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古城に帰ると、いつものように子供たちが待っていた。
しかし、いつもと違って、彼らはステアの姿を見ると、びっくりした様子で固まった。
「おかえりなさい、師匠」
クレイだけはいつも通りに、出迎えてくれた。
クレイの言葉に、子供たちは一層びっくりする。
「え?ステアさんがどこにいるのよ」
「何言ってんだよ、クレイ」
「その人誰?吸血鬼?ステアさんは?」
子供たちはじりじりとステアから距離を取り、オレの後ろに隠れようとする。
「私がステアだ。これが本来の私の姿なのだ。騙していてすまなかったな」
ステアが子供たちにそう声をかけるが、子供たちは「何言ってんだ、こいつ」というような目でステアを見て、オレを見る。
「ステア、見せた方が早い」
オレの言葉に、ステアは一度女吸血鬼の姿に化け、元の姿に戻った。
「ええ!?」
「何それ!」
「ステアさんは男だったの!?」
ようやく事態を飲み込めた子供たちは、しかし、それでもステアの姿が怖いのか、近づこうとしない。
「あ、ステアさんの髪の色が銀髪っていうのは、こういうこと?」
マーテルが納得がいったように呟いた。
「こういう事だ。それより、お前たちに言いたいことがある。ちょっとここに座りなさい」
そう言って、ステアは魔法で敷物を出し、指さした。
クレイはすぐに座ったが、他の子はオレの後ろから動こうとしなかったので、仕方なくオレが引き連れて敷物の上に座る。
ステアは、あの本を取り出した。
「お前たち、この本に書かれている内容は知っているか?」
クレイ以外は頷いた。
「そうか……これからお前たちに教えるのは、情報には正しいものとそうでないものがある、ということだ」
ステアは、本のページを捲りながら、その本に書かれている内容が「嘘でも本当でもない」と喋りだした。
「大切なのは、この物語が創作者によって書かれているものだということを忘れてはならない、ということだ。えてして、幼少期から聞かされた物語を、現実に起こったこととして思い込むことは、吸血鬼にもある。しかし、これは創作物であって、作者の「面白い」が詰まったものなのだ。「面白い」を作るために、作者は現実を捻じ曲げる。その結果生まれるものを「物語」「ファンタジー」と呼ぶ」
ステアは熱弁しているが、子供たちには今一つ理解できないようだった。
子供たちも、物語の定義くらいはぼんやりと理解している。本に書かれていることが、すべて真実ではないということくらいはわかっているのだろう。ステアの熱弁に「それくらい、わかってるよ」という反応なのも、そのせいだ。
しかし、いざ、吸血鬼がすぐ傍までやってきました、となった時に、彼らがいの一番に思いだすのは何だろうか?
おそらく、幼いころから傍にある、こういう本に書かれた内容なのではないだろうか?
それを責めるわけにはいかない、とも思う。オレ達、人間の一番近くにあった、吸血鬼の情報は、こういうものだったのだから。
「いいか、これだけは言っておく。ここに書かれている吸血鬼は、人間が想像した姿であって、本来の姿ではない。私の知っている同胞達は、こんなふうに人間の死体を扱ったり、無駄な殺しをしたり、人間達に堂々と生贄を要求などしないのだ」
「へー……」
「そうなんだ……」
子供たちの反応は、微妙なところだった。
ステアは熱弁が空振りしてしまい、不完全燃焼気味だったようだが、ひとまず気持ちを抑えた。
「……お昼ご飯でも食べるか?」
子供たちは、ステアの言葉に大喜びで頷いた。
まだ、少し怖がっているようだが、ステアの熱弁を聞いている間に、ステアはステアなのだとわかったようで、子供たちはオレの後ろから出て、いつものように過ごしだした。
ジェナとマーテルは、いち早く男の姿のステアに慣れたようだ。
「ねえねえ、ステアさん。これからは男の姿で過ごすの?それなら、あのドレスどうするの?いらないなら、私、貰ってもいいわよ」
「本当に男なのよね?ってことは、ケビンとはお友達なのよね!?」
そんな話をしながら、三人並んでパン生地をこねている。
オレと他の子供たちは、その間に野菜の皮むきをはじめた。
この城で食事をするときは、こうやって皆で協力して支度をする。クレイ以外は家で手伝いをしていたので、包丁の扱いにも慣れたものだ。ローワン達に教わり、クレイも包丁の使い方が上達してきた。
「なあなあ、ケビン。あの本に書かれている話が嘘なら、教会でのお話も嘘なのか?」
ローワンが芋の皮をむきながら聞いてきた。
この村に教会は無いので、お祈りの時はマックスがいる隣村まで行き、聖職者の説教を聞くのだ。時々、向こうから来てくれることもある。
この国では聖職者は、読んだ字のごとく、聖なる職業だと認識されている。教会は救いの場所であり、清らかで清潔な場所であると考えられている。そこで働く聖職者たちは、神様に愛される存在であり、品性方向で勤勉、奉仕の精神の権化だ。
村の皆は、マックスや他の聖職者が来れば、その話を有り難く聞き、心に収めてきた。
