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米農家、異世界で豊穣神になる  作者: コガネシキ弐玉
第三章 五月

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50話 〈五月中旬〉水を治める

 柔らかな朝日が田んぼの水面を照らしていた。

 稲夫、ヤナギ、ミズキの三人は、完成したばかりの木と竹を組み合わせて作られた水門の前に立っていた。


「こんなもんかな」


 ヤナギは腰に手を当て、満足そうに頷く。


「じゃ、開けますよ」


 ヤナギが取水口の木板を持ち上げる。

 すると、堰き止められていた川の水が勢いよく水路へ流れ込んだ。


「おぉ!」


 澄んだ水は細い水路を走り、そのまま田んぼへ広がっていく。

 乾いていた泥の間を縫うように水が流れ、ゆっくりと田全体へ行き渡っていった。


「ちゃんと流れてます!」


 ミズキは目を輝かせながら、水路を流れる水へ駆け寄った。

 ヤナギは得意げに鼻を鳴らした。


「いやぁ、完璧っすね。自分で言うのもなんですけど、惚れ惚れする出来だ」


「お前、その自信どっから湧いてくるんだ……」


 稲夫は呆れ半分に苦笑する。


「ミズキさん!そっちの水門も試しに動かしてみてください!」


「はい!」


 ミズキは田の反対側へ駆けていく。そして排水口の木板をゆっくり引き上げた。

 すると今度は、田んぼに溜まっていた水が排水路へ吸い込まれ、そのまま川へ流れていく。


「よかった、ちゃんと排水もできてるな」


「そうでしょう?こんな見事な水門を作ったんですから、ミズキさんからもっと称賛の言葉をいただいても罰は当たらないと思うんすよねぇ!いやぁ、美しい人に褒められると職人冥利に尽きるっていうか、やる気も倍増するっていうか――」


 ヤナギは得意げに笑いながら、さりげなくミズキへ視線を向ける。


「え?あ、はい。見事な出来だと思います」


「いやぁ、その一言で頑張った甲斐がありました!その調子で褒めてもらえたら、明日には橋くらい作れる気がしてきました!」


 ヤナギは上機嫌に笑いながら、得意げに胸を張る。

 対するミズキは、少し困ったように笑みを返していた。


(仕事も速いし、びっくりするくらい有能なんだけどなぁ……)


 目の前の自信に酔いしれているヤナギを見て、稲夫は頭を抱えたくなる。

 仕事は早いし技術もある。しかし、隙さえあればミズキを口説こうとしている為、稲夫の中で優秀な職人と問題児と言う評価を反復横跳びしていた。


「……楽しそうだな」


 どう評価をしたらいいか考えあぐねていたところ、低い声が背後から響いた。

 いつの間に来ていたのか、タケルがこちらを見ていた。


「ひっ」


 ヤナギの肩がびくりと跳ねる。

 さっきまでの余裕はどこへ行ったのか、一瞬で姿勢を正した。


「は、はい!楽しいです!物作り大好きなんで!ちゃんと真面目に仕事してました!そうですよね!?」


 ヤナギは慌てたように水門を指差す。

 タケルは無言のまま、水門とヤナギを交互に見た。


「稲夫様。こいつ、問題は起こしていませんか?」


 その言葉に、ヤナギが凄まじい勢いで稲夫へ視線を送ってくる。


(助けてくださいお願いします何でもします)


 そんな心の声が聞こえてきそうな必死の目だった。


「うーん、まぁ、今のところは大丈夫だよ。ちゃんと働いてる」


「本当っす!めちゃくちゃ働いてます!」


「お前は黙ってろ」


「はい!」


 ヤナギは即座に口を閉じる。

 タケルは小さく息を吐き、ヤナギを真っ直ぐ見据える。


「何もないのなら構いません。ですが、ミズキへ妙な真似をしたら埋めますので」


「オレ埋められるの!?怖い怖い怖い!」


 ヤナギは引きつった笑みを浮かべながら、一歩下がる。

 タケルを中心に剣呑な空気が流れる。

 その空気に居たたまれなくなったのか、ミズキが小さく咳払いをした。


「稲夫様、田植え後の田んぼの水位は、これぐらいでよろしいのでしょうか?」


 田んぼの水は浅く、植えたばかりの苗の根元が見えている。


「あぁ、今日は浅水で大丈夫だ。田植え後しばらくは活着するまで、暖かいなら深くし過ぎない方がいい」


「活着、ですか?」


「植えた苗がちゃんと土に根付くことだよ。まだ“植えた”だけで“根付いた”訳じゃないから、しばらくは気温や水の深さにも気を付けないといけない」


「なるほど……」


 ミズキは真剣な表情で頷く。


(昔、田植え直後に水多くしすぎて苗が浮いたことあったんだよなぁ……)


 稲夫は昔の失敗を思い出し、少し遠い目をした。

 昔、田んぼに水を入れたはいいが、止めるのを忘れて田植え直後から深水にしてしまったことがある。結果、苗は根付く前に流され、植え直す羽目になった。


(あの時は苗が余ってたから笑い話で済んだけど、今やったら普通に洒落にならないんだよな……)


 そんな稲夫の重たい内心など露知らず、ヤナギは感心したように声を漏らした。


「いやぁ、稲夫さんって本当に田んぼ詳しいっすねぇ」


 ヤナギが感心したように声を漏らす。

 すると、ミズキがどこか誇らしげに胸を張った。


「当然です。稲夫様は豊穣神ですので」


「豊穣神?」


 ヤナギがきょとんと目を瞬かせる。


「いや、確かに田んぼにはめちゃくちゃ詳しいとは思ってましたけど……」


 半信半疑といった表情だった。

 その言葉に、ミズキの表情が僅かに硬くなる。

 少し離れた場所で水門を確認していたタケルも、無言のままヤナギへ視線を向けた。


「ヤナギさん、稲夫様をあまり軽く扱ってはいけません。私たちは稲夫様に導いていただいているのですから」


「ミズキ、大丈夫だよ。ともあれ、水門作ってくれたのは本当に助かったよ。ありがとう、ヤナギ」


「まぁ……木工は得意分野なんで、何かあれば何でも言ってください」


「“何でも”か……その言葉、忘れるなよ」


 タケルがじろりと睨む。


「やっぱ今のなしで!」


 ヤナギは即座に前言撤回し、勢いよく首を横に振った。

 せっかく落ち着きかけていた空気が、また妙な方向へ転がっていく。


(この二人、本当に仲良くやれるのか……?)


 稲夫は頭痛を堪えるように額を押さえた。

※田植え後、稲はすぐに成長を始めるわけではありません。

まずは田植えの際に傷ついた根を回復させ、新しい根を土へ伸ばしていきます。これを「活着」と呼びます。

田植え直後の苗はまだ土にしっかり根付いていないため、水を深く入れすぎると浮き苗になったり、風や水の動きで倒れたりすることがあります。

一方で、気温が低い時や強風が予想される時は、深水にして苗を保温・保護することもあります。

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