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「よし、それじゃあ首を出せ」
「お!始まるぞ!」
ローワンとミックとジャックは、我先にと扉の隙間に張り付いて、目を凝らす。
「うう、見えねえ……」
「くそ、ケビンの尻は見えるんだけど……」
「肝心なところが見えない……」
「あ!あんなにひっついてる!」
「ジェナ、静かに」
吸血はそう時間もたたずに終わった。「ごちそうさま」というステアの声で、ほとんど何も見ることができなかったローワン達は、がっくりと肩を落とす。
二人が部屋から出てくる前に逃げ出すために、ローワン達は抜き足差し足で、移動を始めた。
しかし、またもや部屋の中で喧嘩が勃発したようだ。ステアさんの怒りの声が聞こえ、クレイが駆け足で戻る。
今度もステアさんが一方的に怒っている。
クレイはハラハラして、その声を聞いていたが、「クレイがいつでもこの村に遊びに行けるようにと、移動の魔法を先に教えようと……」という言葉を聞いて、ハッとしたように目を見開いた。
(そうか、クレイが魔法をうまく使えるようになれば、ここに来れるんだよな。こいつならきっとすぐに空くらい飛べるようになるだろうし……)
あっさりとこの村を出て行くと決めたステアさんだったが、ローワン達村人たちを嫌って出て行くわけではなかったのだ。クレイがローワン達と仲良くなっていることを気にしてくれていたのだ。
これまでも、村から出て行く人はいた。
仕事の関係で近くの村へと行く人、もっと稼ぎたいからと都に出る人。中には村人と折り合いが悪くなって出て行った人もいるらしい。
交通の便が決して良くないこの村へは、そう簡単には戻って来れない。
出て行ってしまえば、たいていの人は向かった先で定住する。ケビンのように戻ってくる方が珍しいのだ。
しかし、魔法使いにはそれができる。彼らは空を飛んだり、手紙を一瞬で移動させたり、鏡で会話したりすることができるのだから。
(なんか……感覚が違うんだろうな、魔法の使えない俺達とじゃ……)
ステアさんがあっさりと村を出て行くと言った時、ちょっと薄情すぎないか?と思ったものだが、違うのだろう。離れていても連絡が取れる手段があれば、ローワン達やケビンとの関係は維持できる。
クレイとは、生活圏が離れるかもしれないが、縁が切れるわけではなのだ。
「お前とクレイを引き離すことなど、私はしない!」
ステアさんのその言葉で、クレイは我慢できなくなったようで、一度鼻をすすり、扉を開けて部屋に飛び込んでいった。
(知らない街で、知らない人に囲まれて生活を始めるって、どんなものなんだろう?)
ローワンは、クレイとケビンとステアさんを見ながら、そんな事を考えた。
クレイは、ケビンとステアさんを抱き締めて、泣きながらお礼を言っていた。
ステアさんはそんなクレイに、「もっとお前の事を考えればよかった」と、謝っていた。クレイをこの村に連れてきた時の事を話しているようだと、わかった。
ローワンは引っ越しなどしたことが無い。
故郷を離れて暮らすときの気持ちなど、わからない。
ただ、ステアさんの言葉を聞きながら思いだしたことがある。
一度、都に家族旅行に行ったときのことだ。ローワンは迷子になったことがある。
この村の中でなら、どこへ行こうとも誰かがローワンを知っている。しかし、都に知り合いはいない。街も入り組んだ造りになっていて、どっちの方向へ行けば宿があるのかすらわからない。
その時の不安と恐ろしさは、今も覚えている。
(クレイはすごいんだな……父ちゃんも母ちゃんもいないのに、知らない吸血鬼と一緒に、知らない村に来て、暮らしているんだから……)
ケビンという良い人間に巡り合えたのは、幸運だ。
知らない場所で、知らない人間たちに囲まれた時、誰が信用できる人間かを判断することなど、ローワンにはできなかった。迷子の時、近くを通りかかった警察官でさえ、その顔が怖くて近づけなかったのだ。家族旅行に行く前に、父親から「都にいるかもしれないスリや悪者、笑顔で近づいてくる不審者」について、たっぷりと話を聞かされていたために、疑いの気持ちが強くなっていたせいではある。
新しい土地では、大人でさえ戸惑うことがある。
家族旅行ではローワンの父親も母親もどこか緊張していた。迷子になったローワンを見つけてくれた父親は、「勝手にフラフラするんじゃない!」とものすごく怒っていたが、同時に、今にも泣きそうな顔でローワンを見た。父親に怒られたことは何度もあるが、そんな顔をしたことは一度も無かったのでとても驚いた。
旅行を終え、この村に帰って来て、両親が言った「我が家が一番ね」という言葉には、安堵の気持ちがたっぷりと含まれていた気がする。都ではどこへ行くにも必ず一緒に行動していた両親が、村ではいきなり「勝手に行ってこい」と笑顔で言った時、ローワンは「ああ、ここは安全なんだ」とぼんやりと思った。
人間の大人でさえ、知らない場所があり、緊張する場所がある。
人間を知らない吸血鬼が、子供であるクレイにどんな助言ができただろう?
ローワン達が吸血鬼の事を何も知らないように、ステアさんも今、人間について勉強中なのだ。
クレイの親代わりになるべく、沢山の事を学んでいるに違いない。
(この村でなら、安心して暮らせるのになあ……ここは良い場所だから……)
ローワンはクレイに優しく微笑むステアさんを見て、そう思った。
ここは良い場所だと、父親も母親も言う。
村の皆も、そう言っている。
他にも「良い村」は絶対にあると思うが、ローワンはここしか知らない。
ケビンが二人を抱き締めて泣きだした時は驚いた。そして、胸がいっぱいになる。
「一緒にこの村に住もうよ!」
心からそう願い、三人に抱き着いた。




