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 話し合いは、ほぼ毎日行われた。

 そのほとんどが、吸血鬼にまつわる間違った情報の訂正に使われた。

 本の情報に信ぴょう性が無いと言われても、それでも気になる噂話はあるようで、村の皆はこぞって不穏な話を出し、ステアに事実確認を求めた。

 ステアはそれらの話を丁寧に聞き、何が真実で、何が間違いかを話してくれた。

 噂話の中には、かなり腹の立つものもあったはずだ。しかし、二日目のように憤ることはほとんどなく、冷静に話し合いを進めてくれた。

 「誤情報に振り回されてはいけません。冷静に話をするように心がけてください」

 マックスから、そう助言されていた。

 マックスは約束通り、お茶を飲みに来た。婚約者のミッシェルも一緒だった。

 お茶会のために正装した彼女は、驚くほど美しかった。婚約したての喜びが全身に溢れていているのだろう。マックスと手を取り合ってお茶の席に現れた彼女を見て、ステアでさえ感嘆のため息を漏らした。

 「お元気そうでなによりだ」

 「お招きいただきまして、ありがとうございます。先日は助けていただいて、本当にありがとうございました。あんなに素敵なお祝いまでいただいて」

 ミッシェルは、男版のステアを見ても驚くことなく、そう挨拶してくれた。マックスから事前に聞いていたのだろう。しかし、吸血鬼のステアは、そこそこ外見に特徴があるのだ。怖がっても無理はないほどに。

 しかし、ミッシェルは怯えることなく、ステアのエスコートを受け、ステアの用意したお茶とお菓子を楽しんでくれた。

 「あなたには迷惑をかけてしまった。申し訳ない」

 ステアがそう謝ると、ミッシェルは「もういいんです。仕方のないことです」と首を振った。

 ミッシェルが吸血鬼に襲われたことは、すでに他の村にも話が届いている。

 噂話程度には、都まで話が届いているだろう。魔獣ハンターたちが来ないのは、領主や村長たちが被害状況を伝え、それほど大ごとではないと話をしてくれているおかげだ。

 ミッシェルの村も、その他の村も、最初は吸血鬼への恐怖と警戒心でいっぱいだっただろうが、そろそろ気が緩み始めた頃だ。

 そうなってくると、今度は「噂話」が広まり始める。

 女性が、しかも若く、結婚していない女性が吸血鬼に襲われたという事になると、その「噂話」には尾ひれがつく。

 何故か、吸血鬼の性別は男になり、子供ではなく成人の吸血鬼ということになり、下手したら、レイプされたとまで話が広がる。

 ミッシェルに面と向かって問いただす人はいないだろうが、陰で「そうなんじゃないか?」と噂する人間は必ずいる。

 特に、ミッシェルの場合、下手な魔法のせいで、一時混乱状態に陥った。その話が広まってしまったのだ。吸血鬼に血を吸われたことと、錯乱状態になったことを繋げて考えてしまう人もいる。再びそうなってしまうのではないか、いつか、発症してしまうのではないかと、ミッシェルを病人扱いする人もいる。

 マックスが、吸血鬼騒ぎの終息を待たず、ミッシェルとの婚約を決めたのは、このためもあるのだろう。

 ずるずるとミッシェルの悪いうわさが独り歩きすれば、彼女は余計に傷ついてしまう。聖職者であるマックスとの結婚は、それだけでミッシェルの悪い噂を振り払えるのだ。

 「怖いのは吸血鬼じゃありません。私、今回の事でよくわかりました。怖いのは、知識が無い事。広がる噂を否定する材料が無いことです。不安がそれに拍車をかけることです」

 ミッシェルは言った。

 「ステアさん、これからきっと、嫌なことが起きます。腹が立つと思います。でも、私たちはあなたたちの事を知らなさすぎるんです。無知なんです。だから、マックスのように冷静であってください」

 ミッシェルはそう言って、ステアの手を握りしめた。

 「あなたは怒ってはいないのか?」

 ステアがそう聞くと、ミッシェルはにっこりと微笑んだ。

 「怒ってます。はらわたが煮えくり返る事もあります。でも、それを表に出してもどうにもなりません。噂は絶対に消えません。それはよくわかっています。でも、理解してくれる人がいます。家族も友人も、マックスも。彼らは真実を知ってくれています。だから、私は誰に何を言われても、「ああ、この人は無知な人なんだ」と思う事にしています。無知に怒りを覚えても仕方ありません」

