52話 〈五月中旬〉神の秘密
夜、夕食を終えた村では、焚き火の周りでそれぞれが思い思いに休んでいた。
そこから離れた場所でヤナギは竹筒に入った水を飲みながら、焚き火の側で話している稲夫とタケルをぼんやり眺めていた。
「豊穣“神”ねぇ……」
「どうしたの?」
ぼやいた言葉に、たまたま通りかかったヒナタが、不思議そうに首を傾げる。
「あー、いや、別に?ただ、稲夫さんってどんな人なのかなーって思ってさ」
「それならヒナタ知ってる!教えてあげる!」
ヒナタは嬉しそうに身を乗り出した。
「稲夫様はね、ほうじょーの神様なの!田んぼのこといっぱい知ってるんだよ!それにとっても優しいよ!」
「へぇーそうなんだー」
ヤナギは愛想笑いを浮かべながら頷く。
「でもでも!たまに変な事してる!うんこ集めたりとか!」
「えぇ……そういう趣味?いや、流石になんか目的があるんじゃないか?」
ヤナギの表情が微妙に引きつる。
豊穣神というより、何か別の怪しい集団の気配を感じ始める。
「他にはなんかこう……怪しい儀式とかしてたりしない?供物捧げたりとか、何か崇めてたりとか」
「うーん?よく分かんない!」
「だよねぇ……」
ヤナギは苦笑しながら竹筒に入った水を飲む。
するとヒナタが「あっ!」と声を上げた。
「そういえば前、稲夫様とタケルさんが裸で抱き合ってた!」
「ぶふっ!?」
ヤナギは盛大に水を吹き出した。
「げほっ!ごほっ!?え!?何て!?」
「本当だよ!前ヒナタが川で溺れちゃった時に見たよ!」
「い、いや……それはきっと何か理由があったんじゃないかな!?寒くて体温温めるとか!?」
必死に取り繕うヤナギに、ヒナタはきょとんと目を瞬かせる。
「そうなの?」
「そう!きっとそう!というか、そうであってくれ……」
ヤナギは自分に言い聞かせるように、祈るように口にする。
「ヤナギさん?どうしたの?ヤナギさんもタケルさんと裸で抱き合いたかったの?」
「違う違う!どうしてそうなる!」
ヤナギはぶんぶんと首を横に振りながら、全力で否定した。
「他には!他に何かなかったかな!?抱き合ってた以外で!」
ヒナタは「えっとねぇ……」と少し考え込む。
「あ!最近、稲夫様とタケルさんが二人で人のいないとこに行ってたりする!」
ヤナギの顔から、すっと表情が消えた。
「……ヒナタちゃん、そういうのは人に言わないもんなんだぜ」
「えっ!?そうなの!?」
「そうそう。そっと見守ってあげてね」
「分かった!そっと見守っとくね!」
ヒナタは素直に頷く。
その時、少し離れた場所からアキの声が飛んできた。
「ヒナター!ちょっとこっち手伝ってー!」
「はーい!」
ヒナタは勢いよく返事をする。
「じゃあね、ヤナギさん!」
「おう、頑張ってこいよー」
ヤナギは手を振りながら去っていくヒナタを見送った。
「なんか疲れた……なに聞いてんだオレは……」
ヤナギは両の手で頭を抱える。
妙な情報ばかり流れ込んだヤナギの思考は、完全に混乱していた。
「随分と楽しそうだな」
「うおぁっ!?」
いつの間にか側に立っていたタケルに、ヤナギは飛び上がった。
「な、なんですか急に!?というかいつからそこに!?」
「……何故、尻を押さえている」
ヤナギは慌てて手を離す。
「い、いや!?ちょっと厠行こうかなって!」
ヤナギは愛想笑いを浮かべながら足早に立ち去ろうとする。
「そっちは厠と反対側だ。どこに行く気だ?」
「えっ……あー!そうでした!こっちじゃなかった!まだ場所うろ覚えだったんで間違えました!」
「……村に残りたいなら、怪しまれる行動は取るな。おとなしく過ごし、村に尽くせ」
「は、はい!そうさせてもらいます!」
ヤナギは勢いよく頷くと、今度こそ本当に厠の方へ逃げていった。
その背中を見送りながら、タケルは深く息を吐く。
「兄様、ここにおられましたか」
その後ろからミズキが歩いてきた。
「ミズキか。どうした?」
「お告げがありました。明日は雨が降ります。いえ、もしかしたら、嵐になるやもしれません。今夜のうちに備えた方がよいかと」
「……分かった」
タケルは静かに頷く。
そして一瞬だけ、ヤナギが消えていった暗がりへ視線を向けた。
夜風が吹き、焚き火の火が揺れる。
その火がタケルの険しい表情を僅かに照らした。
※ヒナタの発言は11話と17話と47話参照




