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米農家、異世界で豊穣神になる  作者: コガネシキ弐玉
第三章 五月

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48話 〈五月中旬〉流れ

 早朝、稲夫はツチハルに呼び出され、拠点の外周へ来ていた。


「やっぱり、崩れちまうか」


 目の前では、掘ったばかりの堀の一角が大きく崩れていた。

 以前、雨で崩れた箇所を直したばかりだったが、昨夜の雨で再び土が緩んでしまったのだろう。


「堀は土で押し固めはしましたが……いかがいたしましょうか?」


 ツチハルは崩れた箇所を見つめ、小さく息を吐いた。

 ここ最近、ツチハルが中心となって堀作りを進めていた。その甲斐あって、ようやく村の外周を掘り終えたばかりだったのだ。


(次は柵を作ろうと思ってたんだけどな……)


 稲夫は崩れた土を見ながら頭を掻く。

 このままではまた雨で崩れるかもしれない。まずは堀の補強を優先するべきか。

 どうしたものかと悩んでいた、その時だった。


「どわあああああああ!!!」


 林の方から男の悲鳴が響き渡る。


「うおっ!?なんだなんだ!?」


 稲夫とツチハルは顔を見合わせ、すぐさま悲鳴の方へ駆け出した。

 林を抜けた先。そこにはタケルと、オウカに押さえつけられている見知らぬ男がいた。


「た、助けてくれ!食い殺される!」


 男はオウカに地面にうつ伏せで押さえ込まれていた。

 タケルより若いだろうか。短く切った黒髪に、麻の服を身に着けた細身の身体。妙に顔は整ってはいたが、顔は青ざめ、恐怖で崩れていた。


「これは……タケル、いったい何があった?」


「オウカと狩りの訓練中、怪しげな人影が見えたので、オウカに襲わせました」


「襲わせたの!?」


「村の周囲を窺っていましたので」


「いや、まぁ……それは怪しいけども……」


 怪しい人物の対応として間違ってはいないのだろう。間違ってはいないのだろうが、殺意の高さに若干引いた。

 

「オレ!全然怪しくないから!善良な人間です!助けてください!」


 地面に押さえつけられている男は半泣きで命乞いしている。

 対してオウカは、獲物を逃がすまいと静かに押さえつけてはいる。


「と、とりあえず話を聞いてみないか?」


「分かりました。オウカ、離れろ」


 タケルは短く指示をだし、オウカへ視線を向ける。

 すると、オウカは素直に男から離れた。


「し、死ぬかと思った……」


 男はふらふらと立ち上がった。

 だが次の瞬間、タケルの鉄製の矛が喉元へ突きつけられる。


「ひぃっ!?ま、待って!ちょっと矛近くない!?」


「名前は?どこから来た?それと、何故この村を窺っていた?」


「オ、オレはヤナギって名前で!流れ者で! 偶然この村を見つけて!住ませてくれないかなーって様子を伺ってました!」


 タケルに矛を向けたまま、必死で訴える。

 そんなヤナギを、ツチハルは難しい顔で見ていた。


「流れ者ですか……人手は欲しいですが、見知らぬ者を入れるのは……」


「斥候の可能性がある。どこかの集団が、この辺りを探らせているかもしれん」


 タケルは矛を構えたまま警戒を解かない。

 その様子を見ながら、稲夫はヤナギが武器を持っていないことに気付く。


「でも武器とか持ってなさそうだし、斥候なら丸腰で近付いてくるか?」

 

「……確かに、丸腰なのは気になります。それに、戦い慣れている者には見えません」


 稲夫の言葉にタケルは少しだけ考え込み、ゆっくりと矛を下ろした。


「先ほどの悲鳴はどうしましたか!?」


 そんなやり取りをしていたところに、ミズキが慌てた様子で駆け寄ってくる。


「不審な男が村の周囲を窺っていたから、オウカに襲わせた」


「襲わせたって、兄様……身元が分からない者をいきなりですか?いくらなんでも酷いですよ?」


 タケルの言葉に、ミズキの表情が微妙に引きつる。

 その横で、ヤナギの目がぱっと輝いた。

 さっきまで半泣きだったことなど忘れたように、ヤナギはミズキへ歩み寄り、優しくその手を取った。


「流れのオレを庇ってくださるとは、何て心清らかな人なんだ……心だけでなく、出で立ちも朝露に濡れた花のように可憐で、月みたいに麗しい」


「え?あ、あの――」


 ミズキは突然のことに困惑して、目を瞬かせる。

 しかし次の瞬間、『ゴスッ!』と鈍い音を立て、タケルの拳がヤナギの顔面にめり込んだ。


「ぐはっ!?」


 ヤナギは勢い良く吹き飛び、地面へ転がる。


「稲夫様、こいつは駄目です。つまみ出しましょう。いえ、野盗になることも考えられますので、この場で殺しましょう」


 タケルは地面に突っ伏しているヤナギを汚物を見るような目で見下ろしながら、矛を構える。


「ちょ、落ち着け!一旦落ち着こう!?な!?」


 稲夫は慌ててタケルを止める。

 ミズキも困惑した様子で両手を振った。


「あ、兄様、私は大丈夫ですので、さすがに殺すのは……」


 そこへ、さらに足音が近づいてくる。


「何の騒ぎだい!?うわっ!?あんた大丈夫かい!?顔がえらいことになってるよ!」


 駆けつけてきたアキが、地面に転がるヤナギを起こしてやる。

 そしてヤナギはアキを見るなり、拳の形に凹んだ顔を輝かせた。


「おぉ……こんなオレを心配してくださるとは、何て慈愛に満ちた人なんだ……その優しさでオレを包み込んで、共に愛を育みませんか?」


「キッショ!!!死ねや!!!」


 バチィンッ!!


「ぶはっ!?」


 アキは全力のビンタをヤナギの顔にたたき込む。

 ヤナギは情けない声を上げ、再び地面へ倒れ込んだ。


「稲夫様……やはり、つまみ出しましょうか?」


「いや、でも……ごめん、やっぱりちょっと考えさせて」


「しっかり働きます!役に立ちますので!どうか見捨てないでください!」


 ヤナギはボロボロになりながら姿勢を正し、地面に頭を押し付け懇願する。


 稲夫は眉間を押さえる。

 正直、不安しかない。だが人手が欲しいのも事実だった。

 田んぼ、拠点、訓練、やることはいくらでもある。


「……はぁ、分かった。ひとまず村に置こう。ただし、変なことしたらすぐ追い出すからな?」


「しません!絶対しません!ありがとうございます!」


 ヤナギは勢いよく頭を地面に擦り付ける。

 その様子を見ながら、ツチハルが口を開いた。


「しかし、住居が足りませぬ。いかがいたしましょう?」


「柵用の木材を置いている資材置き場なら空いている。あそこならば屋根もある、最低限雨風は防げるだろう」


「え〜、資材置き場〜?」


 ツチハルとタケルの会話に、ヤナギが露骨に不満そうな声を漏らす。


「……オウカの小屋ならば一人分寝れるだろう。監視にもなるしちょうどいいな」


 タケルは、ゆっくりオウカへ視線を向けた。視線が合うと、オウカが「ヴォン」と低く唸る。


「嘘です!嘘嘘!オレ資材置き場大好き!」


(こいつ……本当に大丈夫か?)


 稲夫はそんな様子を見ながら、頭痛を堪えるように額を押さえる。

 労働力や防衛力以上に、不安がものすごく増えた気がした。

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