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話し合い、二日目。
昨日と同じ時間に集会場に行くと、ステアが「むっ!?」と呻いた。
「どうした?」
「嫌な匂いがする。蝋燭と灰……ぬぬぬ」
嫌そうに顔をゆがめ、集会場の入り口を見る。
オレは匂いを嗅いでみたが、何も感じなかった。
集会場の入り口をくぐって、ようやくステアが言う「嫌な匂い」の元がわかった。
集会場の片隅に、静かにたたずむ男がいた。全身黒づくめ。手には十字架のネックレスと、神の言葉を書き記した分厚い本を持っている。
「お久しぶりです、ケビンさん、ステアさん。先日はありがとうございました」
そう言ってこちらに頭を下げたのは、隣村の教会に属している聖職者、マックスだった。
「今日は教会の方に来ていただいた。ケビンみたいな冒険者の次に、吸血鬼に詳しい人たちだからな」
村長がそう言って、マックスを紹介した。
マックスは自己紹介し、ステアを見る。
ステアが吸血鬼だと言われても、驚いている様子は無かった。
(やっぱり、ばれてたんだな)
オレは先日の吸血鬼騒ぎのことを思いだす。あの時、マックスは、その手に十字架を握り、ステアに握手を求めたのだ。あれは清められた十字架の力で、人間に化けて人里に紛れ込もうとする魔獣の化けの皮をはがす方法なのだ。
「今回の事については、村長さんからお話を伺い驚きました。先日の吸血鬼襲来の混乱が、私の村ではまだ収まりきっていません。村の皆も見えない恐怖に怯えています」
マックスが静かな口調で話し出した。
「この話し合いに参加させていただき、本当に感謝します。この土地に無用な混乱を招かないためにも、私の知っていることをお話しさせていただきます」
マックスは柔らかな微笑みをステアに向けてそう言った。
ステアの事を怖がっている様子は無い。
しかし、何かを見通そうとするその視線は、鋭かった。
マックスを交えての話し合いが始まった。
「私たちの方から、いいかしら?」
一番に手を上げて発言したのは、村の年配の女性たちだった。彼女たちは手に古い本を数冊持っていた。
「私たちは吸血鬼の事は、こういう本や噂でしか知らないの。だから、その……どこまで本当なのか不安で……」
女性たちはそう言って、オレたちに本を差し出してきた。
(ああ……)
オレは心の中で嘆息する。
それは子供でも知っている童話や民話、諸外国で起きた魔獣関連の騒ぎを記した本だった。そこには吸血鬼のお話も載っている。
そして、そのほとんどが「怖い」吸血鬼の話だ。
ある日、突然人里に降りてきた吸血鬼によって、5つの村の人間が惨殺されたお話。
とある冒険者が人里離れた場所にある古城に忍び込み、吸血鬼と遭遇し、戦い、勝利して吸血鬼のお宝を得る話。
夜な夜な村に飛んできては、人の血を吸っていく吸血鬼に困り果てていた村に、ある日、一人の聖職者がやって来て、この吸血鬼を退治してくれるお話。
そのほかにも、吸血鬼を「悪者」、人間を「正義」として書いた物語は沢山ある。
それらの中の吸血鬼は、子供には読ませられないような非道なふるまいをする。
血を吸うときは、その人間を殺すまで吸い続ける吸血鬼がいたり、血を吸われた人間が我を失い、狂人に変貌したり、殺した人間を枝に串刺しにして保存し、腐ったところを食べるなんて描写もある。
(オレも信じてたなあ、子供の頃……)
オレはため息をつきそうになり、慌てて止めた。
村のおばちゃんたちに非は無い。
この国では、吸血鬼は悪であるという話は「常識」として広まっているのだ。
これらの創作物は、その常識に乗っかって作られたものに過ぎない。
オレはその事実を、冒険者になって初めて知った。
冒険者になりたての頃は、その常識の下、魔獣は見つけ出すなり殺すべきだと言う、冒険者協会の言葉を盲信し、従っていた。
しかし、ある日気づいた。
魔獣の多くは、人間が近づけば逃げて行く。人間を見つけて襲い掛かろうとする魔獣はほとんどいない。
では、なぜ、人間を襲う魔獣がいるのかと言えば、そのほとんどが魔法で無理やり召喚されたり、人間の方から縄張りに入り込んだりした場合なのだ。
人肉を食べて味をしめた魔獣もいるにはいるが、それも人間さえ近づかなければ起きなかった事だと、オレは知っている。
では、何故、吸血鬼や魔獣を悪として考える「常識」が蔓延ったのかと言うと、いの一番に魔法により魔獣を召喚したり、魔獣の縄張りに踏み込んだのが、国のトップの連中だったからだ。
王や政府、魔法学校の実力者たち。
そういう力と金を持つ者たちが、領土を広げるため、魔法研究の発展のためと称して、魔獣たちに喧嘩を売った。
結果、大玉砕した。
被害がそいつらだけで収まればよかったのだが、魔獣たちの力は強く、何の関係も無かった村の人間たちまで被害が広がった。
当然、被害に遭った村の人間たちは、この騒ぎを引き起こしたのが王や政府や魔法学校のお偉方などとは知らない。
突然、魔獣が現れ、家族や友人を失ったと、悲しみと怒りが国を揺るがした。どうしてこうなったのかと、魔獣の世界の情報の窓口である魔法使いたちに連絡を取るものもいた。事情を知らない魔法使いたちも驚き、怒り、原因の追究を始めた。
これはまずいと思った権力者たちは、魔獣たちを「悪者」に仕立て上げることを決め、ありとあらゆる誤情報を流したのだ。
(この本もその一つだな……)
オレはステアを見る。
ステアは差し出された本に興味を持ち、ページを捲り始めた。
ステアはクレイと出会ってから、人間の世界で書かれた本を読み漁っている。その内容は、人間の体や生活習慣、そして、料理や医術に関するものがほとんどで、こういう、物語系の話には、まだ手を付けていないはずだ。
これらに手を出す前に、一言言っておかなければと思っていた。
「なんだ!この話は!!」
本好きのステアは、興味津々で読み始めたのだが、見る見るうちに表情が強張り、叫んだ。
さすがのステアも腹が立ったようだ。
あらすじにざっと目を通しただけで、この本にかかれている内容に気づいたらしい。
「人間の世界にはこんなものが蔓延っているのか!?事実無根もいいところだ!!」
怒りのあまり立ち上がったステアに、村人たちはびくりと身をすくめる。
「ケビン!やっとお前とウォルバートン先生の心配事が理解できたぞ。こんな情報が流通していれば、村人たちが怯えるのも無理はない!この姿に化けろと言うのも納得がいく!」
ステアはそう言うと、呪文を唱えだした。
マックスの顔色が変わる。
オレも、ステアが何をする気なのかわからず、慌てて立ち上がった。
「おい!何する気だ!?」
村人たちは、一層身を縮めてステアを見ている。
ステアはそんな周りの様子を一顧だにせず、呪文を唱え終えた。
ステアの輪郭、体格が変容し、魔法の光が消えてなくなると、そこには元の姿のステアが立っていた。
真っ白な肌、鋭い瞳、流れる銀髪。背は高く、痩せてはいるが力を感じさせる体躯。
男の姿の吸血鬼だ。
ステアは真っ赤な口唇を開く。
「こうなったらもう、隠し事は無しだ。こちらも、そちらも」
ステアは挑むようにマックスを見た。