 『吸血鬼は悪い病気を持っていて、血を吸われた人は感染する。』

 『吸血鬼に血を吸われた女性は、体を病み、子供を産むことができなくなる。』

 『吸血鬼に血を吸われた人間は、いずれ精神を病み、狂ったように死んでしまう。』

 沢山の誤った噂がある。

 ミッシェルもステアも、その噂にさらされ、あらぬ疑いを持たれている。

 村の皆との話し合いの中で、そういう馬鹿馬鹿しい噂が本当に沢山出る。

 よく、そんな噂を知っていながら、メーラが来るまで声を上げなかったものだと、感心するほどに。

 ステアはマックスとミッシェルの助言を受け、感情的にはならず、冷静に話し合いを続けた。

 「無知に怒っても仕方ありません。ですが、噂に固執して、真実を見失うような人間には怒るべきです。できるだけ冷静に」

 ミッシェルはそう言った。

 ステアもその通りだと頷いた。

 話し合いはできるだけ冷静に。

 しかし、不快な発言、今度、してほしくない発言に対してはきっぱりと告げる。

 それが、ステアとオレとで決めたルールだ。

 ステアは吸血鬼であり、魔法使いだ。

 村の人間を片手で殺してしまうくらいの力はある。

 だから、村の皆の言葉を力で押さえつけうるような真似はしない。それでは話し合いの意味がなくなる。

 全て、言葉と論理で訴え、理解してもらえるように努める事。

 そういう話し合いを続けた。

 そして、それはとても上手くいった。

 村の皆も、ステアが話し合う事に真剣だとわかると、積極的に質問してくれたり、不安を打ち明けてくれた。

 ステアがその解決を考え始めると、他の人も考え始めてくれた。

 話し合いを続けるうちに、村の人たちがステアをこの村に迎えることについて、かなり前向きに考えてくれていることが感じられた。 

 このまま、何事もなく話し合いが進めば、きっとステアとクレイにとって、良い解決方法が見つかるのではないかと思い始めていた。

 しかし、問題は起きた。

 それも、予想しなかった形で起きた。

 それは、話し合いが始まって、十日ほどが過ぎた頃だった。

 その日の夕刻、久しぶりに畑仕事をしている時だった。クレイも一緒に草むしりを手伝ってくれていた。

 突然、遠くから鳥が羽ばたくような音が聞こえてきた。それも一羽二羽ではない、かなりの数がいるような音だ。

 オレは不思議に思い、作業の手を止めて、空を見上げた。

 東の空に、黒い塊が浮かんでいるのが見えた。雲ではない。

 「あ、あれ、何?」

 クレイも驚いて、オレの傍に来た。

 近くにいた農家の人々も、驚いた顔で空を見上げている。

 黒い塊はどんどん村に近づいてきた。

 同時に、音の正体がわかった。

 それは羽ばたきの音だった。ただし、鳥ではない。

 それは、コウモリの比翼が羽ばたく音だ。

 夕日が西の空に沈もうとしているなか、何百というコウモリの群れが、この村に近づいている。

 そして、その中心に、明らかに翼を持つ人型の生き物がいた。

 「……クレイ、ステアに伝えろ。お仲間が来たって」

 オレの言葉を聞いて、クレイは駆け出した。

 近くにいる村人たちが、オレを見る。

 顔つきが強張って、真っ青になっていた。

 オレは安心させるように頷いたが、内心、家に剣を取りに帰るべきかと、迷った。

 新しい吸血鬼がやって来た。

 それも一人じゃない。

 以前、この村に来たメーラという子供吸血鬼、そして、メーラの両脇を守るように女性と男性の吸血鬼が一人ずついる。

 おそらく、彼らは家族なのだろう。

 コウモリの羽ばたきを耳にした村人たちが、次々と家から出てきて空を見上げる。

 悲鳴は上がらなかったが、今にも上げたそうにしている人がたくさんいた。


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