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米農家、異世界で豊穣神になる  作者: コガネシキ弐玉
第三章 五月

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45話 〈五月上旬〉苗の運び手

 苗代に足を踏み入れると、しゃがみ込んだミズキの背中が目に入った。

 ミズキは膝をつき、指先で小さな雑草を摘まみ上げている。抜いた草は脇にまとめられ、草の小山ができていた。


「おつかれ様、いつも苗代の管理ありがとうな」


 声をかけると、ミズキは振り返り穏やかに微笑む。


「どういたしまして」


 稲夫は先ほどまでミズキが手入れしていた苗代に目を落とした。

 稲は太く、丈はおよそ十センチ程まで伸びている。


「いい具合だな。これなら明日は天気が良ければ田植えができるな」


 そう告げると、ミズキの目がわずかに見開かれた。


「ついに、本田に移すのですね」


 その声には、喜びと緊張が混ざっていた。


「ああ。そこで当日、ミズキに“苗取り”を頼みたいんだ」


「苗取りとは、何でしょうか?」


「苗取りって言うのは、苗代から苗を引き抜いて本田へ運ぶ作業だ」


 説明するとミズキの視線が揺れ、苗へと落ちる。不安が滲む声で稲夫に尋ねた。


「その……苗を引き抜いて、大丈夫なのでしょうか?」


「いや、雑に扱えば根付かずに稲が枯れるぞ」


「そ、そんな!枯れるなんて!私にはとても……!」


「そうなると、苗取りはタケルにやってもらうか」


「稲夫様、やはり私がやります」


(タケルの信用全然ないんだな……)


 食い気味に答えるミズキに、思わず苦笑する。


「じゃあ、今のうちに苗取りの練習しておこう。この育ちが悪い苗でやってみるか」


 稲夫は苗代の前で屈み、短く細い苗を選ぶ。


「まず、葉じゃなくて根元を掴む。それから一度に十本から二十本くらいをまとめて、真上に、ゆっくり引き抜く」


 泥の中に指を差し入れ、根元をまとめて掴む。力任せではなく、泥の抵抗を感じながらゆっくり持ち上げた。

 するとずるり、と苗が抜けた。軽く水の中で揺らし、泥を落としてからミズキに見せる。


「抜いたら、泥は軽く落とすこと。それと、抜いたらあまり日に当てたり乾かしたりしないことだ。じゃあミズキ、やってみるか」


「は、はい……頑張ります」


 ミズキは緊張した面持ちで頷き、震える手を苗に伸ばす。

 両手で株元を包み込むように掴み、恐る恐る苗を持ち上げる。

 少しずつ、慎重に苗を抜いて行くとプチ、プチ、と小さな音がした。


「ね、根が!根がちぎれて!どうすれば!」


 ミズキの顔色が変えて慌てふためく。


「多少切れても問題ないよ。むしろ、少し切れた方が新しい根が出て、根付きやすいくらいだ」


「そ、そうなのですか……」


「だから大丈夫だ。ゆっくり落ち着いて続けよう」


 ミズキは深く息を吐き呼吸を整えてから、再び苗を持つ手に力を入れる。

 やがて苗は泥から離れ、束になって抜けた。震える手で軽く泥を落とすと、白い根が姿を現した。


「ど、どうでしょうか?」


 ミズキは不安そうに差し出す。

 稲夫は根の状態を確認し、頷いた。


「上出来だ」


「よ、よかった……」


 その一言で、ミズキは大きく息を吐いた。


「本当はまとめてやるんだけど、今回は植える時にその都度頼むことになる。できそうか?」


 ミズキは一呼吸置き、静かに頷いた。


「はい、やらせていただきます」


 その声は、先ほどよりも落ち着いている。


「ありがとう。当日、よろしく頼むな」


 苗代を渡る風が、若い稲を揺らした。明日、ここから本田へ移される。

 その日を前に、苗は静かに揺れていた。

※現代では育苗箱で苗を育て、田植え機で植えるのが一般的なため、人の手で苗取りをする光景を見る機会は少なくなりました。

また、苗は引き抜いた瞬間から弱りやすく、日光や乾燥にさらされると活着率が下がります。そのため、苗取り後はできるだけ早く植える必要があります。

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