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米農家、異世界で豊穣神になる  作者: コガネシキ弐玉
第三章 五月

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51話 〈五月中旬〉恵み

 夕暮れ時。

 赤く染まり始めた空の下、稲夫は村の中央付近から漂ってくる匂いに気がついた。


「なんか、今日はいい匂いするな」


 匂いを辿ると、アキが大きな土器の前で汁物をかき混ぜていた。土器の下では火がぱちぱちと音を立て、湯気が立ち昇っている。


「お、稲夫様。もうすぐできますよ」


 アキは木の匙で汁を混ぜながら振り返った。

 稲夫はふと気が付く。アキが使っているのは、両手で抱える程の大きな土器だった。


「いつの間にこんな立派な土器作ったんです?」


「最近生活に余裕できてきたから、地面に穴掘って作った窯で焼いたんですよ」


 以前より大きな土器が増えているのも、その窯のおかげなのだろう。

 食事を載せる土器、物を運ぶ土器、食べ物を保存する土器――思い返せば、用途ごとに様々な土器が作られていた。


「ほんと助かってます。前よりかなり生活が楽になりました」


「そりゃよかったよ。わざわざ窯を作って焼いた甲斐があったね」


 アキが満足げに笑う。

 その後ろの林からヒナタとロウが駆けてきた。


「お母さーん!これ食べられるー!?」


「たええるー?」


 そう言うと、ヒナタは抱えていた土器をアキに見せる。


「どれどれ――って、うわっ!?」


 土器を覗き込んだアキだったが、身をのけぞり、目を剥いた。

 ヒナタが持ってきた土器の中には、ぴちぴちとカエルがひしめき合っていた。


「ど、どっかに捨ててきな!」


「えー!せっかく集めたのに!」


「うきゃー!」


 ヒナタは不満げに頬を膨らませる。

 ロウはアキの反応が面白かったのか、無邪気に笑っていた。


「あ、カエルを捨てるなら田んぼの中に放してほしい」


「え?田んぼに入れていいんですか?カエルですよ?」


「ええ、カエルは害虫を食べてくれる益虫ですから」


「え、益虫?」


「稲作をするのに都合のいい生き物を益虫って言うんですよ。カエル以外にも、クモやトンボも害虫を食べてくれます」


「カエルって役に立つんですね……ウチは苦手やけど」


「なんでも慣れですよ。俺も虫とか最初は苦手でしたから」


 昔は、田んぼにうごめく生き物を見るたびに身構えていた。

 だが、毎日のように見ていると、不思議と気にならなくなってくる。


 稲夫が昔を懐かしんでいると、アキが「あっ」と何かを思い出したように声を上げた。


「そういや今日の汁物、田んぼで取れた生き物入れてるんですけど……取ったらまずかったですか?」


「根こそぎ取ったりしなければ大丈夫ですよ。川も近いですし、また入ってきますから」


「それならよかったです。よろしければ味見してみます?」


 アキは土器の中から木の匙ですくい、小さな土器へ移し稲夫に渡す。


「これは……」


 稲夫は言葉に詰まった。

 汁の中には小ぶりな巻貝、タニシがごろごろ入っていた。

 黒っぽい殻が渦を巻き、ぬらりと光っている。


(た、タニシか……)


 食べられることは知っている。祖父も昔話で「田んぼで取ったタニシをよく食った」と言っていた。

 だが、“食べられる”と“食べる”の間には、とてつもなく大きな壁がある。

 特に黒っぽい渦巻き状の見た目が絶妙に食欲を削ってくる。


(いやでも、さっき“なんでも慣れ”とか言った手前、食べないわけには……)


 稲夫は内心で葛藤する。

 衛生面、寄生虫、文化、色々と言い訳を思い浮かべる。

 だが、期待するような目で見てくるアキを前に、今さら「やっぱ無理」と云えなかった。


「い、いただきます……」


 観念して口へ運ぶ。

 独特の歯応えはあるが、思っていたほど泥臭くはない。むしろ汁に貝の出汁が出ていて、普通に食べられた。


「……お、おいしい」


「そりゃよかったです」


 アキが得意げに笑う。

 稲夫は、もう一度タニシへ視線を落とした。

 見た目は相変わらず「食べ物」という感じがしない。だが、実際に食べてみれば普通に美味いのだから、不思議なものだった。


(先入観って良くないな)


 いや、これは慣れなのだろうか。

 そんなことを考えていた、その時だった。


「お母さーん!助けてー!」


 ヒナタの悲鳴が響く。

 稲夫とアキが同時に振り返ると、ヒナタが泣きそうな顔でこちらへ走ってきていた。


「どうした!?」


 ヒナタの後ろでは、ロウが満面の笑みで大きな蛇を掲げてこちらに駆けてくる。


「ぎゃああああ!何持ってきてるの!?早く捨てなさい!!」


「たええるー?」


 ロウは首を傾げながら、笑顔で走ってくる。


「駄目だ!意味が通じてない!逃げろ!」


 稲夫は叫びながら、反射的に立ち上がり駆け出す。アキも悲鳴を上げながら逃げ出すが、ロウは楽しそうにその後を追いかける。

 夕暮れの村に、悲鳴が響き渡る。

 どうやら、“慣れ”だけではどうにもならないものもあるらしかった。

※基本的に益虫は“害虫を食べる虫”を指します。ですが、ミミズ等の枯れ草等を分解して土を豊かにする生物や、ドジョウのような泥を動かして、水や酸素を循環させる生き物も益虫と呼びます。

作中のタニシも田んぼの藻を食べて水質を改善してくれるため益虫とされています。

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