57話 〈五月下旬〉差し伸べられた手
昼下がり。村の広場に集まった面々の前で、イトハは居心地悪そうに立っていた。
「紹介するよ。以前話したイトハさんだ」
稲夫がそう言うと、イトハは戸惑いながら頭を下げた。
「よ、よろしくお願いいたします……」
注がれる視線の中、消え入りそうな声で挨拶する。
すると、その様子をじっと見ていたヒナタが、興味津々といった顔でイトハの痣のある右手を見つめた。
「本当に色ついてる!」
イトハの肩がびくりと震える。
反射的に左手で右腕を抱えて痣を隠そうとするが、その前に稲夫が口を開いた。
「生まれつきだよ。病気じゃないし、触っても何もないから大丈夫だ」
「ふーん」
ヒナタはそう言うと、イトハの手をぺたぺた触る。
「本当だ!平気だ!」
ヒナタは屈託なく笑った。
そこに恐れも嫌悪も感じられない。ただ珍しいものを見つけた子供の反応だった。
「それじゃあ!ヒナタが村を案内してあげる!」
「え?」
イトハが拒む間もなく、ヒナタは痣のある手を掴み引っ張っていく。
「こっち!こっち!早く早く!」
「あ、待って……!」
されるがままにイトハはヒナタに連れられていく。
その後を追うようにロウもついて行った。
「イトハさん!あっちがヒナタ達のお家!それであそこがヤナギさん達が新しく住むために作ったお家!」
三人はそのまま村の奥へ消えていった。
残された大人達は、その様子を眺めていた。
「ヒナタは良い子だねぇ」
「ふふ、そうだね」
アキとツチハルが微笑む。
稲夫も安堵したように頷いた。
正直なところ、事前に話はしていたが、イトハが受け入れられるか少し不安だった。だが、その心配は杞憂だったらしい。
稲夫はイトハ達の姿を見送った後、ヤナギに声をかける。
「そういえば、ヤナギに話があるんだ」
「オレ?」
ヤナギが首を傾げる。
稲夫は住居から弩を取り出しヤナギに見せる。
「これを改良してほしい」
「何これ?」
「弓、でしょうか?」
アキとツチハルが弩を不思議そうに眺める。
その横で、ヤナギは真剣に弩を観察していた。
「なんだこれ?弓に見えるけど、見たことない形してるな」
「まぁ見てろ」
稲夫は弦を引き固定したあと、溝に矢を置く。そして、木を的替わりにして狙いを定め、引き金を引いた。
“パシュ”と弩から矢が打ち出され、的向かって飛んでいく。
しかし、矢は途中で軌道が逸れて、的から数歩手前の地面に落ちた。
「おお!矢がとんで行った!」
「これは面白いね!」
ツチハルとアキが驚き、弩を改めて眺める。
その二人をかき分けて、ヤナギが興奮気味に前へ出る。
「待て待て待て!なんだコレ!?これどうやって作ったんすか!?なんで弦を張ってから矢をつがえたんですか!?しかも弦を引いて固定してましたよね!?普通の弓じゃねぇ!なんですかこれ!?」
「落ち着けって!今教えるから!」
ヤナギは稲夫の返事も待たず、弩をひったくるように受け取り、様々な角度から観察する。
「この溝は何だ?矢を置く部分か?こっちは、弦を引っ掛けるためか?」
「弩っていう武器だ。弦を張って矢を射るんじゃなくて、あらかじめ弦を張っておいて、溝に矢を乗せて打ち出す武器だ」
「なるほど、これなら使い方がわかれば誰でも矢を射れる。なんて武器だ……」
ヤナギは弩を様々な角度から観察し、弦を弾いたり、引き金部分を動かしながら唸る。
「それで、改良できそうか?」
稲夫が尋ねる。
ヤナギは弩と稲夫を交互に見る。
「いいのか?こんな武器を村に来て間もない余所者のオレにまかせて……」
「今さら何言ってるんだ。もうヤナギの事は信頼してるし、よそ者とは思わないよ」
「稲夫様……任せてください!必ず改良して見せます!」
「頼んだぞ」
タケルも短く告げる。
「おう!まかせとけ!」
ヤナギは弩を抱えるように持つと、さっそく何かを考え始める。
その顔には、不安も迷いもない。新しい仕事を任された職人の様な顔だった。




