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全ての準備が整った。
クレイは一番良く描けた魔法陣の前に立ち、杉の根、柊の葉を煮込んだ液体の入った瓶を手に呪文を唱える。魔法陣の上には、ステアの髪の毛を巻き付けた手紙が置かれている。
子供たちとオレは、その様子を固唾をのんで見つめていた。
「頑張れ、頑張れクレイ」
隣のミッチが小さな声でクレイを応援している。
クレイの呪文に合わせて、魔法陣が輝きだす。
ステアの髪の毛が炎に包まれ、手紙も一緒に燃えだした。そこに液体をこぼすと、髪の毛と手紙は一瞬にして塵となった。
クレイは呪文を唱えるのをやめ、大きく息を吐いた。
「……終わったの?」
ジェナが恐る恐る聞くと、クレイは頷いた。自信が無さそうな顔つきだった。
「うまくいったの?」
「……たぶん」
「これからどうなるの?ステアさんから返事が来るの?」
「……たぶん」
クレイは困った様子で子供たちの質問に答えていた。先生無しの初めての魔法で、誰も助言できるものがいないのだ。クレイにだってわからないに決まっている。
「お疲れ、クレイ。ひとまず休憩しようぜ」
オレは明るい声を出してそう言った。
成功したか、失敗したかはステアが現れない事にはわからない。どちらにしても、ステアはそのうち戻って来る事になっているのだ。
「ステアが返事をよこすとしても、しばらく時間はかかるだろう?なら、それを待とう。ミルクがあるぞ、皆飲むか?」
オレの言葉に、悪ガキ三人衆が喜びの声を上げた。
クレイは不安そうな顔で魔法陣を見ていたが、もうできることは無いとわかったのだろう、頷いた。
ジェナも皆を見て、気持ちを切り替えることにしたようだ。
「私、シナモン持ってるわよ。ミルクに入れましょうよ」
「ちょっと待って」
そこへ、マーテルが強張った声を上げる。
「もし、成功していたとして……ステアさんはどうやって返事を返してくれるの?この魔法だと、手紙を送る相手の体の一部が必要なのよね?」
マーテルの言葉に、クレイの顔をはっと強張る。
「……師匠は、俺の髪の毛なんて持ってない……」
「え?それじゃあ、返事は来ないのか?」
「で、でも、ステアさんちゃんとした魔法使いなんだから、なんとかできるんじゃねえの?」
「そうだよ!もっとすごい魔法があるんじゃないの?」
ローワン達の言葉に、ジェナも「そうよ!」と言うが、マーテルとクレイの顔は強張ったままだった。
「そうなのかしら?」
「……わからない……」
クレイとマーテルは魔導書を覗き込んだ。
この数日で、マーテルは魔導書の古代文字を、少しなら読めるようになっていた。連絡魔法についてのページならすべて読めているようだ。
「そう言えば、こっちから送る事ばっかり考えてて、返信の事何にも考えてなかったわ……」
「でも、ここに書かれていることは全部読んだし、注意書きも……ああ!!」
クレイが悲鳴に似た声を上げた。
次いでマーテルも「しまったあ!!」と叫ぶ。
「どうしたの?」
「なに?」
オレ達が二人の周りに集まると、クレイとマーテルはページの隅の小さく描かれた文字を指さしていた。
「……『返信が欲しい場合は、相手に自分の体の一部を送る事。手紙に血液をつけたり、
髪の毛を一緒に送る事』……」
クレイが読み上げてくれた。
「見落としてた……」
「私としたことがー!!」
マーテルはよほど悔しかったのか、地団駄踏んで叫んだ。
「どうして返信の事まで考えておかなかったのよー!!ぬあああああ!!」
マーテルは寝不足で真っ赤に充血した目に涙を浮かべて叫び、部屋を飛び出していった。
クレイは脱力しその場に座り込んだ。
その二人の様子を見て、ローワン達は困ったように顔を見合わせる。
「……もう一回送ればいいんじゃね?」
「まあ、材料作るのにもう3日はかかるけど……」
「魔法陣も新しく描き直さなきゃいけないけど……」
「そうよ!もう一回やればいいのよ!今度はちゃんとクレイの髪の毛もいれて!」
ローワン達の言葉を聞いても、疲れ切ったクレイは立ち上がる気力もないようだった。
マーテルの悲哀の叫びが森の中からこだましている。
二人とも……いや、ここにいる全員が、この魔法の準備のため、ここ3日ほどまともに眠れていなかった。
「……やるとしても明日からだ。今日は全員休み!」
オレの言葉に、ジェナたちはほっとしたように頷いた。
「ごめんなさい師匠……髪の毛を入れ忘れるなんて……俺は馬鹿だ……大ばか者だ……」
クレイはベッドの中で眠ることができずにいた。この3日の苦しい準備作業を思いだすと、どうしてもっと隅々まで魔導書を読み込まなかったのかという後悔が湧き上がってくる。
マーテルもジェナも、ローワンもミッチもジャックもあれだけ手伝ってくれたのに……ケビンだって心配してあれこれ世話を焼いてくれたのに……
「俺は馬鹿だ……どうしてあんなミスを……」
「まったくだ」
師匠の声が聞こえた。
顔を上げると、師匠がそこにいてクレイを見ていた。
残念そうで、呆れたような表情を浮かべ、クレイを見ていた。
「お前は私が期待していたほど賢くは無かったようだな。こうなれば弟子も取りやめにしなければなるまい」
師匠はそう言ってくるりと背を向け、去って行った。
「やだ!置いていかないで!師匠!!」
クレイは涙を流しながら目を覚ました。
見ていたものが一変し、一瞬、ここがどこだかわからなくなる。
そこはクレイの部屋で、クレイはベッドにいた。
クレイは誰もいない空間に手を伸ばしていた。その先には誰もいない。
師匠はいない。
「どうしたのだ?」
隣から柔らかい声が聞こえた。
骨の浮いた細い手がクレイの手を取り、優しくつかんだ。
ひんやりとしたその体温と、柔らかい声音には覚えがある。
忘れることのないステアのものだった。
クレイのベッドの隣の椅子に、女性の吸血鬼の姿をしたステアが座っていた。
「私はお前を置いてなど行かないぞ、クレイ。こうして手紙も受け取った」
ステアの手には、クレイと子供たちが一緒に書いた手紙があった。
「し、しょう?」
「久しぶりだな、クレイ。少し痩せたか?」
ステアの手が、クレイの頬をすっと撫でる。体温の低いひんやりとした手だ。
クレイは恐る恐るステアに手を伸ばし……
「痛い!!」
ステアの髪の毛を掴み、数本引き抜いた。
「何をする!?」
ステアが驚いた目でクレイを見る。
クレイは自分の髪の毛を鷲掴みにして、引き抜いた。ブチブチとすごい音がして、ものすごく痛かった。
「何をしている!?クレイ!」
ステアは慌てたようにクレイの手を取る。
「これ、持っててください、師匠」
クレイはそう言って、己の髪の毛をステアに差し出す。
「絶対に持っててください。失くさないで……」
涙があふれて止まらなかった。
ステアにもう一度会えた喜びと、髪の毛を引き抜いた痛みがごっちゃになって、あとからあとから溢れてくる。
「師匠、会いたかった……」
「……私もだ。会いたかったよクレイ」
ステアはちょっと呆れた顔をしていたが、そう言ってクレイの頭を撫でてくれた。




