↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
米農家、異世界で豊穣神になる  作者: コガネシキ弐玉
第三章 五月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
46/79

46話 〈五月上旬〉田に根付く命

 晴れ渡る空だった。

 田の水面は鏡のように空を映し、微かな風が通るたびにさざ波が広がる。


「いい天気だ。田植えをやるには絶好の日だ」


 稲夫は空を仰ぎながら、田んぼの水に指を入れ水温を確かめる。

 指先に伝わる水は、朝の冷たさをわずかに残しながらも、十分に温んでいた。


「水温も申し分ない。予定通り、田植えを始めよう」


 その言葉に、朝早く田んぼに集まっていた皆の顔が引き締まる。


「ツチハルさんとアキさんは、縄引きを頼みます」


「承知しました」


「わかったよ」


「ミズキは苗取りを頼む。ヒナタとロウは、それを運んでくれ」


「畏まりました」


「ヒナタ頑張る!」


「ぐぁーある!」


 ミズキは静かに頷く。

 ヒナタは元気よく返事をして、ロウはそれに続いて負けじと声を張り上げた。


「ヒナタ、転ばないようにね」


「転ばないもん!」


 アキが茶化すと、ヒナタは頬を膨らませて拗ね始める。


「それで、俺とタケルは植える役だ」


「稲夫様、俺は稲を植えたことがないのですが、大丈夫でしょうか?」


「大丈夫だ。難しい作業じゃないし、やり方はちゃんと教えるから」


 皆の不安そうな視線がタケルに集まる。

 ——特にミズキ。


「では、私は苗を取ってまいります。兄様——くれぐれも、苗を粗末にしないように」


 ミズキが苗代へ向かうと、ヒナタとロウもぱたぱたと後を追った。


「なぁ、ミズキはタケルのこと凄い心配してないか?」


「はい……その、俺は昔から作業が雑だと皆に言われていたからでしょう。そんなことはないと思うのですが……」


 タケルは腕を組み、不思議そうな顔をして考え込む。


(本人の自覚がないタイプか……)


 住居の床が石だらけでも気にしていなかったあたり、少なくとも繊細ではないのだろう。

 稲夫は苦笑し、視線を外して苗が届くまでやり過ごした。


 しばらくして、苗を両手に抱えたヒナタとロウが戻ってきた。


「持ってきたよー!」


「もってきあー!」


「二人共、ありがとう」


 稲夫は苗を受け取る。

 苗には無駄な傷がなく、根には適度に泥が付いている。


(ミズキ、ちゃんと綺麗に抜いてくれたな)


「よし、始めるか」


 稲夫は縄を持つ二人へ視線を向ける。


「ツチハルさん、アキさん、縄引きをお願いします」


「畏まりました」


「まかしときな」


 二人は縄引き用の縄を持ち田に入ると、両端へ分かれ、畔に打ち込まれた目印の杭に縄を掛けた。


「行くぞ」


「はいよ!」


 ツチハルの掛け声とともに、縄が泥に押し付けられる。

 ゆっくり引き上げると、泥の上に等間隔の印が一直線に残った。

 二列、印が付いたところでツチハルが振り返った。


「これでよろしいでしょうか?」


「大丈夫です。じゃあタケル、植えていこうか」


「分かりました」


 緊張した趣でタケルは、稲夫と共に泥の中へ踏み込む。


「いいか?まず苗は一度に三、四本まとめて持つ」


 稲夫は手にした苗束から数本を抜き取る。


「それで、苗の根元を持って、爪より少し深く植える」


 縄引きで付いた印に、指を泥に差し込むようにして苗を植えた。


「植えたら後ろに下がって、次の目印に沿ってまた植えていく」


 稲夫は一歩下がり、印の付いた箇所に続けて植えていく。


「これを繰り返すだけだ。できそうか?」


「やってみます」


 タケルも同じように苗を三、四本手に取り、目印に植える――が、苗は泥に半分近く埋まっていた。


「深い深い!それは“植えてる”じゃなくて“埋めてる”だ!」


「も、申し訳ありません!」


 タケルは慌てて埋めた苗を引き抜く。プチッ!と音を立て、苗の根元から葉が千切れた。


「あー……これは、もう使えないかな」


「……申し訳ありません」


 タケルはうなだれ、深々と謝罪する。


「大丈夫だよ。次うまくやればいいんだ。もっと肩の力抜いていこう」


「稲夫様……ありがとうございます」


 そこへ、ヒナタとロウが苗を抱えて戻ってきた。


「苗持ってきたよー!」


「もっえいあー!」


 稲夫は「ありがとう」と言いロウから苗を受け取る。

 タケルもヒナタから苗を受け取る。


「あ、タケルさん!巫女様が『兄様、次はありません』だって!」


 苗を受け取ったタケルの動きが止まる。


「……タケル、やっぱり気を引き締めていこうか」


「……はい」


 それからは、手を止めることなく作業が続いた。

 苗代ではミズキが丁寧に苗を抜き、ヒナタとロウがそれを運ぶ。

 ツチハルとアキが縄引きを進め、その印に沿って稲夫とタケルが植えていく。

 最初はぎこちなかったタケルも、次第に手つきが安定していった。


(よかった、慣れてきたな)


 稲夫はその様子に胸を撫で下ろす。

 やがて――。


「よっしゃ!終わった!」


 日が傾く頃、稲夫が最後の一列を植え終えた。

 全員が畦に上がり、田植えの終わった田を見渡す。

 田には稲の緑が、水面の上に整然と並び立っていた。


「くぅー!終わった終わった!なかなか腰に来るね!」


 アキが腰を押さえながら伸びをする。


「ここまで整った田は見たことありません。これを私達が作ったのですね……」


「最初はどうなるかと思ったが、どうにかやり遂げたな」


 ツチハルが感慨深げに呟き、タケルも満足そうに田を見渡した。


「皆様、お疲れ様でした」


「お疲れ様ー!」


「おうかえさあー!」


 苗代から戻ったミズキが、皆を労う。その後ろから、ヒナタとロウがひょこひょこと顔を出した。


「ミズキ達こそお疲れ様。苗取りありがとうな」


 ミズキは小さく頷き、整然と並んだ苗を前に足を止める。


「無事に、終わったのですね」


 ミズキは泥のついた手を軽く合わせ、目を閉じる。


「この地に根付いた、小さき命に恵みを。この地に、豊穣をもたらしたまえ」


 風が吹き、苗が揺れ、水面に波紋が広がる。その光景を、皆が静かに眺めていた。


(ちゃんと、育てないとな)


 何もなかった地に田が作られ、命が植えられた。

 まだ小さく頼りないが、確かにこの土地に根を下ろした。

 水面に映る空の下、稲夫は静かに息を吐いた

※植える深さですが、実際の目安は二〜三センチほどです。

浅く植えすぎると「浅植え」と呼ばれる状態になり、風や水で倒れたり流されたりして、「浮き苗」となり活着が遅れる原因になります。

逆に深く植えすぎると「深植え」となり、生育が遅れ、最終的な収量にも影響が出ます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。