ける。

 いったい何ができるだろうか。今まで厄介者だったワタシが、誰かのためにできる事があっただろうか。


「ワタシにできること、何かあるかしら……」


 思わず漏れた言葉に、ヤナギが不思議そうな顔をした。


「何言ってんだ?イトハ姉なら、とっておきのやつがあるじゃん!」


「……何のこと?」


 ヤナギはにやりと笑ったが、それ以上は何も言わなかった。

 問い返しても教えてくれそうになかったので、イトハは諦めて焚き火へ視線を向ける。

 揺れる炎を眺めながら、もう一度ヤナギの言葉を思い返した。


 ――できることをやればいい。


 何ができるのかはまだ分からない。

 それでも、少しだけ前を向ける気がした。

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