ローワン達も、幼いころから聖職者の話を聞いている。その中には、吸血鬼を悪として登場させる話もある。
「どうなのかな?その話が本当なのか、嘘なのか、オレには判断ができない。でも、少なくともステアは違うってことだけはわかる」
「うん、そうだな」
「だよな。人間の子供を助ける吸血鬼なんて、聞いたことないし」
ミック達も頷きながら、言った。
「さっきのステアさんの話は、よくわかんなかったけど、本の内容を鵜呑みにするなってことだよな?」
「そうだな。それがわかっていれば良いよ。今のところは」
オレがそう言うと、ジャックがオレを見てきた。まだ、何か話したそうだった。
「あの本が本当なら、大人たちはもっと大騒ぎしてるよな」
「ああ、そうだな」
「ステアさんの事で悩んだりしないよな。話し合いなんかしないよな。すぐに追い出そうとするよな」
「そうだな」
「クレイだって、この本を読んでたら、ステアさんを信用できなかったかもしれない……」
ジャックの言葉に、子供たちが静かになる。
「なんか、迷惑だよな、あの本……」
ジャックが目元に皺を寄せて、そう言った。少し苛々しているようだった。
「ああ、いや、うん……」
オレはなんと言うべきが迷った。
あの本は学術書ではなく、ファンタジーだ。しかし、困ったことに、真実を売りにしている学術書よりも沢山の人に読まれ、親しまれている。子供から大人まで、知らない人はほとんどいないのだ。
人間、知っている知識、子供の頃から刷り込まれてきたものを真実と感じてしまうものだと思う。それが本当に真実なのかの検証もせずに。
オレだって、この村を出て、実際に魔獣たちと会うまで、この本に書かれていたことを信じていたのだ。
創作だと知ってはいたのだが、事実だと思い込んでいた。魔獣とはそういうものなのだろうと思い込んでいたのだ。
だから、冒険者協会からの命令にも、何の疑いも持たずに従ったのだ。
「もし、ステアさんがこの村に来なかったら……俺はあの本の内容を信じたままだったかも知れない」
ジャックは葉野菜をむしりながら呟いた。そして、「そうだよ、だって、違うって知ってる人いなかったじゃないか……」と呟いた。
「ああいう本は面白いけどさ……でも、なんだろう……ああいうのを信じ込んだまま大人になりたくないよ、俺」
「そう、だな……」
「無責任だよ。あんなふうに書かれていたら、みんな信じちゃうじゃないか。どこかに、事実とは違います、吸血鬼とはこういうものですって書いておいてくれないと……」
「うーん……まあ、なあ……」
「そうだな。でも、そこまで親切な本はおそらく少ないだろうな」
ステアが手を拭きながら、やって来た。
「情報とはとても扱いが難しいのだ。私たち吸血鬼も、その扱いにかなりてこずっている。たとえそれが噂話程度の事でも、下手すれば人の命すら奪いかねないものとなる」
子供たちが目を見開いた。
「どうして?噂話で、そんな事になるの?」
「想像してみろ。もし、この村にケビンがいなくて、私の正体が村人たちにばれてしまっていたら。どうなっていたと思う?」
子供たちは、各々考え込んだ。
もし、オレがこの村にいなかったら。
村人たちにステアの正体がばれてしまったら。
(村はパニック。すぐに都に連絡が飛んで、魔獣ハンターたちがやって来て……)
「私はクレイを連れて、すぐにこの村を出ることになっただろう。しかし、魔獣狩りの中には手練れもいる。その一人に私が捕まった場合、クレイの命も危ない。私よりもクレイの方が殺される危険性がある」
「で、でも、クレイは人間だよ!あ、ごめんなさい……」
ミックが自分の発言をステアに詫びる。
「いいんだ。私は魔族でクレイは人間。確かに、殺されるのは私の方だろう。しかし、魔族に肩入れする人間を、お前たちは仲間と思えるか?吸血鬼がこの本に書かれている通りのものだと信じている場合」
「…………」
子供たちは強張った表情で、黙り込んだ。
「人間に酷いことをする吸血鬼に肩入れする人間など、生かしておく必要もない。そう考えるだろう。むしろ、吸血鬼を手引きした裏切り者だととらえるはずだ。しかし、どうだ?クレイはこの本の内容をほとんど知らなかった。クレイは私が危険な存在だと気づいていなかったのだ」
「……その危険な存在っていう情報は噂でしかなくて……」
「そうだ。私には人間を傷つける気は無い。今も昔も。腹を満たすために、こっそり血を貰うつもりはあるがな。しかし、そんな事を言ったところで、誰も信じてはくれないだろう。この本に書かれたことを信じていれば」
「…………」
「情報の取り扱いというものは、本当に難しいのだ。ひとつの情報を、噂を耳にした時に、それが伝聞であればあるほど、それが真実かどうかを疑わなくてはならない。信用のおける人が言ったからと言って、それが真実だとは限らない。しかし、常にこれができる吸血鬼はいない。人間もまたそうなのだろう」
「…………」
「一つのたわいない噂が、人を傷つけることがある。これだけは真実だ。心に留めておくと良い」
子供たちはゆっくりと頷いた。




