↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
米農家、異世界で豊穣神になる  作者: コガネシキ弐玉
第三章 五月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
56/79

56話 〈五月中旬〉蘇

 嵐が過ぎ去った翌日。

 空はまだどんよりと曇っていたが、昨日のような暴風雨は収まっていた。

 だが、村の周囲には嵐の爪痕が色濃く残っていた。


 川は大きく増水し、濁った水が轟々と流れていた。

 流木や草が岸へ引っ掛かり、水の勢いだけでも昨日の嵐の凄まじさが伝わってくる。


 そして、田んぼにも嵐の爪痕が残されていた。


「そ、そんな……」


 ミズキが言葉を失う。

 田んぼは冠水していた。

 水面は畦の縁まで増え、濁った水が田一面を覆っている。


 ミズキが立ち尽くす横で、稲夫は無言で田んぼへ近づいた。


(頼むぞ……マジで頼むぞ……)


 もし流されていたら。もし全滅していたら。

 最悪の事態が頭をよぎりながら、半ば祈るような気持ちで水面を覗き込んだ。


 ――稲は、残っていた。


 濁った水の中で、細い稲がゆらゆらと流れに揺れていた。


「よかった……稲は流されてない。これなら大丈夫だ」


「ほ、本当ですか!?」


 沈んでいたミズキの表情がぱっと明るくなる。


「ああ。活着が間に合っていてくれたから、流されずに耐えたんだと思う。とはいえ、まずは水を抜こう」


 そう言うと、稲夫は石器の鍬を持ち上げ、畦へ打ち込んだ。


 ざくり――。


 ガチガチに踏み固めた畔だったが、雨で柔らかくなっており、思ったより簡単に崩れる。

 崩れた切れ目から、濁った水が音を立てながら田の外へ流れていく。


「畦を壊してしまって、よろしいのですか?」


「大丈夫。また作ればいい。それに、今は排水口の水門も壊れてるしな」


 稲夫の視線の先では、排水口側の水門へ大岩がめり込んでいた。タケルが昨日、強引に叩き込んだ岩だ。


「あれは……兄様、ですよね?」


「うん、というか、タケルしかできないよ……」


 ミズキはあきれ気味に息を吐き、その様子に稲夫は苦笑した。


 崩した畔から水の流れる音だけが響く。

 二人は無言で流れる水を見ていた。

 やがてミズキが、小さく口を開いた。


「その、新しく来られるイトハ様は、どのような方なのですか?」


「あー……」


 稲夫は頭を掻く。

 今朝、稲夫は村の皆へヤナギとイトハの事情を説明していた。

 突然の話に驚きはあったが、ひとまず受け入れてくれる流れにはなっていた。

 今は二人が住むための住居も作り始めている。


「ちょっと驚くかもしれないけど、身体に痣があるんだ。でも、病気とかではないし、それ以外は普通の人だよ」


 ミズキは少し考えるように目を伏せた。


「その……イトハ様を怖いとは思いません。ですが、稲の病という話を聞いて、少し不安になってしまって……」


「それは大丈夫だ。それに、今朝ヤナギから詳しく話を聞いたけど、多分、“いもち病”だと思う」


「いもち病?」


 ミズキが首を傾げる。


「雨が続いたり、湿気が多かったりすると出やすい病気だよ。稲に茶色っぽい斑点が出て、酷くなると枯れてしまう」


 ミズキの顔へ、不安が浮かぶ。


「私達の村の稲は、大丈夫でしょうか……」


「今のところは大丈夫だ。それに、種籾を温湯消毒したからなりづらいはずだ」


「そうなのですね……ですが、もし病になってしまったら、どうすればよいのでしょうか?」


「かかった稲自体は、もう治せない。病気が広がる前に、病気になった稲を引き抜くしかない」


 ミズキは小さく息を呑んだ。


「では、ヤナギ様たちの村の稲は……」


「聞いた話だと、病気の稲を抜く対処はしてないらしい。そうなると、多分もうかなり広がっていると思う」


 稲夫は苦い顔をする。

 本当なら村に赴いて助けてやりたかった。

 病気の稲を処分し、広がりを抑える方法を伝えたかった。


 だが、現実はそう簡単ではない。


 ヤナギ達を保護した以上、向こうの村からすれば、こちらは敵に近い。

 しかも、外から来た人間が「稲が病気だから抜け」などと言っても、受け入れられるはずがない。


 ミズキもそれを察したのか、沈んだ表情で俯いた。


「……悲しいことですね」


「ああ」


 稲夫は短く答えた。

 その頃には、田んぼの水もかなり抜けていた。

 濁った水面の下から、無事だった稲が少しずつ姿を現していく。水の下から現れた稲は、泥水をかぶりながらも、しっかりとその場へ根を張っていた。


「よかった……ちゃんと残っています!」


「ああ、そうだな」


(本当によかった!昨日から寿命縮みっぱなしだよ!)


 ミズキが、ほっとしたように息を吐く。その様子を見て、稲夫もようやく肩の力を抜いた。


「よかったな。あんな天気じゃ、ずっと田んぼが心配だっただろ?」


 稲夫が笑いながら言うと、ミズキは不満そうに視線をそらした。


「……稲も心配でしたが、嵐の中なかなか戻ってこない稲夫様たちの方が、ずっと心配でした」


 普段は感情を表へ出さないミズキだが、今回は流石に思うところがあるらしい。


「あー……その、ごめん。何というか、いろいろあってだな……」


 結局、昨日は嵐が弱まる夕方まで戻れなかった。そうなれば当然、一人残されたミズキは心配だっただろう。


「いや、本当に悪かったよ。次は心配かけないようにするからさ」


「……どうやって、ですか?」


「……えーっと、次は嵐が過ぎるまで、大人しくしてます……」


 どうにか機嫌を直してもらおうと取り繕おうとする。


「その、でしたら……」


 ミズキが言いづらそうに口を開く。


「今度、雨の日が来たら、また文字を教えていただけませんか?」


 その言葉に、稲夫は少し目を丸くする。

 だが、すぐに笑った。


「もちろん。今度は新しい文字も教えるよ」


「……はい!」


 ミズキは嬉しそうに頷いた。


 曇り空の下。

 嵐を耐え抜いた稲は、静かに風へ揺れていた。

※いもち病は、稲に発生する代表的な病気の一つです。

カビの一種が原因で発生し、雨が多く湿気が高い年に広がりやすくなります。

葉に茶色く縁取られた灰白色の斑点が現れ、悪化すると稲が枯れたり、米が実らなくなったりします。

対策として、病気の稲を抜く、種籾の消毒や病気に強い品種を育てる、農薬の使用などがあります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。