47話 〈五月中旬〉村を守るために
田植えを終えた翌日。
稲夫は村外れの木陰に腰を下ろし、目の前に並べた木材を見つめていた。
「よし、やるか」
ぽつりと呟き、並べてあった木材を手に取る。
田植えは無事終わった。
もちろん、これで終わりではない。水の管理もあるし、雑草も生えてくる。これから先の方が長い。
それでも、ひとまず大仕事を乗り越えたことで多少の余裕はできていた。
だからこそ、今のうちに『アレ』を、クロスボウを作っておきたかった。
「できれば二度と思い出したくない記憶なんだけどな……」
脳裏に学生時代の記憶が思い浮かぶ。
ネットで作り方を調べ、友人たちと見様見真似で作った簡易クロスボウ。
河原で空き缶やペットボトルを並べ、矢を撃ち込んで遊んでいた。
当時の自分達は「秘密兵器完成!」とか本気で騒いでいた。今思えば完全にバカである。
そして当然のように通報された。
パトカーが来た時に事の重大さに気づいたが、時既に遅し。学校と親に連絡が行き、退学処分まで検討された。
結局、顧問が頭を下げて回ってくれたおかげで、特別指導という形で何とか収まった。その後、顧問に死ぬほど怒られたが。
(まぁ、そのおかげで作り方だけは今でも覚えてるんだけどな……)
問題は道具だ。
現代ならノコギリもヤスリも釘も接着剤もある。
だが今の稲夫の手元にあるのは、未加工の木材、 蔦で結われた縄、獣の腱、それっぽい形の骨、いくつかの石器だけだ。
「まぁ、やるしかないか」
まず本体部分の作成に取り掛かる。
できるだけ真っ直ぐな枝を削り、中央に矢を乗せる細い溝を刻む。
木の節に引っかかり、歪んで曲がっている気がするが、ひとまず掘り終えた。
「次は引き金部分だな、ここが面倒なんだよな……」
稲夫は小さく呟く。
噛み合いが浅ければ暴発するし、深すぎれば引き金が動かない。
現代なら金具で済む部分だが、今は自作しなくてはならない。
それっぽい形の骨を削り、引き金部分を作る。
「次は弓部分かな」
しなる木を選び、慎重に削りながら少しずつ曲げていく。
無理に力をかければ折れる。慎重に、慎重に曲げて行き、獣の腱を張る。
最後に部品同士を組み合わせ、縄で縛り完成した。
「すげぇ頼りねぇな……」
稲夫は完成したクロスボウを持ち上げる。
形だけなら確かにクロスボウだ。だが、どう見ても“頑張って作った木工工作”である。
左右のバランスが怪しいし、引き金部分も妙に引っ掛かる。
「これ大丈夫か?暴発して自滅――とかないよな?」
苦笑しながらも、稲夫は立ち上がった。
ひとまず、試射してから考えよう。
稲夫は、木を的代わりにクロスボウを構える。
「頼むぞ……少なくとも暴発だけはやめてくれよ!」
弦を引き、矢を溝へ乗せる。
そして、引き金を引いた。
バシュッ。
乾いた音と共に矢が飛ぶ。
だが、矢は途中で勢いを失い、的の木まで届く前に地面へ落ちた。しかも横に大きく逸れてしまっていた。
「やっぱり、そう簡単にはいかないよな」
稲夫は頭を掻く。
ノコギリもミノもない。
あり合わせの道具と素材で素人が作ったのだ。こうなることはある程度予想していた。
それでも、五稜郭の防衛力を生かすなら射手が必要だ
弓兵は強い。
高所と柵を利用すれば、防衛力は一気に上がる。
だが問題は育成だ。弓は難しい。
生きるだけで手一杯の今の村に、射手を育てる余裕はない。
「まぁ、根気よくやっていくか」
稲夫は地面に座り込み、歪んでいる部分を削り始めた。
弦を張り直し、削りの甘い部分を修正する。何度も試し、少しずつ形を整えていった。
「今度こそ頼むぞ」
そして再び木に向けて試射する。
放たれた矢は先ほどより勢いよく飛び、的の木まで迫る――その時だった。
「稲夫様、話があります」
的にしていた木の横から、タケルが姿を現した。
「危ない!」
稲夫が叫ぶより早く、逸れた矢がタケルめがけて飛んでいく。
「っつ!」
タケルは反射的に身を捻った。
矢が胸元を掠める。同時に、背負っていた鉄製の矛へ手をかけ、低く身構えた。
「タケル!大丈夫か!?」
稲夫が慌てて駆け寄ると、タケルはゆっくり構えを解いた。
「当たらないでよかった!すまん……試射する時、もっと周囲を確認するべきだった……」
「俺は大丈夫ですが……その、手にしている弓のような物で矢を射ったのですか?」
「見たことないか?クロスボウ――いや、弩って言ったほうがいいか。これに矢を入れて放つんだよ。使ってみるか?」
稲夫は弩を差し出すと、タケルは興味深そうに受け取った。
「まず、弦を後ろまで引く。次に溝へ矢を置いて、この引き金を引くだけだ」
タケルは稲夫の指示通り、弦を引き、矢を置くと、木に向けて引き金を引いた。
バシュッ。
矢は木へ向けて飛んでいくが、先ほどと同じように、的から大きく逸れて地面に落ちる。
「これは……」
「こんな感じで、引き金を引くだけで撃てるんだけど、出来が悪くてさ……時間はかかるけど、ちゃんと射手を鍛えたほうがいいのかなぁ」
「俺は、この弩?と言うものを作るべきだと思います」
「そうだよな、思いつきで動いた俺が間違って――え?」
思わぬ返答に稲夫は目を瞬かせた。
タケルは弩を見つめながら続ける。
「これならば訓練の時間をさほど取りません。それに、訓練で弓が扱えたところで、実戦で同じことができるかは別です。先々を考えるならば、作るべきです」
「……タケルがそこまで言うなら、やってみるか」
「俺も手伝います。それに、背中から味方に矢を撃ち込まれたくないので」
「さっきはほんとごめん!ちゃんと飛ぶように作るから許して!」
稲夫は勢いよく頭を下げる。
その様子にタケルは小さく息を吐き、わずかに口元を緩めた。
稲夫の村を守るための新しい武器作りは、前途多難になりそうだった。




